10・記憶の中の知人+赤羅城戦?②
赤羅城の記憶にいた知人と重なる。
赤羅城が僕に向かって知らない名前を口にした。
どうやら僕と彼の知り合いの誰かとを勘違いしているようだ。
頭に飛び蹴りをくらわせたせいでおかしくなったのだろうか。
「赤羅城?
僕はエリゴル・ヴァスターだよ」
「いやでもそんなに似ているなんてあり得ねぇ。そっくりだ」
赤羅城は顔を手で掴みながら、その隙間から僕を見てくる。
おふざけでもなんでもない。本気で悩んでいる様子だ。
僕と謎の誰かの弟の面影が重なっている。
その事に赤羅城は苦悩しているようであった。
このまま戦闘は一時中断するのだろうか。そうであってくれればありがたい。
このまま、赤羅城が戦意喪失してくれれば美少年は助かるのだから。
「なぁ、マルコシアスの弟」
「違う。僕はエリゴル・ヴァスターだ!!」
「もうーーどっちでもいい。とにかく勝負はする。だが殺しはしない。いいな!!」
マルコシアスの弟という人物に僕が似ているらしい。そして、似ているという雑念を振り払って赤羅城は再び勝負を再開するつもりのようだ。
正直、冗談じゃない。もう飛び蹴りは通用しないだろうし、あの作戦で終わらせると考えていたので新しい作戦も無い。
作戦がなければ赤羅城との戦闘には100%勝てない。
近距離戦では絶対に赤羅城には勝てない。
それなのに、赤羅城は戦意を取り戻している。
「良くねぇよ!!
僕はもう戦意喪失しちゃってるんだぞ!!」
「知るかよ。早く続きだ続き!!」
そう言って大太刀を振り回している赤羅城。
昔の知人に似ている人でも赤羅城は戦闘相手にしてしまう。
結局、僕が赤羅城の知人に似ているメリットは零であるということなのだろうか。
「あっ、しまっ!?」
考え事をしていたら油断した。
僕は後退しながら赤羅城の攻撃をなんとか避け続けていた。しかし、足下を注意深く見ていなかったので尻餅をついてしまったのだ。
地面に尻を着いてしまった状態で顔を見上げる。
赤羅城の巨体な体と高身長からの視線が恐ろしい。
「さぁ、終わりだぜ罪人先輩。知人に似ている相手だろうが俺様は手加減するような漢じゃねぇのさ」
「殺しはしないんじゃなかったのか……?」
「ああ、殺しはしねぇ。ただ痛みに悶えて貰うぜ」
つまり、赤羅城自らはトドメをささないが、僕が赤羅城による美少年への拷問を止めることができないくらいには痛め付けられるということか。
これがマルバスやハルファスに知られたら打首ものだ。
それを分かっていない赤羅城ではないはず。
しかし、それでも赤羅城は邪気の匂いの正体にたどり着きたいのである。
自分が打首になりかけたとしてもだ……。
「そうか。痛いのは嫌だなぁ~」
僕は抵抗するだけ無駄であると判断し、その場から逃げようとはしなかった。
そして、目を瞑ることもしなかった。
赤羅城と戦おうと一瞬でも判断した僕の責任だ。
美少年への拷問を止めるためであったとはいえ、もっといい方法を思い付けばよかったのだ。
さらに、僕はその場で赤羅城をただ見続ける。ジッと見続ける。
「……目を瞑らないのかよマルコシアスの弟」
すると、赤羅城が僕に怪我を負わせるのを少し躊躇し始めた。
先程まで標的を見ているようなギラギラとした視線を僕からずらしている。
また、僕と知人との面影が重なったようだ。
このまま、躊躇して諦めてくれたら本当によかったのだが……。
それをしないのが赤羅城である。
赤羅城はなるべく僕への視線をずらして、意識しないように大太刀を振り上げる。
側にいた美少年に僕の流血シーンを見せることになるのが残念だ。
僕はまた失敗したのかもしれない……。
グラッと赤羅城の体が少し揺れる。
それが起こったのは赤羅城が大太刀を振り下ろそうとした瞬間であった。
「ゴッ、、、」
赤羅城が聞いたこともない音を口に出す。
そして、赤羅城の体は横にバタリと倒れた。
倒れた赤羅城の緑色の髪が赤く染まっている。
まるで視力検査の赤と緑のやつみたいだ。
「???」
死んでいるのだろうか。赤羅城はピクリとも動かなくなっている。
そのまま僕は赤羅城に視線を向けていたのだが、側でボトリと何かが地面に落ちる音がしたのでそちらを見てみる。
地面に落ちていたのはレンガブロック。
角が赤く染まっているレンガブロックの横には誰かの足。
そして顔を見上げるとそこにいたのは『セーレ・キユリー』であった。
性別不明。男か女か男の娘かボーイッシュか。
自分の性別を明かしたがらない性別不明の子供であり僕の親友。それがセーレ・キユリーである。
キユリーがなぜこの場にいるのかは分からない。
隠れて着いてきたのかもしれない。たまたま散歩をしていたのかもしれない。
その理由については今はどうでもいい。
それよりも今の状況である。
舞台は人通りの少ない裏道にある広い空間。
目撃者は僕と美少年。
目の前には赤羅城の死体。
そして凶器の近くにはキユリー。
目の前で行われたのは殺人事件。
「キユリー。お前……」
「アハハ、これで私もメディアデビューですね」
悪い方のではありますが……とキユリーは付け加えた。もちろんその声は震えている。
本当は手にかけるつもりはなかったのだろう。
僕が赤羅城に殺されると思い込んだのだ。
けれど、キユリーは知らない。赤羅城は僕を痛め付けるだけで殺すことはないということを……。
しかし、それは言うべきではないことだろうと僕は判断した。キユリーをさらに追い詰めるわけにはいかない。
かといって僕はキユリーにかけてやるべき言葉も思い付かず、ただ礼を言うしかなかった。
礼だけは言っておかなければならない。
「…………ありがとう」
「いえいえ、このセーレ・キユリー。これくらいの困難は何度も遭遇してきましたので余裕なんですよ!!」
口ではそう言っているが、それ以外の箇所では余裕がないことが駄々漏れだ。
キユリーが前科を背負うことになったのは僕の責任だ。
僕が赤羅城ときちんと話し合えていればこんなことにはならなかった。戦闘で止めるなんて事を選ばなければよかったのだ。
きっとキユリーにとっては初めてなのだろう。人を殺したのは……。
あの余裕のない様子から分かる。
僕だって初めて人を殺すことになった時は余裕なんてなかったのだから。




