25・シン+赤羅城 戦④
「じゃあ頑張ってくれ。バティン。オレはあの陰気な男を止めたい所だが……。誰もあいつに勝てねぇ時点でツミだ。バティン、せめてお前があの赤羅城を倒してくれ」などとマルバスに頼まれたバティンは文句の1つも言うことなく、赤羅城の方へと歩き出す。
それを壁にもたれ掛かりながら見送るマルバス。
彼女はバティンを信頼しているからこそもう一度赤羅城の討伐を頼んだのだろう。
だが、バティンの体は先程の赤羅城戦ですでにボロボロ。
先程まで死にかけていたはずのバティンが再び赤羅城と闘って勝てるはずがない。
シャックスと赤羅城はそう思いながらも彼女の姿を見つめていた。
「…………休んでろ」
赤羅城は目の前に立っているバティンに向けて哀れみの声をかける。
「俺はもうお前との決着を着けた。俺の勝ちで終わったんだ。お前の姉貴の命令なのかもしれねぇが……。無駄なことはやめとけ……」
最後の念押し。
「……次は心臓を殺すぞ」
赤羅城が殺すと言う時は本当に殺す気があるということである。
赤羅城は殺すことに躊躇はしない。どんな理由があろうとも殺意を向けた相手は殺す。
それが赤羅城の性格。
しかし、先程は殺したと思っていた相手が生きていた。本人の中では殺したと思い込んでいただけだった。
そのため、今回の2度目の殺意は殺し損ねないように徹底的にやるつもりのようだ。
次が来たときは……。赤羅城の殺意は本気である。
「…………」
しかし、バティンは赤羅城の提案も聞かずにその場から動かない。バティンは手に持った刀を捨てようとはしない。
赤羅城の情をバティンは受けない。
「……ふっ」
そればかりかバティンは小さく笑った。冷静な雰囲気で赤羅城の顔に視線を向ける。
その顔は赤羅城と初めて出会った時や初めて闘った時とは違い、覚悟を決めた表情であった。
「ありがとう、敵である私に最後のチャンスをくれて。だが、私の心配はしなくていい。
私は姉様のために生き、姉様のために死ぬ者。
私にとって強弱や勝敗は関係ないことなのさ」
そう言ってバティンは腰につけた鞘に手を伸ばし、刀の柄を握る。
彼女の刀はこれ一刀のみ。
「姉様の命令は絶対に守る。それが私が勝負の中で考えていることだ!!」
バティンは鞘から刀を抜き取り、攻撃の構えをとった。
赤羅城の手にはすでに大太刀が握られている。
お互いに五歩踏み込めば間合いに入る距離。
赤羅城にはアクビが出るくらい楽な攻撃距離ではあったのだが……。
赤羅城はバティンに対して違和感を感じていた。
「(構え方を変えやがった……?)」
これまでのバティンとは違う。いや、そもそも見たことのない刀の構え方を行っていたのである。
赤羅城がこれまでに闘ってきたどの相手とも違う。
まったく新しい構え方を行っていたのである。
しかし、赤羅城が違和感を感じたのはそこだけ。
まず先に動いたのは赤羅城。
一瞬にしてバティンのもとへと駆け飛ぶ。
そして、バティンの体を縦にまっぷたつに切り裂こうと刀を振り下ろす。
「ヒャッハー!!
死に晒せや!!」
全力を込めて床に叩き落とすように刀を振り下ろされた刃。
しかし、バティンはその大太刀の刃を受ける素振りもない。
このままでは本当にバティンの体が縦に切り裂かれてしまう。
「…………」
その時。バティンの指がピクリと動く。
数秒以下の時間。
バティンの体は動いた。それは赤羅城が見たこともない構えから放たれる一撃。
赤羅城の攻撃がバティンに当たりきる前にすでにバティンは攻撃を終えていた。
「…………『シン』」
突きをつかれた。
赤羅城の巨漢な肉体はバティンのたった一撃により突き飛ばされる。
「ア!?」
まるで爆風を浴びたように吹き飛ぶ赤羅城の肉体。
一瞬のうちに天地が逆転した視界を見ることになった赤羅城は畳の上に墜落することとなる。
「なに…………が?」
赤羅城は横たわった状態で驚愕したまま天井を見つめている。
何が起こったのか。
赤羅城にはこの数秒のうちの記憶が抜け落ちたように分からない。
周囲には赤羅城の赤き鎧の残骸が散らばっており、この部屋にあった物の大半が壊れている。
「大太刀は無事か……」
幸いにも自分自身の武器がまだ壊れていないことに赤羅城は安堵する。
しかし、彼の鎧は完全に無くなり、彼の鍛えられた肉体が露になる。
前のバティンとの闘いでの傷は彼の不死身特性により完治していた。
だが、一ヶ所だけ胸の付近に大きな傷がある。それは今ついた物ではなく古傷だ。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ?
なんだ今の技は?」
赤羅城は興奮した状態でバティンに問いかける。
バティンはフラッとバランスを崩しかけて倒れそうになるが、堪えていた。
その様子から見ても、バティンの肉体はもう限界なのだろう。
だからこそ、彼女が倒れる前に今の技について知りたかったのだ。
「一瞬だったが、危機感を覚えたぜ。まるで“あの時”みたいだ。腐れ正義マン。黄色野郎。最強…………最晃の人間。
この俺に一生物の傷を負わせやがったあいつの次に良い。なんなんだ今のは?」
「…………教えたら私たちに手を出さないと誓うか?」
「笑止。せっかくの強者の首を逃すわけがねぇだろ?」
「そうだと思ったよ……ゴホッ!?」
突然。バティンは口から血を吐いた。
畳に落ちる吐血した血。
バティンは口についた血を服で拭うと、再び刀を構える。
それはいつもと同じ構え。
バティンが先程見せた構えとは違う。普段通りの彼女の構え方であった。
「…………すまないが二度目は放てない。一度きりの奥義だ。誰に教わった記憶もない私の奥義さ」
「そうかよ。少々残念だが……。まぁいい。
あんたの奥義。しっかりと記憶に刻み込んだぜ。最期にしっかりとお前の名前を聞かせてくれや」
「…………我が名はバティン・ゴエティーアだ。赤羅城、お前の本当の名前を聞かせてくれ」
「それは俺に勝ってから聞きな!!
バティン・ゴエティーア!!」
両者が駆け出す。
鎧の無くなった素肌の赤羅城。
すでに死にかけのバティン。
バティンも赤羅城もお互いの刃を相手に切りつければ勝敗は決する。
赤羅城の不死身特性があるため、赤羅城が有利に思えるが……。
休みなく戦い続けてきたせいで赤羅城の本心は元気でも肉体が疲れてきている。
その相手はすでに死にかけの体調であるバティン。
お互いに最後の一刀に全てを賭けて放つ一撃。
「これで終わりだァァ!!!」
「くらいやがれ『不死風花』!!」
バティンの一刀と赤羅城の切り札。
お互いの刃と刃が動く…………。
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勝負あり。
終わった。決着がついた。
バティンと赤羅城はお互いに背を向けながら、一直線上に立っている。
彼らは振り向くことなく、ただ前を見つめていた。
静かになった表座敷。
そこに音を呼び戻したのは赤羅城であった。
「カッカッカッ!!」
表座敷に赤羅城の笑い声が響き渡る。
彼の感じた最高の喜びを表すかのような笑い声。
そう、この勝負の結果は……。
「…………『フェネクス・ベルセ』。それが俺の真名だッ………………」
赤羅城はバティンに自身の本当の名前を言い聞かせて、畳の上に崩れるようにして倒れた。
一方、バティンは自身の構えていた刀を鞘に入れる。
「お見事……」
バティンは倒れた赤羅城に一言呟くと、畳に楽立膝の形で座る。
バティンは倒れた赤羅城の姿を見ようともせず、重い腰を下ろした。




