31・3つの首+戌 戦③
十二死の戌と僕との一騎討ち。
ただし、今回の闘いは前回より甘くない。
僕はナベリウスさんを戌の内部から取り返さなければならないのだから……。
「『ご主人様……。指揮の続きを。
闘いにはやはり背景が大事でしょう?」』
戌は自身の中にいるナベリウスさんに語りかける。
すると、ナベリウスさんは指揮をするように手を動かし始めた。
つまり、それは巨大な犬の首が降り注ぎ町を破壊していく合図。
「こっ、こいつ……」
「『第1の儀は再開させる。これはこの国を滅ぼすために必要なんだ。だけど、ボクらの邪魔をするというのならボクが相手だ。さぁ、ボクを祓ってみろよ!!!」』
先制攻撃を仕掛けてきたのは戌。
戌は左手で僕の体を叩き潰すために振り下ろしてきた。
巨大な手が僕の頭上へと振り下ろされる。
すかさず僕は回避する。
すぐ横に移動し、戌からの攻撃を避けたつもりだった。
だが、移動先ですぐに戌の視線が僕に向けられる。
その後すぐに首の1つが大きく口を開け始めた。
その行動に違和感を覚えた僕は戌が口を閉じようとした瞬間に後方へと下がる。
すると、戌の口が閉じたと同時に床も丸く抉られてしまった。
まるで噛みちぎられたように床が抉られている。
「『チッ、床喰っちまった」』
戌の発言からして奴の攻撃方法の1つであることは明らかとなった。
戌の首の1つが口をモゴモゴと動かして、床の板材をペッと吐き捨てる。
狙いを定めた相手に遠距離攻撃ができる噛み付き。
さらに、近付けば直接攻撃が来る。
近づいても危険だし離れても危険な状況。
そんな状況の中で僕は青色の短刀を手に持って走った。
数分でも同じ場所に立ったままだと遠距離攻撃が来るからである。
移動しながら、考えなければ遠距離攻撃に殺られてしまう。
僕の移動していく後ろを戌の遠距離攻撃が襲う。次々と噛みつかれていく床。
足を止めることができない僕は、とある物を見つけた。
なので、それを拾うために僕は戌から離れて少し寄り道。
僕は悪党Uが遺してくれたであろう銃を拾う。
そして、銃口を戌の頭部に向ける。
「くらえ!!」
銃声と共に放たれる1発の弾丸。
軌道はバッチリ戌の頭部に向かって飛んでいる。
だが、弾丸は戌にダメージを与えることもなく、まるで霧の中に撃ち込んだように戌の体内を通っていき、空の彼方へと消えてしまった。
「嘘だろ……?」
攻撃が通用していない。
その事実に僕は目を疑った。
しかし、驚いている暇はない。
すぐに戌の腕が僕に襲いかかってくる。
ただし、左方向から横に振るわれた手を今度は避けることができなかった。
直撃。
体が宙にフワッと一瞬浮いたかと思うと、すばやい速度で僕の体は殴り飛ばされる。
まるで壁に当てられた豪速球のよう……。
「ガッハッ……!?」
受け身も取ることができずに、かつて4階の廊下の壁であった場所に全身がぶつかる。
もしもその壁がなければ、天守の4階からまっ逆さまに落ちていってしまっていたのだろう。
それほど奇跡的な救い。
だが、闘う前から負傷済みの僕にはこれが奇跡でもまったくありがたみを感じない。
よけいに死にかけている。
戌が僕の腹部の刺傷に近い位置を狙ってきたのだ。
まるで、これまでせっかく我慢していた痛みがさらに強くなって帰ってきたようだ。
腹部の刺傷+全身の痛み。
僕はすぐに体を起こすことができないまま、痛みに耐えつつ、必死に呼吸を行っていく。
「『哀れだね……ボロ雑巾みたい」』
それがそんな危機的状態の僕に戌がかけてきた言葉だった。
同情するくらいなら少しは化け物相手に闘っている僕に手加減してほしい。
そんな事を思いながらも、僕は戌の方を睨み付ける。
「…………」
「『嫌だねぇ。まだ敵意を向ける気力はあるなんて……。でも、分かったでしょ?
ボクら化物相手に猿が敵うわけないんだよ」』
「…………」
「『ボクには全身を霊化させる首と、全身を猛毒化させる首と、遠距離でも噛み砕ける牙を持つ首の3つがあるんだ。
手加減してほしいなんて考えていたかもしれないけど……。
最初の時点で猛毒により殺してあげることもできたんだよ?」』
戌は地面で倒れている僕に向かってニヤリと笑う。
相手が手加減してもこんなに差がある……。
その現実を知って、僕の中で何かが砕ける。
ああ、勝てるわけがなかったんだ……。
敵が化物。人質を取られている。僕の腹部に槍で刺された傷がある。時間の猶予も少ない。味方も来てくれない。頼みの未来予知も使えない。
さらに、3つの首の能力ときた。
この状況でどうやって勝てというのだろう。
ほんの数分間の闘いだけでここまで差を思い知らされたのだ。
そもそも初めから無理だったのかもしれない。
前に十二死の亥に勝ったのも奇跡なのだろう。
きっと、マルバスが弱らせてくれたお陰だ。
僕が美味しい所を命がけで勝ち取った。
結局、マルバスがいなければ何もできなかった。
僕1人では何もできなかった……。




