29・十二死+戌 戦①
これまでの記憶を思い出したのだろう。
ナベリウスさんは下を向いて立ったまま動かなくなってしまった。
正直に言うと、僕も違和感を覚えていたのだ。
書庫室に置かれていたタイトル:『カラストリロの歴史』という本。
その本の中にいつかの夢で見た犬が写真に写っていた。
ピピピと鳴る首輪と謎の教会。
あの夢の中で僕は死んでいたから、覚えているのかもしれない。
ああ、話を戻そう。夢の内容ではなく本の内容が大事だ。
その本に載っていた1枚の写真。
そこに写っていた1人の少女と1匹の白い犬。
名前のない少女と名前のない犬。
あの犬がこの城と関係しているということが、嫌な予感を感じた理由だったのだが……。
「まさか、あの少女がナベリウスさんだった可能性があったなんて……」
これで僕が知り合った権力者の女性は3人目である。マルバス・バティン・ナベリウスさん。一生のうちに3人も権力者と関係のある女性と知り合うなんて、こんな奇跡は普通あり得ない。
僕の運が強いのだろうか?
それなら、元の世界で総理大臣や大富豪の関係者と友人になりたかった。
「フハハハハ。やっぱりだ。その絶望しきった顔が見たかったんだよ」
おっと、カイムの事を忘れていたようだ。
カイムはナベリウスさんに真実を告げた後、彼女の絶望しきった表情を見て高揚している。
僕からの印象は最悪。前々から話は聞いていたが、僕も彼は本当に最低な男だと思う。
「お前、最低な野郎だな。そういうカミングアウトはタイミングが大事だろうが!!」
「黙れ愚民風情が。僕を追い詰めようと考えた罰だ。
どうせ死ぬのだから冥土の土産に教えてやったのさ。
フフフ、お前たちはこの国から逃がさない。革命運動参加者は全員縛り首だ。現王家反対派勢も必ず殺す。僕をビンタしたモルカナの姫も殺す。
みんなみんな僕に逆らうからいけないんだ。
僕がこの国の国王なんだぜ?
僕が……僕こそがこの国であり、この国を支配する存在なんだぞ。
国の敵をすべて排除して何が悪いのさ」
マルバスも殺す気だったのか。
そういうことならば僕はカイムを許すことができない。
これまでの言動や悪党Uの仇など、こいつには色々と思うところはあるが……。
マルバスに手をあげようというのなら、僕は何があってもカイムの敵に回るつもりだ。
その事が少し嬉しい。
こいつを何があっても僕は許してあげないという理由作りができたのだから。
「最低な野郎だ」
本当は今すぐにでもカイムの顔面に一発僕の拳をくらわせたかった。
だが、刺傷のせいであまり激しい行動はできない。
僕は彼を殴りに行くことができない。
それを良いことにカイムは無抵抗な僕ら2人をこの場から消そうと企んでいる。
「うるさい口だな。まずはお前らからだ。黒に呑み込んでやる」
僕だけでなく王家の血筋を引いているナベリウスさんにも狙いを定めている。
今のカイムは法律に守られた存在ではない。
王家の血筋が1人しかいない状態ならば、血筋が途絶えてしまうため、反乱者達を問答無用で皆殺しにできた。
なので、我々はカイムの口から王権を譲ると吐かせるために何がなんでも生け捕りにするしかなかった。
しかし、今は王家の血筋が2人いる。
それはカイムを生け捕りにして王権を譲ると吐かせなくても問題がなくなるのだ。
カイムがいなくなれば、もう片方の王家の血筋の者か選挙で決められた新勢力が国を統治することになるのだ。
つまり、カイムはこれまでの恨みを買われて殺されてしまうことになる。
その危険をおかしてまでナベリウスさんに真実を伝えたのは、表情を見て楽しみたかったか。生き残る自信があったのか。
それはカイム本人にしか分からない。
ただし、カイムはこの状況を打破することもできる。
王家の血筋を1人にしてしまえばよいのだ。
「死ね!! 愚民風情が!!!!!」
左手の指で僕とナベリウスさんを指差す。
それがカイムの能力発動の合図。
黒く塗りつぶし、存在を黒に上書きする。消滅の能力。避けなければ死ぬ即死系の液体。
突如、空間の門のような物が開き、中から大量の黒い液体が噴射された。
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カイムの能力による黒き液体が噴射された。
ナベリウスさんも僕もその攻撃を避ける暇もなく。
黒き液体は全身にかかろうと波のように襲いかかってきた。
攻撃が当たっている。カイムの勝利は確実だった。
「フハハハハハハハハハ!!!
僕に逆らうからこうなるんだ。僕が王なんだぞ。僕が一番なんだ!!!
これで王家の血筋は僕1人になる。
フハハハハハハハハハ!!!………………ハァ?」
だが、カイムは違和感を感じ、自らの左腕を見る。
「ハァァァァァァァ????」
カイムの左腕がなくなっている。
まるでちぎりとられたように乱雑な傷口。
肩から下が食いちぎられていてなくなっている。
「何があったんだ?
僕の腕がないィィィィ!!
何でなんでナンでナンデ!?!?」
カイムは慌てて周囲の床を見渡すが、自分の腕は落ちていない。
そして、カイムは全身の力が抜けたように床に座り込む。
カイムは気づいたのだ。
床に黒い液体が一滴も落ちていないことに……。
「そんな…………バカな。あり得ない。僕は確実に黒い液体を噴射させたんだ」
さらに、カイムは座り込んだまま見たのだろう。
ナベリウスさんを庇うようにして立っていた僕の後ろから放たれている怨みの禍々しいオーラを……。
僕も背後にゾワゾワと気味の悪い感覚を感じた。
カイムが僕の後ろを見ながら口をパクパクと開けて震えていた。
「………………」
僕は無言で後ろに振り向こうと首を動かす。
僕の生存本能が「振り返るな!!」と激しく言ってくる。
しかし、僕は後ろを振り向いてしまった。
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スースースースースースースースー……ドロドロ!!
空気が変わっている。
その場所だけが冷たい空間にされているみたいだ。
その場所の中心にはナベリウスさんが下を向いたまま立ち尽くしていた。
さらに、ナベリウスさんを取り囲むようにして浮かび上がってくる謎のオーラ。
それがまるで生き物のような形状になっていく。
そのオーラはどんどん大きくなっていく。
天井に当たっても、オーラは成長していくように天井を壊しながら大きくなっていく。
アナクフス城の天守4階の天井が破壊されていく。
そして天井が完全に破壊されて、太陽光が直接部屋の中を照らしてくる。
オーラはある程度の大きさまで形作って大きくなると、成長を終えた。
そのオーラは犬の上半身のような姿をしている。
3つの首を持ち、それぞれにギョロっとした赤い目が2つ。
鋭い牙を生やし、4階にいる僕とカイムを唸り声で威嚇してきた。
それは僕が過去に禁忌の森で出会った亥と再会したのような印象を受ける。
十二死。
あの化物みたいだ。
だが、今回は亥の時とは違う。
今回のケルベロスの上半身の姿をしたオーラは人に取りついている。
それはまるで怨霊……。
「ラピス。思い出せたわ
『壊そう。救わなかった者達を』
「すべて、この国が悪かったのよ
『恐怖を与えよう。君の母や父の時のような』
「みんなが悪いのではない。この国が存在しているから。すべての元凶はこの国があるの
『ボクが君を守ってあげる。すべてから』
「私の人生が狂ったのも。私の両親がいなくなったのも。叔父が私達を裏切ったのも
『ボクが包んであげる。もう1人にしないように』
「すべてすべてすべて、この国が存在していたからなのね
『ボクは君を救うよ。やっと来た恩返しの時だから』
「『ボクの名は『戌』。【十二死】の戌。君の恨みを晴らす。国を喰らう怨霊。君の護衛で君の友達さ」』




