33・買い取り+戌 戦⑤
シャックス・ウルペースとの再会。
戌側に立っていないので戌の敵であることは確かだが、こいつが僕の味方であるという保証はない。
彼は自分の“仕事”というものを行うために来てくれたのだ。
僕の味方ではない。それは分かっているのだが……。彼がどちら側なのかを確かめなければいけなかった。
「なぁシャックス。1つだけ聞かせてほしいんだけど」
「なんだ?
お前の質問を冷静に答えることができるほど、俺に余裕はないのだが。一応聞いておいてやろう」
「お前は狩る派なのか? 生け捕り派なのか?」
「…………それについてはお前と同じだ若者よ」
シャックスは視線を戌に向けながらではあったが、僕の質問に答えてくれた。
僕と同じ。つまり狩る側だということだ。彼が僕の邪魔をすることはこれで無くなったと言える。
僕が一安心してホッと気が楽になった時、戌は僕たち2人に敵意を向けるように威嚇を行いながら語り始めた。
「『何故、ボクらの邪魔をするのさ。金行の使者。
こうやってボクを攻撃して……。
例えお前が相手でもご主人様は渡さないからな」』
「はぁ? バカを言うな。クソ犬。
俺がお前のご主人様に興味があるとでも?
そんな女のことなどどうでもいい。このまま野良犬にでも喰われていればいい。
俺が欲しているのはお前だよ」
「『はぁ? ボク?」』
「ああ、お前だ。お前の命だ。我が同僚の計画にお前ら十二死は必要なのでな。お使いを頼まれたというわけさ!!」
そう言うと、シャックスはポケットの中から異質な物体を取り出す。
金色の道具。古来の出土品みたいな異質な金で作られた道具。
彼はそれを両手に持つと、まるで野球選手の投球のような速さで戌の肉体に投げつける。
その豪速球は戌が幽霊化をする前に既に戌の肉体へと入ってしまった。
「『…………フハハハハ。何をしたかったんだ金行の使者。君の攻撃はこうして無効化できるんだよ。
このまま、叩き潰して……」』
しかし、戌の肉体にその道具が何かダメージを与えたわけでもない。
戌の見た目は何も変化していない。
今まで通り幽霊化している状態ではあったのだが……。
「『あれ? どうしたんだ。ボクの首」』
戌は違和感を感じて左右の首の視線を中央の首に向ける。
僕も戌達が見ている中央の首に視線を向けてみた。
中央の首の様子がおかしい。吐息が荒く、気分が悪そうな様子で目も閉じかけている。
「『なんだこれ。キツイ。体力が低下している。眠たく……」』
どうやら中央の首を睡魔が襲っているらしい。中央の首は必死に眠気と闘っている。
左右の首は中央の首を必死に起こそうとしているのだが……。
「『待て。お前が変えないと幽霊化が解けないじゃないか。しっかりしろボク」』
「『そうだぞ。遠隔攻撃と猛毒化だけでは調子が狂う」』
「『この道具のせいだ……。クソ金行め。もうダ……メ………」』
中央の首が目を閉じてしまった。
左右の首は成すすべもなく中央の首が眠ってしまった事を見届けると、すぐに金行に視線を向ける。
「『貴様!!!!」』
「その首はしばらく起きないぞ。これで我らに攻撃するのも一苦労だな戌よ」
「『なめやがって。ボクにはまだ遠隔攻撃がある。直接じゃなくてもお前らを攻撃することくらいまだ出来るんだぜ?」』
どうやらシャックスの道具によって幽霊化が固定されたようだ。
これで戌に近づいても攻撃はされなくなったが……。
そもそも僕たちがあいつを攻撃できなくなったのではないか?と嫌な想像をしてしまう。
「なぁ、一応聞きたいんだけどシャックス。お前、僕の味方なんだよな?」
僕は横たわっていた状態から気合いをいれて立ち上がる。
下手したらシャックスを殴らなければならないからだ。もし僕の戦闘を邪魔しに来ているのなら、この最後の力で彼の顔面を殴り飛ばしてやる。
その覚悟を決めていたのだが……。
彼の口から出た言葉は意外な言葉であった。
「ああ。これはお前のためだぞ。若者よ。
お前はあの呆れたご主人様を救助しようとしているらしいからな。そのサポートだよ」
「サポート……?」
幽霊化を固定したからと言って、これは僕のサポートになっているのか?
むしろ邪魔をしているにしか思えないのだが……。
なんて、考えていた僕であったが1つだけ嫌な予感が僕の頭の中を過る。
嫌な予感…………確かにその方法なら救助が出来るかもしれない。ナベリウスさんを戌から救い出せる。
でも、失敗する可能性の方が高い気がする。
それをやる気になるかならないかは僕次第だ。
「さぁ、若者よ。商談の時間だ。
俺に何を売ってくれるかな?
俺は何でも買い取れるぞ。時間・人間・権利。さぁ、何を売ってくれるのだ?」
シャックスは僕の表情の変化を読み取ってニヤリと笑う。
どうやら僕とシャックスの考えている嫌な予感は同じなのだろう。
僕がその行動を選ぶのか選ばないのか。
シャックスはどちらを選んでも対策はあるのだろうが、僕にはこの作戦しかないのだろうか。
────上等だ。これまでさんざんナベリウスさんにこの命を握られていたんだ。もう一度くらいこの命をナベリウスさんのために使ってやる。
僕はシャックスに2つの時間を買い取って貰った。
【5分間感じるはずだった恐怖心】と【10分間死ぬはずだった時間】。
これで僕は5分間の間だけ恐怖心を感じることはなく。10分間の間はどんなに死にそうでも死なない。
そして、僕は蒼き短刀を構える。
再び、奴を狩るために戌と対面した。
今度は先程のように一方的にやられたりはしない。
最後まで抗ってやる。
僕は死ぬまでにナベリウスさんを救い出す覚悟を決めて戌と対面することになった。




