14 ・十二死+酉戦①
十二死の酉。
その姿は異形であった。ただの鳥ではなく、ただの神でもない。鳥をモチーフにしているのは理解できるが、言われるまでは鳥とは思えない。
だが、こいつが邪気の匂いの正体であり、こいつが今日を繰り返させているループ現象を引き起こしている犯人であるということは理解できる。
ただし、その犯人を倒してすべてを元に戻そう……という意見は僕の中には浮かんでこなかった。
その理由はアドニスの容体である。
アドニスの母親はアドニスを延命させるために十二死を頼った。
十二死はその願いを聞き入れて、アドニスが死ぬ日を永続的にループさせているのだ。
「くそッ……」
動き出せない。
これまで通りならば、僕は十二死に向かって闘いを挑みに行っただろう。
けれど、今はアドニスの容体がかかっている。
今日を繰り返させているループ現象を止めたいが、知り合いになったアドニスも助けたい。
その解決方法が分からないのである。
これまでとは違う。十二死を殺してはいけない。
「十二死め……」
その状況が僕の戦意を揺らがしていた。
一応、戦闘体勢を充分に青き短刀を手に構える。
すると突然、アドニスの母親は僕に提案を行ってきた。
「もう諦めちゃいなさいよ……」
「なんだと?」
「うちを同盟国にするのやめちゃいなさいよ。この国は確かに物資も食材も大量よ。それを支援してくれるのはありがたいんでしょう。
けれど、同盟作りなんて諦めちゃいなさいよ」
アドニスの母親は何故か同盟作りの事を知っていた。
このループが「見破れたのは初めてよ」と彼女は言っていたにもかかわらずである。
過去のループの僕が口を滑らすようなへまを起こしたのだろうか。
「なんで、同盟作りの事を……?」
「親切な“青い目の男”…………いや預言者さんが教えてくれたのよ。
もう随分と前の話だけどね。アドニスが呪いにかかるよりも昔。
当時は信じていなかったけど……。今思えば100発100中だったかしら」
などとアドニスの母親は独り言を口にしていたが……。僕は彼女の口にしたとある言葉に意識を集中させていた。
“青い目の男”……。
それはかつて僕を裁判で死刑にしようとはめていた釘野郎、マルバスを誘拐したその相方……そいつらを金で雇っていたモルカナでの出来事の黒幕。
まさか、こんな時にも話題として出てくるとは“青い目の男”とはいったい何者なのだ。
「まぁ、そんな奴のことは置いておいて。同盟作り諦めちゃいなさいよ。
どうせ今だって神様に逆らうのは無謀よ?
同盟作りなんてしないでとっとと帰ればいい。この国から出ればループ現象は体験しないんだし……。
それがいいわ!!
そうするようにあなたの主人に言っておいてよ」
「ふざけるなよ。そんなこと出来るわけがないだろ!!」
「じゃあアドニスを殺すの?」
「それは…………」
アドニスの母親は僕が対抗心を向けてきたらすぐにアドニスの話を行ってくる。
アドニスを盾にして自分の契約を守ろうとしている。
だが、何も言えない。言い返せない。
僕だって出来ることなら、アドニスには死んでほしくない。
「はぁ……時間がもったいないわ。どうするの?
神様に挑む?
逃げ帰る?
好きな方を選びなさい」
確かに、今回の十二死に対する怨みはループ現象しかない。
それも僕とアドニスの母親とフレンドちゃんだけが理解できている状況である。
僕たち3人が我慢すれば、問題ないのではないか?
そう思い始めていた。
「僕は……」
口を開く。アドニスの母親へ僕の答えを口に出そうとする。
その時だ。
僕の発言を遮るようにして、この馬車の墓場道に乱入者が現れたのである。
「カッカッカッカッ!!
いざ、勝負だぜェェェェェェ!!」
それは弾丸のように宙を跳んでいた。
酉の後方の首めがけて、何かが投げられたのだ。
それは赤羅城の大太刀の刀身。
避けられるスピードではない。
酉もアドニスの母親も気づいた時にはすでに投げられていたのだから。
「神様!?!?」
慌てて、酉を心配するアドニスの母親。その表情は真っ青になっているほど焦っていた。
ただし、その心配は一瞬で解消されることになる。
「─────────────!!」
後方の酉の閉じていた眼がギョロッと開く。
縫い付けられていた瞳がこじ開けるように血を流しながら開いていく。
そして、酉の後方の目が完全に開ききった時。不思議なことが起こった。
大太刀は赤羅城の手に何事もなかったように握られていたのだ。
「??あれ??
俺様の大太刀が戻ってきてる?」
赤羅城の投げた大太刀が酉に突き刺さることなく戻ってきてる。まるで大太刀が投げられる前に戻ったみたいだ。
その光景に赤羅城も僕も困惑した。いや、赤羅城が生きていたという事実により僕の方が困惑している。
「赤羅城……。お前、生きてたのか?」
「ん? ああ、当然だぜ罪人先輩。
俺はあれくらいじゃ死ねねぇからな。
それより、あんたの跡を着いてきてみりゃ大当たりだ。邪気の匂いバリバリ感じるぜ!!」
新たな問題。
赤羅城のウキウキとした返事に僕は思い出す。
赤羅城は邪気の匂いの正体と殺し合いたいのだ。酉を殺したいのだ。
つまり、アドニスを見捨てる派なのだ。
だが、再び赤羅城と戦闘を行うのはごめんである。意見が割れて戦闘で解決なんて、もう嫌だ。
けれど、アドニスを見捨てたくはない。
いったい、僕はどうすればいいのだろう?
「なに、悩んでるんだよ罪人先輩」
「お前には関係ない。ちょっと問題があるだけだ」
「なるほどな。どうせ、あの若造のことだろ?」
何故かバレた。
その驚きが表情にも出ていたのだろう。赤羅城は僕の反応を見て、呆れていた。
「はぁ……罪人先輩。抱え込みすぎじゃねぇの?」
「えっ?」
「出来ない事を無理に考えても分からねぇもんは分からねぇんだぜ?
じゃあよ。分からねぇならどうすればいい?」
赤羅城はそう言うと一歩前進する。まるで僕を庇うように赤羅城は大太刀を構えている。
「分からねぇならどうすればいい?」
その言葉に僕はハッと気づかされた。
こんなの誰でも分かることじゃないか。
「いいのか?」
僕は赤羅城を見る。
すると、赤羅城は一度振り返り、そしてまた酉を睨み付ける。
そして、そのまま僕を送り出す言葉を口にした。
「友の姉貴の所でも、ガキの所でも、好きな所へさっさと行きな!!
俺は俺であの怪物を殺し合いしなきゃいけなくなる。終わるまでに戻ってこれたら、奴にトドメを刺すのは諦めておいてやるよ!!」
赤羅城はそう言って酉に向かって走る。彼の目的を叶えるために大太刀を振るう。
反対に、僕はその場を後にして走り出す。
この馬車の墓場道を抜けてネゴーティウムへ向かうためである。
相談するためである。答えを一緒に考えてもらうためである。
僕は走った。すぐ後ろでは激しい戦闘音が聞こえてくる。
だからこそ急ぐ。赤羅城が酉との闘いを終わる前に戻ってこなければいけないからだ。
ただし、僕が向かうのはマルバスのもとでもキユリーのもとでもない。
このループ現象を理解できている謎の少女。フレンドちゃんのもとへと急ぐのである。




