3②・大浴場の変+同盟作り
夕日も沈み、夜が来た。
マルバスがこのルーラーハウスに一晩泊まるということで僕たちも泊まることになったのだ。
「…………」
今、僕は夕御飯を済ませ重要なミッションをこなすためにこうして廊下の角に隠れて待ち伏せを行っている。
僕の視線の先には男湯と女湯と書かれた大浴場。
しかし、女湯を覗きに行くわけではない。
大切なのは、誰が女湯に入るかである。
「何してんだ?
罪人先輩?」
「ヒッィ!?……ってなんだ。赤羅城かよ」
突然僕に語りかけてきた声の主。
今、待ち伏せしている状況なので急に声をかけられたことに驚きはしたが……。
僕は声の主が分かったことで胸を撫で下ろす。
「なぁなぁ、罪人変態。もしかして覗きに行くとかじゃねぇよな?」
「静かにしてくれ赤羅城。僕は罪人変態じゃなく罪人先輩でもなくエリゴル・ヴァスターだ!!
それと僕は覗きに行くわけじゃないぞ」
「というと罪人先輩は何してんだよ?」
「……キユリーがどっちに入るのかを確かめるんだよ」
「ふーん、あのガキをね~」
キユリーは性別不明の人間である。
男性なのか女性なのかわからないほどの美顔だし、キユリー自身も自らの性別を明かそうとはしない。
いや、別にキユリーの性別が分かった所で今まで通りの関係を続けていくつもりではある。
だが、どうしても気になるのだ。
僕の好奇心は抑えられない。
例え、同僚にこの状況を見られても僕の意思は変わらないのである。
「いいか? 赤羅城。だから静かにしてくれよ?」
「でもよ罪人先輩。あんたはそのガキと同じ宿部屋なんだから。そん時に確かめりゃいいんじゃねぇの?」
「バカ羅城。そんなセクハラみたいなことできるわけないだろう?
同室で確かめでもしたらセクハラ罪で新しい罪を重ねてしまうじゃないか。僕はあくまでも平和的解決を望んでいるんだよ」
「ふーん、まぁ別に性別なんて俺にとってはどうでも良いけどな~。
人間なんて死体になればみんな死体なんだし」
例えが不気味だ。
どうやら赤羅城は人間を死体としか見れていないサイコパスなのかもしれない。
そういえば、何故彼が罪人として利用されているのかを僕は聞いていなかった。
もしも彼が過去に殺人鬼のように人を殺しまくっていた人物であるなら、彼に近づかず逃げるべきだっただろう。
けれど、僕は今の彼を信じる。
きっと、更生している最中だと信じてこの場に残る。
まぁ、すべてが僕の勝手な想像なので赤羅城が殺人鬼という確証はないのだし……。
でも、せめて餌付けくらいはしておこう。
「とにかく、キユリーが来るのを待ち伏せしているんだ。だから、静かにしていてくれよ?
あとでお菓子奢ってやるからさ」
「おう、分かったぜ罪人先輩。罪人先輩の頼みなら俺は従うからな。そういう“契約”だしよぉ。来るんなら待っててやるぜ。
ちなみに一番好きなのは金平糖だ」
「てか、ここで待ってたらほんとに来るんですかエリゴルさん?」
「ああ、来るはずだ。あいつも風呂に入るはずさ」
「まぁ、それならばいいんですけどね」
そのまま2時間経過。
僕と赤羅城はキユリーが大浴場へとやって来るのを静かに待っていた。
おかしい。キユリーが大浴場を訪れない。
キユリーがお風呂に行くと言ってからすでに2時間以上も経過している。
先回りに失敗して、キユリーがすでにお風呂に入っていたとしても出てこないのはおかしい。
この場に現れないことがおかしい。
「妙だな。キユリーの姿がないぞ?」
「もう諦めません?
2時間も経過してますよ」
「そうだぞ罪人先輩。もう明日にしようぜ。俺は黙っておいてやるからよ」
赤羅城が中止を促してくる。
確かにこの2時間を無駄にしたのは大きい。
もう彼の言う通りに中止して明日に回すべきなのだろう。
けれど、それではキユリーがいないという問題を解決できていない。
大浴場で何か問題でもあったのだろうか?
もしも何か起きていたのなら助けに行かねばならない。
しかし、どっちだろう。キユリーを助けに行くにしても男湯か女湯どちらに行けばいいのだ。
「よし、女湯に行こう」
「エリゴルさん。その心は?」
「緊急事態だからさ。それに数時間の間ここで見張っていたが誰も来なかった。
つまり中には誰もいないはず!!」
「つまり、犯罪にはならないんじゃないかなって思ってます?
もしも2時間も長風呂する女性がいたら?」
はい。思っています。犯罪にはならないんじゃないかなって。
いや、確かに2時間も長風呂する女性が中にいるかもしれない。
けれど緊急事態だ。そう緊急事態なのだ。
「いくぞ赤羅城!!」
「「やだよ!!」」
「赤羅城。分かってくれ。緊急事態なのだ。
それにこんな所を誰かに見られたらいけないだろう?
特にキユリーに見つかるわけにはいけない」
そう、キユリーにだけは見つかるわけにはいけない。
マルバスやハルファスや使用人さんに見つかっても言い訳はいくらでも思い付く。
しかし、キユリーはそこんところが鋭い。絶対にバレてしまう。
なのでキユリーにだけは見つかってはいけないん………………ん?
ちょうどその頃、僕は違和感を感じ始めていた。
「なぁ、赤羅城?」
「あ? どうした罪人先輩?」
“罪人先輩”。赤羅城と僕しかいないこの場ではエリゴルなんて名前で呼ばれることはないはずである。
それなのに“エリゴルさん”?
そんな僕の名前をさん付けする人物なんてこの国には1人しか…………。
顔面蒼白。僕はまるで立て付けの悪いドアのようにゆっくりと首を後ろに向ける。
背後にいるのは赤羅城。そしてその後ろには……。
「イヤァァァァァァァァァァァァ!!!!」
その叫びが誰のものだったのかは今となっては分からないことであった。
僕有罪。赤羅城無罪。
キユリーによってビンタをお見舞いされた僕の頬は真っ赤になった跡が残っている。
なかなか消えない跡を擦りながら僕は廊下に座っているのだ。
実は僕はついに同室禁止を言い渡されてしまった。
僕が入るはずだった部屋には赤羅城とキユリーしか出入り禁止となってしまっている。
マルバスを頼ろうにもハルファスさんの部屋で国主談話でもしているらしく、邪魔するのも気が引ける。
なので、僕は今晩を廊下で過ごさなければならないらしい。
「廊下ってこんなに寒かったんだな……」
廊下が寒いのか。人々の温もりを感じない僕の心情が寒いのか。
今となっては分からなくなっている。孤独だ。孤独も重なって凍え死にそうだ。
ただ、こんな孤独でも分かることといえば……。
「眠っ……」
睡魔だけは健全に働いているらしい。
だんだん僕は眠たくなってきた。ウトウトと頭を上下させながら僕は廊下に座っている。
「この屈辱は忘れねぇぞ」
この日の出来事は記憶しておこう。
僕は生まれてはじめて廊下で一晩を過ごすことになったのだから……。
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朝が来た。
昨日はさんざんな目にあったが今日はなんだか心地いい目覚めである。カーテンの隙間から差す太陽光が暖かい。
どうやら確認してみたが僕は布団で眠っていたらしい。廊下で寝ていたはずなのに、誰かが哀れんでくれたのだろうか。
しかし、そんな心地よい朝もあいつによって再び壊されるのであった。
「おっきろー!!」
数時間しか寝ていない状況で僕もまだまだ寝たりなかったのだが、キユリーに叩き起こされた。
いや、叩き起こされたではなく飛び蹴り起こされたがこの場合は成功だろう。
せめて、最初から普通に起こしてくれていて飛び蹴りならば分かる。
しかし、最初から飛び蹴りとは如何なものか?
僕がそんな不満をぶちまけてやろうと決意するよりも早く、キユリーは大慌てで窓の外を指差している。
「マルバ…………エリゴルさん。窓の外です。窓の外!!」
「はぁ、またか………………」
キユリーが窓の外を指差している。
そして外にはたくさんの人々が人流のように集まって買い物をしているのだろう。
それくらい、僕にだって理解でき…………。
「は?」
目が覚めたのはハルファスのいたルーラーハウスではなく僕たちが泊まっていた宿屋の2人部屋。
そして、すべてが見覚えのある光景。
昨日目覚めた朝である。
それを表すように、時刻はきっかりと昨日と同じ朝の時間を示していた。




