12①・自慢の息子+アドニス家
今、僕は情報収集を行うという目的を持って、アドニスと彼の家に向かっている。
このループ現象を解決するヒントでもあれば良いという考えからだ。
アドニスの自身か関係者にその当てがあると判断した僕はその道中にアドニスからも話を聞いていく。
最近の違和感や異変、この国について等々。
しかし、肝心のループ現象に関わりそうな話は出てこず、頼りになるのは赤羅城が死ぬ前に言っていた言葉たちだけである。
さて、アドニスの家は裏道の近くにあった。
一軒家連なる分譲住宅の中の1つである。
アドーニスの後に続くように僕もその玄関に入っていった。
「どうしたの!?
アドニス。今日は早く帰ってきてとあれほど…………?」
出迎えてくれた女性はどうやらアドニスの母親らしい。突然息子が僕みたいな男を連れてきたので驚いているのだろう。
「母さん、紹介するよ。僕の友人さ」
「初めまして。エリゴル・ヴァスターと申します」
「…………」
僕はアドニスから友人と呼ばれた事を内心嬉しく思いながら頭を下げる。
すると、アドニスの母親は開いた口が塞がらないほど唖然としている。
「母さん。色々と聞きたいことがあるらしいんだ。家にあげても構わないですかね?」
「それはええ……もちろんよ。そうよ、もちろんよ。アドニスがやっと初めて連れてきた男友達ですものね。母さん驚いちゃって」
やっと初めて連れてきた男友達が僕だけ。
僕でもこの人生で女友達よりも男友達の方が多いのに……。アドニスは女友達しか連れてきたことがなかったのだろうか。
さすが美少年。キユリーという性別不明な見た目ではないがやはり美少年なのでモテるのだろう。
僕は少し不愉快に思いながらも、アドニスを見る。
すると、アドニスは悪気のない笑みを僕に返してきてこう言った。
「ボクは男友達がいなくてね。作ろうとしてもすぐに嫉妬されて最終的には絶交されてしまうのだよ。女友達は絶対に出来るのだけれどね……」
やれやれ……といった動作も行いつつ、アドニスはリビングへ向かって母親と一緒に歩いていく。
男友達に嫉妬されて、女友達は絶対に出来る。
なぜそうなのかという疑問はすぐに解決した。
リビングへと続く道の壁にはたくさんの女性との写真が写真展のように飾られている。
ああ、そういうことか。
その理由に気づき、その背中を今すぐこの青き短刀で突き刺してやりたくなってしまう。
沸き上がってくる感情は悔しさという感情。
だが、この美少年よりも美しい性別不明を知っている僕には致命傷ではない。
美少年を越える性別不明という奴を僕は知っているからだ。
だからこそ、アドニスの男友達には同情してしまう。
その理由は誰も悪くない。アドニスも男友達も女友達も……。
彼らはアドニスを越える美を見たことがなかったのだろう。圧倒的美と横並び、比べられたら、心に傷を負うのは間違いないのだから 。
こうして、アドニスの母親に出迎えられて僕たちはリビングで談話をさせてもらうことになったのである。3人で机を囲んでの談話。
その中で僕はアドニスの母親に息子自慢を聞かされ続けることになったのだ。
アドニスがヴァイオリンの大陸大会で優勝した事・過去にはファンクラブがあるほどのアイドルレベルの人気があった事などなど。
自慢の息子なのだろう。アドニスの母親は嬉しそうに僕に語ってくれていた。
そんな息子自慢の嵐に当の本人は恥ずかしがっているようで……。
「母さん恥ずかしいです」
そう言いながらお茶を飲んでいた。
「いいじゃないの。せっかく家に来てくれた男友達よ。あなたこそなんで自分の事をもっと言わないの?
このお友達、まったく知らない様子よ。
あなたについての話を初めてのように聞いてくれてるんだし、あなた自分の話を言ってないんでしょう?」
アドニスの母親の言う通りだ。僕は今日初めて彼に会ってなんだかんだ友人ということになっている。
ちなみにその経緯をアドニスの母親に話したりはしていない。
「母さん、それは過去の話だ。今は違うじゃないか」
「いや、そうかもだけど……」
「ボクは過去の栄光にすがり付くわけにはいかないんだ。今からでもあの頃の輝きを取り戻すために……」
アドニスは足に乗っけていた手を強く握りしめている。
そういえば、何故彼があんな裏道でヴァイオリンを1人で弾いていたのかを聞いていなかった。
そんなに栄光のある彼がヴァイオリンを弾いているのなら、裏道ではなくもっとステージとかだろう。
裏道で弾いていた理由は気になる。
その質問は失礼になるかもしれないが僕はふと尋ねてしまった。
「あの……過去に何かあったんですか?」
「…………アドニスはね。昔、公演に行った帰りの事よ。呪いなのかなんなのか。原因不明の不治の病を患ったの」
「えっ……!?」
僕はアドニスの方を見る。まったく健康そうに見えているが、彼は不治の病になっていたのだ。
すると、今度はアドニスの母親の代わりに彼自身が語り始めた。
「ボクが悪かったんだけどね。そこが忌み嫌われた土地の近くだという事を知らなかった。
数日後の公演のために馬車に近道をお願いしたんだ。
その時なんだろうね。違和感を感じた瞬間に、ボクだけが気絶したんだ。
じつはそこが禁忌とされていた森の近くだったらしい。そこで呪われたんだろうね」
禁忌とされていた森の近くを通っただけでアドニスは呪われた。その話に僕はゾッとした。
その場所が禁忌の森なのかはわからないけれど。
禁忌の森に2度も入った僕が呪われなかったのは奇跡だったのだろう。
自分も不治の病を患う可能性があったかもしれないことにゾッとしたのだ。
「不治の病。心臓に過度の負担がかかるんだ。
連続公演なんて出来ないくらい。だから、ボクの名はいつしか廃れてしまった」
「…………そうだったのか」
「けれど、ボクはあきらめない。絶対、あの栄光の舞台にもう一度返り咲く。それがボクの夢であり、成すべき事なんだよ!!」
アドニスは目を輝かせながら、夢について語り終わった。そこには病に侵されても潰えていない熱意を感じる。
僕は本気で彼の夢を応援したい気持ちにさせられた。本当に感動したのだ。彼の夢を叶えたいと思う気持ちが僕には熱く感じた。
しかし、その光景をアドニスの母親は何故か悲しそうな目で見つめていたのである。




