35・エピローグ+アナクフス
ナベリウス・カラストリロ。
かつては東の魔女として東の町で権力を握っていた存在が今ではこの国の王家を継いでいる。
まるで童話の物語のようだ。
王家の血筋の少女が奴隷になり魔女として生き王家に帰ってくる。
しかし、それをナベリウスはやってのけた。
現在、あのアナクフス革命戦争から1ヶ月が経過している。
町はあの日半壊の状況にまで陥ったが、今では少しずつだが復興していった。
あの戦争で失われた者たちのために慰霊碑がアナクフス城内に建てられており、今では国民が途絶えることのなくやって来る場所となった。
こうして、城内に国民が気楽に入ってこれるのはナベリウスのお陰である。
かつての国王であったカイム・カラストリロは現在行方不明となっていた。一説にはすでに国外へと逃げているという噂もあるが真相は分からない。
そんな彼の代わりとしてこの国を納めることとなったのがナベリウスであった。
彼女は現王家反対派勢力の貴族による後押しもあり、彼らの協力のもと国を支配することになったのである。
事実、彼女がこの国の国王になってから今日まで様々な苦労や問題があった。過去の法律を書き換えたり、色々な場所に手伝いをしに行ったり、食料やお金の支援を行ったり……。
だが、現在はそういった問題も少なくなっており、彼女はようやく一段落を終えてこうして椅子に座っているのである。
「お疲れ様です国王殿」
「その呼び方はなんだか恥ずかしいですね。しかし、今日まで来れたのも現王家反対派勢力のあなた方のお陰です」
「いえいえ、私…………いや我らはかの国王とは違うあなたの統治を支えてみたくなった者ですから」
現王家反対派勢力だった1人の貴族はそう言ってナベリウスに1杯の紅茶を差し出した。
「あのモルカナ国からのお届け物です。なんでも、よき品物であると……」
「そうですか。せっかくなので2人で戴きましょう」
そう言ってナベリウスは貴族に差し出された物とは別に暖かい紅茶を差し出す。
どちらもまだ入れたてホヤホヤで暖かい。
2人はコップを当てて乾杯すると、紅茶を飲み始める。
「んん~、いい味ですね」
「こちらもまたよき味です。今度モルカナ国にはお礼をした方がいいのでしょうが」
ナベリウスはモルカナ国との契約の内容を思いだし、苦笑いを行う。
モルカナ国がナベリウスたちに力を貸したのはその条件があったからこそである。
【打倒!!魔王国・資金50億・戦時に貴国の兵士を要求する数】
この条件をナベリウスはまだ解決できていない。
「……それはまだまだ先になりそうですね」
彼女はそう言って引き出しを開き、中から紙を取り出す。
そこに書かれていたのはあの日に起きたもう1つの事件のことである。
アナクフス革命戦争の裏で、お城の金庫にあった金が何者かに盗まれてしまったのだ。
その金額は30億。
1日にしてその金が金庫から盗まれたのである。
ナベリウスの調査ではあのシャックス・ウルペースしか犯人はいないと考えてはいるが……。
とうの本人が姿を消しているためそれを証明することもできていない。
「まぁ、そのことは今後考えていきますか。それよりお願いがあるのですが……」
「なんでしょうか国王」
「この後、面会の予定があるのです。申し訳ないのですが席を外してもらっても良くて?」
それを聞いた貴族は一言「承知しました」と言うと、ナベリウスに向かってお辞儀を行う。
ナベリウスも貴族にお辞儀を行うと、貴族は颯爽と部屋から出ていった。
その数分後。部屋のドアをノックする音と共に1人の男性が入ってくる。
「やぁ、悪党A……いや今は兵士になったんだっけ?」
ナベリウスは入ってきた男との久々の再会を喜び、席を手差して座るように要求する。
入ってきた元悪党Aは「失礼します」とナベリウスに言うと、進められた椅子に座った。
「ええ、先日はお世話になりました。東の…………いや国王殿。あなたのお陰で私たちは悪党ではなく兵士です」
元悪党Aは慣れない国王呼びに躊躇いながらも、恥ずかしそうに頭を掻く。
アナクフス革命戦争に参加した悪党たち25人は今では兵士となっていた。
これもナベリウスが国王になったからである。
元チンピラ同然の悪党たちが兵士へと大出世。
その恩義を元悪党たちは感じており、彼らは従順なナベリウスの部下として働いているのだ。
「そういえば東の町はどうですか?
最近、帰れていないので心配なのですが」
「東の町ですか?
今は少しずつですが、かつての町並みが甦ってきていますよ。あなたの支援のお陰です。
もう貧困層が明日を生きるのに必死な町ではありません。もうすっかり中間層の町さながらの町ですね。是非、今度いらしてください。歓迎しますよ」
元悪党Aは嬉しそうに笑顔で東の町の様子を語る。
ナベリウスもその答えには安心したのか。ホッと胸を撫で下ろして安堵していた。
彼女の第2の故郷である。あの日記憶を取り戻してから、ナベリウスは東の町の事を思わない日はなかったのである。
かつて、家族と暮らした教会の事も、愛犬が今も眠っているお墓の事も……。
ナベリウスはこれまでの想い出に浸ろうとしていたのだが、元悪党Aの一言でそれは延期されることとなった。
「それで国王殿。此度に私を呼び出した理由は?
大事な指令だとお聞きはしたのですが……」
「そうだったそうだった」
ナベリウスは元悪党Aの発言のお陰で話を重要な方へと戻す。
「一応なんだが。調査をしてもらいたい。モルカナ国の事だ」
「えっ?
もしかしてエリゴル殿の様態ですか?
そういえば連絡がないですね。
あの日、戌が消え去ってすぐに瀕死のエリゴル殿を連れて国に帰られてしまいましたし……。
全身を猛毒に汚染されてすでに死人同然でしたから。
あのマルバス殿とバティン殿の慌て様から見ても、一大事でしたもんね。
我々はただ見ていることしかできませんでした」
元悪党Aはエリゴルの事を残念そうに語った。
今では彼はこの国で化物を倒した英雄とされており、密かなファンも多い。
あの猛毒を全身に浴びて今彼が生きているのかは分からないが。この国のみんなは彼の無事を祈っている。
そして、回復した姿でこの国を訪れてくれると信じている。
さらにいずれは国王と結ばれて国王の補助をしてほしいなんて考えている国民も一部いるらしい。
それほど今エリゴルの存在はこの国では大きな物となっていたのだが。
「いや、彼の調査ではない」
ナベリウスはきっぱりと否定する。
エリゴルの事など忘れているかのような様子に元悪党Aはさらに残念な気持ちになったがそれを顔に出すことはなかった。
元悪党Aは何を命令されるのか疑問に思いながらも、ナベリウスに問う。
「では、いったいモルカナ国のなんの調査をすればよいでしょう?」
元悪党Aに問われたナベリウスは小声で彼の質問に返答した。
その調査内容は元悪党Aにとっては予想外の内容であったが。
ナベリウスからの最重要依頼だという事で彼はその調査を断ることができない。
「モルカナ国の国民全員の身元について詳しく知っておきたい。モルカナ国には裏がある気がする。“あの国の誰か”が暗躍していると思う。そいつの真の目的を知らなければならない」
この時のナベリウスの予想が当たるのか当たらないのか。それはこの時点では分からない。彼女の予想通りかもしれないし、何もないかもしれない。
ただ、ナベリウスはモルカナ国について怪しんでいる。
そして、その嫌な予感通り。
モルカナ国ではとある歴史的事件が起こることになるのだが。
────それはまだまだ遠い先のお話。




