32・諦めの先、助けて+戌 戦④
勝負はたかが数分で終わった。
僕の負け。
未来予知も使えない。すでに刺傷を負っている。普通の人間。
思考がどんどんネガティブな感情だらけになっていく。
「もうこのまま死にたい」と思ってしまう。
これ以上、怪我をしても苦しんで死ぬだけだ。
戌に逆らわず、このまま死んでいった方がいい。
生きていても戌には勝てないし、もう諦めるべきだった。
「…………助けてくれ」
それなのに僕はまだ生きようとしていた。
1人では何もできないから、誰かに助けを求めようと声を出していた。
「助けて……くれ…………」
この場には敵しかいないのに、僕は助けを求めようと声をあげていた。
だが、僕は恥を晒してでも生きたいと思ってしまったんだ。
「『バカなの?
この場には誰もいない。
お前を助ける者なんていないんだよ」』
「頼む……助けて……」
「『君は助からない。皆助からない。
この国にいる者はみんなこれから始まる地獄からは出られない』
みんな私を助けてはくれなかったもの。みんな私を利用していたもの。
私を愛してくれたのは血の繋がりだけ。
別の血達は私の血を受け入れてはくれなかった。
私自身を愛する人はいない。みんなが優しいのは私が東の魔女だから。東の魔女や王家の血筋に価値がある。
なら、それがない私はどうなるの?
側面がない私だったら、私を誰か別の血が愛してくれていたの?」
幻聴だろうか?
戌の声に重なってナベリウスさんの声が聞こえてくる。
「私自身を大切に思ってくれる人はもうこの世にはいないの?」
戌の声に重なってナベリウスさんの声が僕の耳に聴こえてくる。
戌の声なのに悲しそうな彼女の声に聞こえてしまう。
どうやら僕もとうとう幻聴が聞こえるほどに弱っているらしい。
最後に聞こえる声がナベリウスさんの声だったのは少し嬉しい。
それが幻聴であったとしても僕には喜ばしいことであった。
「『ご主人様を愛しているのは家族だけだった。でも、ボクはご主人様に仕えていた。愛していた。
悪いのはご主人様を利用してきたお前ら猿どもだ。
お前らは、ボクを利用してこの国に呪いをかけた。呪詛を行った。僕の体を埋めて餓死寸前で首を斬りやがった……。大飢饉を起こしたカイムの父親め。
ボクを自分の欲望のために呪詛の材料にしやがった。怨めしい。
お前らのせいだ……。お前らのせいでご主人様は変わってしまった!!!!」』
戌の声が聞こえてくる。戌が恨めしそうに嘆いている。
大飢饉はカイムの父親が行った呪詛が原因だと言っている。
先代の王位継承者の選挙に関わることとなった原因の1つ。
カイムめ……一族揃って元凶じゃないか。
だが、全ての元凶が分かったところで今の僕には何もできない。
しかし、残念なのが1つだけ。
最後に聞こえるのが戌の声に変わってしまったことである。
どうやら、ナベリウスさんの声に聞こえたのは本当に幻聴だったのか……。
「…………残念」
「『死ね」』
僕の頭上に狙いを定められた戌の腕。
そのまま、僕を叩き潰すつもりなのだろう。
最後にナベリウスさんの本当の声が聞きたかった。見送られるなら美しい美人に見送られて逝きたかった。
そんな想いももう叶わない。
僕はこのまま叩き潰されて死ぬ……。
「助けてマル……バス」
バシンっ!!!!
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視界が見えない。真っ暗闇。
僕が目を瞑っているからだろうか?
これが死。思ったよりも呆気なかった……。
結局、僕は何もできなかったのだ。頼ってばっかり。
「…………ああ、そうだ。お前は他人を頼ってばかりだな」
誰かが僕の心の声に返事をしてくれた。
そうだ……その人の言う通りだ。
僕は他人を頼ってばかりで自分では何も成し遂げられていない。
僕はこの世界で生きていくのには必要のない人間だったのだ。
「ふむ、必要のない人間?
それは違うのではないか?」
違わない。
僕は何もできなかった。僕は何も救えなかった。
「この世に必要のない人間はいない。お前が行動をすることは何かにつながる。どんな小さな事だとしてもつながる。
例えば……そうだな。お前がキュウリを1つ買ったとしよう。すると八百屋はキュウリ1つ分の金を受け取っている。生活の足しになる。
ほら、お前がいなければキュウリ1つの価値が売れ残る所だった」
そんな変な例えで話を紛らわそうとしないでくれ。僕は真剣なんだ。心の声の返事さん。
「◯◯的には真剣だったのだがな。まぁ、仕方がない。
生きていくのには必要のない人間だった……。
そう思うのなら何故諦める?」
「何故諦める?」と言われても僕は戌の攻撃で潰されて死んだんだ。
死んだらもう終わりなんだ。
「お前は死んだのか。そうかそうか。なら、◯◯が喋りかけているのはただの死体だったのだな。
困った困った。これでは◯◯が死体とおしゃべりする変人と思われてしまうな。
なぁ、起きてくれないか?」
死体は起きない。動かない。死体は何もしゃべれない。
「じゃあ◯◯は誰と喋っているのかね?
せっかく、来てやったのに……」
来てやった?
まるで僕があなたを呼んだみたいじゃないか。
「別に他人を頼ってばかりでも◯◯はいいと思うぞ。ただ、お前も頼られるような者になればいい。お前も頼り相手もお前を頼る。
お互いを利用し合えばいいのだ。他人を信じて頼り合え。
頼り合えばそれが助け合いになるだろう。人生に助け合いは大事なことだろう?」
待て。待てよ?
僕は死ぬ寸前に誰かの名前を呼んでいた。
たしか……マルバス?
ああ、なんということだろう。
マルバスを呼んでいたのに僕がその事を忘れるなんて……。
せっかくマルバスが僕を助けに来てくれたのだ。
ならば、死んでいる暇もない。
目を覚ませ僕。死んでいる場合じゃない。マルバスをこの場に呼んだ責任を僕は負わねばならない。僕が彼女を呼んで彼女がここに来たのなら、それを無駄にしてはならない。
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「………………ッ!!」
目を開ける。太陽光が眩しくも光輝いていた。
生きている。戌の腕に潰されることもなかったのだろうか。
腕も動くし、呼吸もできている。
起き上がろうとすれば起き上がれた。
しかし、僕の視界に入った者を見たせいでそれを行う気力もわかない。
戌? ナベリウスさん? マルバス?
どれも違う。
「やっと起きたか若者。遅かったな」
そいつは僕を庇うようにして戌と対するように立っていた。
大量の金が入っているであろう黒い鞄を側の床に置き、先程出会った時よりは少しボロボロになっている服装になっているということは戌と闘っていたのだろうか。
いや、マルバスとの戦闘によるものかもしれないが……。
とにかく、彼はやって来た。
僕が呼んでもいないのに……。
「ああ、確かにお前に呼ばれてきたわけではないな。俺は仕事のために来たのだから」
そう言って、目が覚めた僕に視線を向けたのはシャックス・ウルペース。
僕が今一番会いたくもない男である。




