3①・亥+逃走劇
後ろを振り返りたくない。
何が迫ってきているのかは分からない。だが、気配だけは感じとることができた。それを見たくはないし、見るつもりなどない。
後ろから圧を感じるのである。それがどんどん近づいてくる。
だが、この竹林の中を走りきり、その先の森を抜けきれば、この禁忌の森から脱出はできる。
今は脱出することだけを考えたい。
「あの………お兄さん……?
後ろから何かが迫ってきてます」
僕が手を引いている少女がその考えを遮るように声をかけてきた。しかも僕のことをお兄さんなんて呼んでくれた。
やはり、この少女にも何かの気配を感じとることができているようだ。
「ああ、だから急ごう。追い付かれる前にこの森を抜けたいんだがな」
そう言いながらも、僕は少女を見ない。
まっすぐに前を見ながら、彼女を連れて走っているのである。
本当なら、そこで少女の様子を確認するべきであったはずだ。
しばらく走っていると、「キャッ!?」という悲鳴と共に少女が転んでしまった。
その声に僕は急いで振り向く。
どうやら、転けて足を擦りむいてしまったようだ。
僕としたことが、少女と僕の体格差や体力差を考えていなかった。
一刻も速く逃げたいと焦っていた。その結果少女は怪我をしてしまった。
「…………大丈夫か?」
罪悪感。僕の判断ミスだ。
少女に声をかけると、彼女はかすり傷を押さえながら、立ち上がった。
「大丈夫ですよ……。速くこの森を抜けなきゃですよね。ごめんなさい」
「いや、僕が悪かったんだ。ほら」
僕はしゃがみ少女に背中を向ける。
だが、「?」という様な顔をして少女はどうするべきか理解していないようだ。
「あの………おんぶしようと思ったんだ。ほら、怪我させてしまっただろ?
さすがにその足で走らせるわけにもいかないからな。ほら、乗ってくれ」
本当は少女を連れて森の中を全速力で逃げる前にあんなことになっていた少女をおんぶして走るべきであった。
少女はまだ寝起きなのだ。
いきなり、走らせたのは悪かったのかもしれない。
「……………」
そんな僕の背中を少女がじっと見つめてくる。
少女は動かない。僕におんぶされることを拒絶したいのだろうか。
さすがに、少女にも羞恥心があって、周りに見られると困るなんて思っているのかもしれない。心の中で葛藤しているのかもしれない。
その間にも後ろからの圧はどんどん近づいてくる。
「はぁ……はぁ……本当にいいの?
お兄さんおんぶしてくれるの?」
「当たり前だろ?
ほら、遠慮するなよ?」
少女はゆっくりと僕の肩に手を乗せる。
僕は少女の両太ももをガッシリと掴み、前屈みになる。少女は自分の肩から首周りに腕を回し、僕に全体重をかけてきたことが分かると僕は立ち上がった。
重…………くない。意外と軽い。
普段よりは走りづらいが、これで少しはマシになった。
あとはこのままこの竹林を抜けるだけである。
「よし、行くぞ!!」
「…………はい」
少女の小さな返事が聞こえたことが分かると、僕は一歩足を踏み出した。
その瞬間、僕が足を踏み出した瞬間。
僕たちの左を何かが通りすぎる。
竹林の竹を薙ぎ飛ばし、吹き飛ばされた竹が宙を舞う。遥か遠くへと飛んでいく。
それはまるで全速力のトラックが飛び出してきたかのようであった。
すぐ左に体を動かしていたら、竹のように吹き飛ばされていたのは僕たちだったかもしれない。
そいつは明らかに僕たちを狙って来ている。
足が動かない。
目の前にいるそいつを見た僕の足は恐怖で動けない。
そいつは大型自動車くらいの大きさで豚みたいな見た目をしている。いや、この毛色と牙から判断すると猪なのだろう。
だが、大型自動車くらいの猪が普通いるはずがない。動物で言うなら象より大きいかもしれない。
いや、こいつは動物じゃない。怪物だ。
さらに、その猪は普通の目の位置にはちゃんと左右に目がついているのだが、もう1つ余計に目がついている。
それが眉間についているのだ。血走ったタテ目がギョロリとこちらを睨んでくる。
威圧。さらに全身からの威圧感。そのせいで蛇に睨まれた蛙のように動けない。
このままではあの突進を直接くらってしまう。逃げなければ……逃げなければ……。
しかし、そいつは威嚇したまま動かない。そいつは僕を睨んでくる。
何かを訴えるように唸り声を出しながら、僕に威嚇してくる。
「なんだ………なんなんだよ。はっ腹でも減ってるのか?
餌なんて、もっ持ってないぞ!!」
怯えながらも、僕は少女を守るように手を横に広げながら叫ぶ。
その時、僕に背負われていた少女が僕を呼ぶように僕の服の裾を引っ張りつつ、提案を行ってくれた。
「…………お兄さん。お兄さん。逃げましょう。このまま睨み合っていたら夜になります。ゆっくりとゆっくりと下がるべきです!!」
確かに少女の言う通りだ。このまま睨み合っていたら夜が来る。そうなってしまえば、帰り道が分からない。完全に遭難しないためには今動くしかない。それに、刺激しないようにゆっくりと逃げるのも賛成できる案だ。
だから、動かなければいけない。足を動かして逃げなければいけない。
少女の提案を聞いた途端に暗示が解けたかのように威圧が消える。
これなら逃げれる。
そう思い、化物とは目を合わせたまま、後ろ向きに移動する。
そして、距離を離し続けて5m。
僕は少女を背負ったまま、右側に直角に曲がり、全速力で移動する。
怪物はもともと左斜めにいた。
まっすぐ行ったり、左に曲がってしまえばすぐに追い付かれる。
だから、逆に怪物の下半身側である右に向かって走るのだ。
一瞬、怪物からの視線を遮るようにして走ればいい。
あとは竹林が怪物の行く手を1本に1秒くらいは稼いでくれるはずだ。
助走をつけて走らなければさすがの怪物もあの衝突力は出せないだろう。
そう考えての行動であった。
息をきらさないように走る。少女を背負って竹林の中に飛び込みながらその姿を紛らせていくのである。
だが、考えが足りなかった。その考えは失敗だったのかもしれない。
①怪物は森にもともと住んでいるため、移動は慣れている。
②そもそも竹林が怪物の行く手を阻むには丈夫さが足りない。
怪物にとっては庭でもあるこの場所が地形的にも悪かった。
怪物は助走をすることもなく。
自身の巨体で薙ぎ払いながら近づいてくる。
「くそっ!!
あの化物やっぱり狙って来ている」
「お兄さん。後ろには構わず逃げ続けて!!」
しかし、運が良いのか。
怪物はこの竹林の中をS字に曲がりながら、突進していた。
バランスを崩しそうになりながらも、左右に大きく揺れ動きながら走る。
まっすぐにはあまり走れないのだろうか?
だったら、そんなチャンスを逃さないわけにはいかない。
「お兄さん。お兄さん。あいつ、まっすぐ来ない」
「それは朗報だ。このまま走り抜けるぞ」
もちろん、帰るためには僕たちも来た道に戻らなければならない。
大きく回り道をしつつ、もと来た道を走っていくのだ。
【今回の成果】
・森中を化物亥から逃げまくったよ




