30・首が落ちる日+戌 戦②
「『ワオォォォォォォォン!!!!」』
十二死の戌が遠吠えを始めた。
兵士も革命軍も国民も、この国のすべての人間達がアナクフス城の最上階を見つめている。
「なんだあの化物!!」
「戌みたいな姿だぞ」
戦場は一時休戦に……。
アナクフス城にて闘っていた者たちはそれぞれ最上階を見つめていた。
そして、数分後の出来事である。
空に一筋の線がビーっとまっすぐに引かれ始めたのだ。
まるで紙に直線を書くようにして、空に線が描かれた。
それも一本ではない。
無数の線が空に書かれていく。
この街……いや、この国を覆う空に線が無数に描かれたのだ。
それは非現実的な光景。
空には無数の線が引かれてしまっている。
『─────』ような大きな線が無数に描かれている理由は分からない。
すると、線がパカッと細い楕円形に変貌を遂げた。
その線が楕円形になったのを合図に、他の線も楕円形へと変貌を遂げる。
パカッ。パカッ。パカッ。パカッ。パカッ。
そして、その空に浮かんだ楕円形の中からコロンと地面にナニカが落ちてくる。
僕たちのいる街へと無数のナニカが落ちてくる。
空から落ちてきた物。
ナニカの正体。それは首!!
馬車ほどの大きさの犬の首が無数に街へと降りそそぐ。
それはまるで雨のように……。町の上へと降りそそいでいった。
巨大な犬の首は町に向かって隕石のように降り注ぐ。
馬車ほどの大きさで無数の巨大な犬の首が降ってくる。
建物に激突して崩していく。
次々と降ってくる巨大な犬の首に国中は大混乱。
地面に落ちた巨大な犬の首は霧のように消えていく。
「『まずは逃げ場を無くしましょう」』
戌は笑いながら、この国が破壊されていく様を見て笑っている。
彼女は国中を見渡しながら、指揮をするように手を動かし続けていた。
彼女の指揮が合図となって犬の首を落としていく。
「やめてくれ!! ナベリウスさん!!」
僕はとうとうこの状況を見ていられなくなってしまい、声を出してしまった。
「『……………」』
戌は指揮を行う事をやめて、こちらに振り向いてくる。
戌が指揮をやめると、犬の首が国に降り注ぐことは無くなった。
つかの間の平穏な時間。
「『なんだ。猿がまだいたのか?
ボクの邪魔をしないで欲しいんだけど……。
なんで“あの屑”のように逃げないの?」』
ちなみに、“あの屑”とはカイム・カラストリロのことである。
彼はいつの間にかこの3階から姿を消していた。
おそらく、脱出口でも隠してあってそこから逃げ出したのだろう。
逃げ足の速さは称賛されるべき実力である。左腕を失っているのに……。
だが、このままここにいない人物の話を続けるわけにもいかない。
「ナベリウスさん。これがあなたのしたい事なのか?
違うよね?」
「『ご主人様はいない。今はボクだけだ。ご主人様はこの夢が覚めるまでは目覚めないよ。
それでボクに何か?」』
「お前じゃない。ナベリウスさんに言いたいんだ。
ナベリウスさん……言ってたよね?
『国があれば未来は来る。滅びても、生きている者がいれば1からやり直せる。そうした積み重ねがきっと未来へと繋がる』って。
『戦のない清らかな世界を信じている』って。
今、そいつの好きにさせたら全滅するよ。
戦のない清らかな世界すら来ないよ?」
ナベリウスさんは言っていたのだ。
今よりも良い未来、遠い未来…………戦のない清らかな世界が来るように役に立ちたいと。
この革命が戦のない清らかな世界が来る事の役に立つように望んでいた。
だから、僕は今のナベリウスさんを見ていられない。
「今のあなたの行動はその夢に繋がる大切な事なのか?
違うよね? ナベリウスさん。
このままじゃ、あなたがすべての恨みを買う敵になっちゃうよ。
すべてを壊しても戦のない清らかな世界に近づかない。寧ろ遠ざかっていくよ!!」
「『…………」』
僕からの発言に戌は黙りこんでしまった。
戌が今行っていることは、僕の前のナベリウスさんの夢を壊すことと同じである。
ご主人様の夢を壊す。
戌が取り込んでいるナベリウスさんの願望を叶える役目を持っているのなら、きっと攻撃をやめてくれるだろう。
今のナベリウスさんの願いを叶えることは昔のナベリウスさんの願いを壊すこと。
すべてを恨むナベリウスさん。
戦のない清らかな世界を見たいというナベリウスさん。
どちらも最近のナベリウスさんである。
ただ、きっと今の彼女は一時的に怨みの感情が込み上げてきて、戌に願っているだけなのだ。
「エリゴル君…………助けて」』
オーラ態の戌に取り込まれているはずのナベリウスさんの口から発せられた僕の名を呼ぶ声。助けを求める声。
3つ首の戌がしゃべっているわけではない。
ちゃんとナベリウスさんの口からしゃべっている。
「ナベリウスさん!!」
僕の訴えが届いたのだろう。
やはり、戌に完全に取り込まれているわけではなかったらしい。
戌は『この夢が覚めるまでは目覚めないよ』なんて言っていたが……。
やっぱり想いは届くのだ。
「ナベリウスさん!!
今、助けに行くから!!」
僕は戌に取り込まれているナベリウスさんの元に走る。
あの戌のオーラからナベリウスさんを引っ張り出してやるのだ。
この革命運動を終結させるために……。ナベリウスさんの苦しみを終わらせるために……。
僕はオーラの中にいたナベリウスさんに向かって手を伸ばした。
「『君って奴は呆れたな」』
だが、その声が聞こえた瞬間。
戌のオーラが僕を押し潰そうと掌を振り下ろしてきた。
「……!?」
──罠にかかった。
そう気づいたのがあと1秒でも遅ければ僕は完全に死んでいただろう。
僕はその場から転倒するようにして避難する。
運良く戌の攻撃を潰されずに避けきることができたが……。
「ナベリウスさん……」
一筋縄ではいかなかった。
戌は3つの首を僕に向けて威嚇しながら、呆れたような口調で語りかけてくる。
「『やっぱりアホ猿だ。簡単に引っ掛かる。
これがご主人様とボクの絆。1人=1匹。
ボクはご主人様でご主人様はボクなの」』
演技だっただろう。
戌は取りついているナベリウスさんを操って助けを求める声を出させたのだ。
僕の目的が戌からのナベリウスさんの奪還だと勘づいていたのだ。
それに引っ掛かる冷静じゃない僕も悪かったんだろう。
だが、僕の良心を利用した戌に対する怒りが沸いてきていた。
「クソ犬………………!!」
僕は戌を睨み付ける。
すると、戌も僕を見下ろしながらニヤニヤと僕の事を蔑んで笑っていた。
犬と猿は犬猿の仲という。
犬は人間とベストな友達だともいう。
まさか僕が猿の方だったとは思わなかった。
だから殺意しか芽生えてこない。
「『来なよ。やれるならボクを祓ってみろよ。
まぁ、十二死の戌であるこのボクに猿が勝てるわけがないんだけどね!!」』
戌は余裕そうな様子で僕の攻撃を待っている。
最初の一撃くらいは受けてあげようというナメプでも行う気なのだろうか。
人間1匹ごときが十二死に勝てるわけがない。
そこから来る自信なのだろう。
しかし、戌は知らないのだ。
僕は亥を狩ったこともあるんだってことをさ。




