12②・未来予知+アドニス家
話題が変わる。アドニスの母親はそういえば……という風に思い出したようで、僕に声をかけてきた。
「そういえば、エリゴル君。何か聞きたい事があるんだったよね?」
アドニスの母親から振られた話題に僕もハッと思い出した。ここに来た目的を……。
「はい。この国の違和感みたいな物について聞きたいのです。現象とか伝説とか行っちゃいけない場所とか……」
「そうね~~あっ!!
東の方にある国の境界線を抜けた先にとある場所があるの。
そこはこの国のお偉いさんも手を焼いている。忌み嫌われた場所よ。
なんでも、深夜にその道を通った売人の馬車が何度も襲われるらしいの」
「襲われるって?
盗賊にですか?」
「いいえ。人間ではないわ。なんでも、襲われた馬車は残骸しかないらしいの。人ではない何かに襲われたようにね……。
そして、明け方には馬車の残骸が転がっている。その場所は“馬車の墓場道”と呼ばれているのよ……」
「「馬車の墓場道……?」」
僕もアドニスも初めて聞く話題のようだ。馬車の墓場なんてハルファスからもフレンドちゃんからも聞いていない。ただ知らせる必要がなかったからかもしれないけれど……。
まあとにかく、これで僕が行くべき場所の候補が1つ決まったことになる。
馬車の墓場道。その場所にきっと赤羅城の捜していた邪気の匂いの正体がいるのかもしれない。
その後、馬車の墓場道に由縁のある人物はいないかをアドニスの母親に尋ねてみるが「知らないわ」と首を横に振られてしまう。
そうだとすると結局、アドニスから邪気の匂いを感じた原因は不治の病の呪いが原因だったのかもしれない。
赤羅城の勘は半分当たって半分誤っていたのかもしれない。
さて、それからもリビングでの談話を楽しんでいた僕たちであったが。
時刻はもう夜の11時になっている。
僕はアドニスの家に泊めてさせてもらうことになり、アドニスの部屋で一緒に眠ることになった。
僕は床に敷かれた布団に入って眠ろうとする。
すると、窓から月を眺めていたアドニスが眠る前に口を開き始めた。
「今日は良い日だったよ……」
「そうなのか?
あんたにとっては大変な1日だったと思うんだけど」
僕は赤羅城の件でアドニスに同情しているのだ。
その返答にアドニスは少し笑みを浮かべると、再び月を見ながら呟いた。
「いや、良い日だったとも。充実していたさ。
最後にいつもとは違う日々を過ごせてよかったと思っているよ」
不吉な事を言うアドニス。
最後って……まるでもうすぐ死ぬみたいな言い方だ。
「不吉なこと言うなよ。お前は自分の夢を叶えるんだろ?」
「この際だから友達である君にだけは言っておく。
夢は夢なんだ。
母さんの前だからああは言ってみたものの。ボク自身はそう思えていない」
叶えられるなんてとても……とアドニスは付け加えた。
その事実に僕は幻滅した。先程まであの栄光を再び手に入れようと誓っていたアドニスが急に弱々しく感じたのだ。応援したいという気持ちがかき消えていく。
「…………」
「幻滅したかい?
仕方がないさ。夢は夢なんだ。
ボクはもうがむしゃらに駆けていた必死になっていたあの頃には勝てない。その努力も気合いも元気もボクは失くしてしまった。不治の病という病を言い訳にしてね。
だから、ボクは……」
「やめてくれよ…………」
「…………………」
「嘘つくのはやめてくれよ。あの時のお前の瞳はキラキラしてたぜ。本心から願ってたように思えたぜ」
「これは嘘じゃないさ。ボクは知っている。この夢は叶わない事をね……」
ネガティブにも程がある。あの夢を語るアドニスの表情は本物だった。それなのに、彼はすっかり悲観的に考えている。夢が叶わない……なんて妄想で自分の夢を諦めようとしていた。
夢を叶えたいのに夢を諦めようとしている。
結局、どうしたいんだ!!と言いたくなる。
いや、言ってやろうとさえ思ってしまっていた。
ただ、それを防いだのは“左目”である。
口に出そうとした瞬間に未来予知のできる僕の左目が疼きはじめたのだ。
“左目が疼く”
僕は疼いている左目を押さえる。手でおおっているのに左目には光景が映り込んでくる。
そこには未来の光景が映る。これから回避することも回避できないことも、方法次第ではどうにかなる未来。
しかし、この未来は……。
「ウグッ……」
数秒間の未来の光景。
それを見届けた僕は我に返る。
「どうしたんだい?」
急に目を押さえ始めた僕を心配したのかアドニスがベッドの上から声をかけてきてくれた。
「…………最低だ」
それはアドニスに向けた言葉ではない。僕自身、いや、この無意識で発生した予知能力に対して発した言葉である。
「ひどい物を見せやがって……」
“この予知”を見せるにしてもタイミングが最悪である。これじゃあ本当にアドニスの言う通りではないか。
僕は考える。この予知を回避できる方法を必死になって考える。
しかし、そんなにすぐには思い付かない。こちらには時間がないのに……。
「本当にどうしたんだい?」
僕の様子がおかしいのは自分でも分かってはいた。アドニスの声のお陰でハッと少し気持ちを落ち着かせる。
そして、再び静かに考える。アドニスを救う方法を考える。
ただし、これは僕がやらなければならない問題だ。当の本人であるアドニスに話しても信用されないだろうし、アドニスは知らない方がいい。
「どうする。どうやって回避する……?」
こんな予知が未来で現実となって来るっていうのなら、彼には教えない方が絶対にいい。
いや、今すぐにでも対処しなければアドニスは明日にはもう……。
明日……?
嫌な予感がする。嫌な推測と嫌な推測とが結び付いたかもしれない。
しかし、この理由でどういう方法を使ったんだ?
「いや、あり得ないだろ……」
その推測を僕は信じるわけにはいかなかった。
けれど、僕は布団から起き上がり、アドニスの寝室のドアに手を当てた。外出するのである。
その真実を確かめるために……。
「本当にどうしたのさ?
なにかあったのかい?」
そんな行動を取っている僕を不思議に思ったアドニスはベッドの上から降りようとするのだが……。
僕はそれを声をあげて止めた。
「いいか。アドニス。
悪いことは言わない。だから部屋にいてくれ。
外に出ちゃダメだからな!!」
理由も聞かせず、僕はアドニスの部屋から飛び出す。
アドニス家の中は暗く。電気もついていない。
僕はアドニスを置いてアドニス家から飛び出す。
町の人通りもまったくおらず、電気もついていない。
どっちが東でどっちが西かなんて分からない。
けれど、匂いがする。匂いがする方向へ向かえばいいのだ。今の状況で匂いがする方向へ。
僕は夜のネゴーティウムを走る。そして、そのままとある場所へと向かっていくのだ。
─────答え合わせをするために。




