28・封じられし記憶+明かされし過去
私はナベリウス・アナクフス。
ラピスというのは私が幼い頃に飼っていた愛犬の名前だったのだろう。
私の父はあの日王の座をかけた争いで負けて、奴らが王になった。
そして、本来なら私たち家族は隠居するはずだった。
だが、次の王を決める選挙に私が出てしまえば、息子のカイム・カラストリロが王になれなくなる。
そう考えた私の叔父は……。私たちの存在を消そうとした。
ただ、殺してはいけない。殺したことがバレてしまえば息子の地位が危険になる。
そう考えた私の叔父は最悪の方法を思い付いたのだ。
「あの派閥をただの奴隷にしてしまえばいい」
私の叔父は私たち家族の記録を抹消し続けた。
痕跡も、写真も、存在も国民に知られないように消そうとした。
すべてはこの城以外に洩れなければいいと考えたのだろう。
だから、私の叔父は準備に半年かけた。
そんな準備が行われているとも知らずに私たちは半年間とある教会で隠居暮らしをしていた。
食料は住民に扮した現王家反対派勢力の数人が持ってきてくれていた。
だが、私たちは外出を禁じられてしまう。
その頃の東の町はだんだん貧困層が集まり始める前だったから、普通の住民達しかいなかったが……。
「元国王の隠居先が教会とバレてはいけない」という私の叔父の提案により、ひっそりと過ごしていた。
私たちがここに住んでいるのは現王家反対派勢力と王家の者達、そして教会の神父しか知らない。
私たちの生活は豪華な王族の暮らしから質素な暮らしへと変わったが、私の家族は誰も文句を言わずに楽しい日々を送っていた。
私自身も楽しかったのかもしれない。
友達はいなかったが家族がいた。
それに、この教会の庭には私の愛犬だったラピスがお墓の中で眠っているから……。
久々の再会みたいな感じで楽しかった。
だが、それはある日の夜。
私たちの住んでいた教会は襲撃者たちに襲われた。神父は刺されて死んだ。
私の父は私たちを守ろうとしたが、数では敵わなかった。
私たちはすぐに目隠しをされて猿ぐつわを付けられて首におかしな首輪をつけられた。
そして馬車に乗せられて、私たちは襲撃者たちのアジトへと誘拐されてしまったのだ。
地下室。
彼らは私たちをそこに放り込むと、今の現状について語り始めた。
「とある人の私怨による依頼だ。教会にのさばっている奴らを捕まえて奴隷にしてしまえとな……」
「のさばっているのではない私たちは隠居していた」
私の父はそう言うが、彼らは信じてくれなかった。
さらに、「自分は王家の者。ネビロス・カラストリロだ」と正直に告げても、彼らは無反応。
どうやら、ネビロス・カラストリロらその一家はすでに死んだことにされているらしかった。
私たちが半年間の間幽閉されて生活していた間に、私の叔父は私たちの記録と存在を抹消していたのだ。
“その時、私の叔父がすべての元凶だということに気づいた”。
だが、気づいただけではもう遅かった。
私たちがつけられた首輪には盗聴機とタイマーがセットされていて誰かに私の事をしゃべったら爆発するそうだった。
しかもタイマーに期限はない。スイッチ1つで爆発させられる。
私たちは死ぬまでこの事を他人に言えなくなったのだ。
そして、私の家族は壊れた。
私の目の前で、私の父と母は舌を切られた。
私の目の前で、私の父と母は顔を焼かれた。
私は泣き叫んだ。泣き叫ばないと2人の悲鳴がかき消えることなく私の耳に染み着きそうだったから。
だが、襲撃者は私を両親と同じ目にあわせようとはしてこなかった。
少女を傷つけたくないと情が芽生えたのか。
奴隷の少女は高く売れるから傷つけたくないと思ったのか。
どちらの理由なのかは分からなかったが、私は首輪をつけられただけだった。
そして、私の目の前から気絶した両親の体は運ばれていく。
2人に王家の血をひく者であった痕跡はない。
もう2人は一生誰にも頼れないまま奴隷として生涯を終えなければならなくなったのだ。
最後に口を交わすこともない強引な別れ方。
そして、私は二度と彼らと会うことはできなかった。
その後は私の番だった。
襲撃者の1人が注射器を持ってくる。中に薬物を入れた注射器。
身動きが取れない私に彼は告げる。
「これは数年分の記憶を忘れる毒薬さ。通称:Sargatanas-D1082。
これですべての証拠は無くなる。じゃあなお嬢ちゃん。恨むならこの国を恨めよ」
私は嫌な予感を感じたのでこの場から逃げようとした。しかし、男の腕が私の肩を掴んで離さない。
「ヒィ!?」
そして、私の首筋に注射器の針が突き刺さる。
男は注射器の中に入っていた緑色の液体を私の体の中に注入し始める。
そうして、すべての毒薬が私の体に注入された後……。
「グィグゥ…………シュ………許さないみんな呪…………!?」
ドクンッと全身に走る衝撃。
恨み辛みを吐き捨ててやろうとしていた私だったが、その衝撃によって声を発することができなくなった。
さらに身体中が熱い。
サウナの中にいるみたいに身体中から汗が流れ始める。
呼吸が苦しくなり、頭が真っ白になりそうだった。
これが私の記憶が無くなる兆候。
私が気を失ってしまえば、次に目を覚ました際にはもうこの憎しみもすっかり忘れているのだろう。
「(憎い。憎い。憎い。憎い)」
恨めしく思いながら私は床に倒れる。
バタンと大きな音を立てて倒れたが、落下の痛みなど感じない。
私は残り少ない意識の中で入り口に向かって這い始めた。
頭痛も吐き気も無視して、ただ両親の姿を最後に見ておきたいという願いで私は進む。
だが、襲撃者の1人が入り口のドアを閉めてしまった。
「こいつ……外に逃げようとしたぞ。まだ諦めてないのかよ!!」
彼のせいで私はもう両親とは会うことができない。
今の私にドアをこじ開ける力も残されていない。
恨めしい。
私はきっとその感情をこれからも感じ続けながら生きていくことになるのだ。
こいつらが恨めしい。人々が恨めしい。叔父が恨めしい。国が恨めしい。
今はそう感じているが、今後の人生でも私は誰かを恨めしく思いながら過ごしていくのだろう。
今の記憶が無くなっても、私の悪夢は終わらないのだろう。
そして私は目を閉じてしまった。
暗き闇の中。私の写真が消えていく。
これまでの写真が記憶と同様に燃えていく。
「(お父様…………お母様…………お城の皆様……)」
消えていく。
私の記憶の中から彼らの顔が消えていく。
思い出せない。どんな生活を送ってきたのか。楽しかったのは覚えている。だが、その内容が思い出せなくなっていく。
私は忘れていく。
大切な人たちの事も恨んでいる人たちの事も……。
写真が燃えていくように思い出も消えていく。
だが、1つだけまだ消えかけていない物があった。
「(ラピス……)」
幼少期の写真に私の隣で座っている愛犬のラピス。
もう家族写真には私とラピス以外の者達は残ってはいない。
だが、ラピスの部分の写真ももうじき焼き消える。
私は絶対にすべてを忘れたくはなかった。
私は私とラピスの写った写真を抱き締める。
離さない。離れたくない。
すべてを忘れたくない。
しかし、写真は燃え続ける。
私の中からラピスの記憶がだんだん消えていく。
だから、私は叫んだのだ。
記憶を失っても自然と口にできるように……。
「(ラピス…………ラピスラピスラピスラピス。私のかわいいラピス。忘れるもんか。
私のかわいい愛犬ラピス。ああ、ラピス。ラピスラピスラピスラピス!!!)」
だが、写真は完全に焼失してしまった。
私の書庫室から思い出が消え去ってしまった……。
──────────
それからの私は東の町が故郷となった。
だが、故郷は私のことが嫌いだったらしい。
私は奴隷として買い取られたのだ。
今までの生活が一変し、想像もしていなかった辛い日々を過ごすことになったのだ。
私はなぜか教会の襲撃者として疑われて、その罰として奴隷にさせられたと思われていた。
私は東の町の住民から大切な教会を奪った……。
東の町の神父さんを金銭目的で殺した……。
そう言われ続けた。
さらに、他の人よりも教養を身に付けていた私は鬱憤払いの対象にされた。色々な酷い扱いを受けた。
そんな私を誰も助けてはくれない。
家族とは別れたきり会えていない。味方はいなかった。
だから、1人で生きていくしかなかった。絶望しないように生きていくしかなかった。
そんな日々の中で私は左目を失った。
ある日、私を買った夫婦の夫に割れた酒瓶で突き刺されたのだ。
痛くて辛くて痛くて悲しかった。
だが、もっと悲しかったのは……。
駆けつけた妻が私の姿を心配することなく、笑っていたからだ。
2人はもがき苦しむ私を見て笑っていた。
「(訳がわからない。
私もあなたたちと同じ人間なのに……。あなたたち夫婦にも子供がいるはずなのに……。
なぜ子供のもがき苦しむ姿を笑う?
人の子が苦しむのに人がなぜそれを遊戯として味わっている?
記憶のない私は過去に何かをしたのか?)」
どれだけ本を読んで学んでも……。どれだけ独学で勉強をしても……。
彼らの気持ちが理解できなかった。
こうして私はこの国が嫌いになった。
そして2年間。私は遊ばれた。私は利用された。私は商品であり続けた。
その頃はまだ東の町も今よりは酷い町ではなかった。
まだ、貧困層ばかりが集まって暮らしている町ではなかった。
───だが、そんな日々はある日突然終わる。
「この金額で奴隷を買わせてくれ。そこのお嬢。
おいおいおい、この俺が指差しているその奴隷を買い取ってやるって言ってるんだぞ?」
とある1人の男が私を買い取ったのだ。
彼は全身黒い服装の怪しい男。表情も死んでいたし、生気を感じることができない怪しい男であった。最初は彼の事を奴隷商かと思っていた。
そんな彼があのクソみたいな夫婦から私を大金を払って買い取ってくれたのだ。
豪邸1つが買えるくらいの大金で私を買い取ってくれた。
そして、1人の現王家反対派勢力の貴族に私を紹介してくれたのだ。
扉の奥で私を買い取った男と、現王家反対派勢力の貴族が2人で何を話していたのかは分からないが……。
だが、確かなことが1つだけある。
その日から私の奴隷としての人生は終わった。
そして、その日から私は東の魔女となったのである。




