23・★+金行
「お前を買わせてくれないか?」
それがマルバスがナベリウス達と別れてからシャックスが最初に言った言葉だった。
その提案を聞いたマルバスはシャックスに対してドン引きすることとなる。
「はぁ?」
「何百億でも構わない。お前の望む金額を出そう。もちろん日雇いだ。どうだ?
いずれ来る魔王国との闘いのために、金が必要なのだろう?
同盟国を作るため、軍事費のため、食費のため……色々な理由があるだろう?
雇われてくれないか?
なんなら、時給でも構わない。1度だけでいいから」
そう言ってシャックスは側にあった鞄をマルバスの目の前に置いた。
ドサッという音と共に畳の上に置かれる黒いバッグ。
そして、その中に入っていたのは大量のお金。
およそ200億円以上の金額……。
だが、マルバスはその金を受け取ろうとはしない。
「金なんていくら積まれても興味ねぇよ!!」
「本当にか?
この金すべてがお前の物になるのだぜ?」
「何度でも言ってやるよ。そんな金に興味はねぇ!!!!」
マルバスは目の前に置かれたバッグを投げ飛ばした。
大金の入ったバッグは中の金を撒き散らしながら、左斜めの方向へと投げ飛ばされる。
そのバッグが投げ飛ばされるのを視線で追っていたシャックスは畳の上に無惨にも落ちたバッグを見ながら、ふと呟いた。
「変わらないか……」
そして、その隙をついてマルバスはシャックスの額に銃口を突きつけた。
「…………これまで俺に雇われなかった者はいなかった。一部の権力者や貴族、王族でさえも、俺に時間を支払った。
これで3人目だな。俺が雇えなかった者は……」
銃口を向けられていてもシャックスは冷静。命乞いなどをすることなく、ただこの状況に対して無情のままマルバスを見ている。
「そうかい。そうかい。何でも金で解決してきた呆れた男なんだなテメェは」
マルバスは銃でいつでも撃ち殺せるようにと引き金に指をかけていた。
「そして、お前の最期の記録は“雇えなかった”で終わりだ。あの世じゃ金の力で解決することなんてできないぞ?」
「それは違うな。なぁ、知っているか?
三途の川渡るにゃ金がいるんだぜ?
裁きが下るまでは金がいるのさ」
「そうかい。だったら、三途の川通り越して地獄の底まで直通させてやるよ。そしたら金なんていらねぇだろ?」
「…………だったら丁度いい。地獄の案内を頼みたいんだがな。先に行って見てきてくれないか?」
バンッと銃声が鳴り響いた。
バタンと畳に向かってその体は倒れる。
表座敷で行われた殺人。
マルバスは躊躇することもなく敵を冷酷に撃ち殺すことができた。
これで母親の敵討ちが成功した。母親の復讐が成功した。
「なっ!?」
「…………命より金。
俺の格言だ。よく覚えておくがいいさ」
だが、それは敵が普通の人間だった場合である。
無傷。額に銃弾をぶちこまれたはずのシャックスの額は無傷だった。
マルバスは焦ってもう一度引き金を引く。
バンッという銃声と共に放たれる銃弾。
シャックスの眉間に放たれた銃弾はしっかりと彼の額に撃ち込まれようとしていたのだが……。
ブシュッと銃弾が貫通した音が聞こえたのはマルバスの目の前からではなかった。
彼女の斜め後ろから聞こえてきたのである。
「…………!?」
マルバスが見たのは畳の上に倒れている1体の死体。それはかつて乱入者として襲いかかってきた者の1人。
倒れている彼の頭からは血が流れており、畳に染み付いていた。
「まさか……」
マルバスは再びシャックスの額に弾丸を撃ち込む。バンッという銃声と共に倒れていた死体の頭がビクッと動き、更に新しい流血が流れていた。
マルバスに秘密を暴かれたシャックスは頭をかきながら、その場に座っている。
そして、マルバスの事を嘲笑しながらこの原因について語り始めた。
「俺の能力について説明しそびれていたな。
俺は付喪神と契約して超能力を得た付喪人。お前と同じだ。
【お金の付喪人】で能力は『他者の時間を買い取る』こと。
俺は他者の時間を条件付きで買い取るのさ。期間は2分以上3日間未満。
例えば、俺がお前の2時間を買い取ったとする。それも【水を飲み続ける】という条件付きでだ。
こうすると、お前は絶対に2時間の間ずっと水を飲み続けなければならない」
「じゃあ、こいつらは?」
「こいつらは……確か。
【俺の身代わりになり続ける】と【俺に敵意を向ける存在を倒す】だったかな~?
こいつらは意外と安くすんだよ。もともとこの国の国民は金銭欲が高いらしい。最大値まで欲しがったから大金叩いて買ってやったさ」
「お前、人を金で買うなんて……」
マルバスはあわれみを込めた視線で死体となっている乱入者を見る。
金に目がくらみ、シャックスの身代わりとして条件をつけられた男。
大金を支払い、シャックスは彼らを奴隷のように扱っている。
だが、シャックスは反省するつもりなどない。
「おいおい、俺はちゃんとこいつらに対価を払った。お釣りが来るくらいの大金をな。それなら、きちんと働いて貰わなければならないだろう?」
「金さえ払えば、あとは奴隷のように扱って良いとでも思っているのか?
ボロ雑巾のように使いきっても良いと?」
マルバスはもうシャックスに銃弾を撃ち込むことはしなかった。
彼に銃弾を撃ち込んだところで、彼は死なない。
彼の身代わりとして買われた乱入者達が死ぬのだ。それは人質のような物。
「この大陸にそれを違法とする法律がでもあるのか?
それならすまない。
俺は悪役でね。教えてくれる者がいないのだ。あったのなら仕方がない。俺も大人なのだが、つい自由に欲望のままに楽しみすぎていたようだ。反省しなければなぁ」
そう言ってうなずくシャックスからは反省の態度など微塵も見られない。
彼らは法に裁かれたことがないのだ。
なぜなら、彼らを倒した者はいない。
彼らは邪魔な国を次々と滅ぼしていく。ただの気まぐれであっても、理不尽に無慈悲に滅ぼすことができる力を持っている。
故に彼らは常に欲望のまま自由に暮らしている。
それを咎めたいと思う者はいない。
みんな、自分の命が惜しかったのだろう。
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その時である。
窓を割り、障子を突き抜けて、地上から表座敷へとナニカが投げ込まれた。投げ込まれたナニカは乱入者にぶつかる。
ここは天守の3階。地上から投げたのなら、その犯人の投力は化物レベルなのかもしれない。
突然のイレギュラーな出来事にマルバスもシャックスも物が投げ込まれた方向を見る。
乱入者達がクッションとなり、壊れずに済んだナニカ。
しかし、そのナニカを追いかけてきたようにして第2の存在が表座敷に飛んできた。
「嘘だろ。ここは3階だぞ……!?」
「おいおい、冗談じゃねぇぜ。
地上からひとっ飛びってあり得ないぞ。マジかよ」
障子に映る大きな人影にマルバスとシャックスは驚いて腰を抜かしそうになる。
窓ガラスを木っ端微塵に砕き、障子を突き抜けて、畳に着地する男。
土足で表座敷の畳を踏みつけて、両足できちんと着地。
その男は身体中が傷だらけだったが、機嫌が良さそうに笑っている。
頭や胸から流血を流しながらも彼はマルバス達の前に現れた。
「カッカッカッカッ!!!!
お祭りの予感に気づいて来てみれば~。これが大当たり。
こんな所に強者が2人もいるじゃねぇかよぉ!!
ちょうど、体が温まってきた所だったんだ。さぁ、殺ろうぜ?
どっちからがいい?
男のお前か? 女のお前か?」
表座敷に飛び込んできた男は大太刀を構えて、マルバスとシャックスに標的を向ける。
マルバスとシャックスの目の前に現れた鬼のような男。
それは赤い甲冑を着た大柄な若き男であった。
身長は2mを超えているだろうか。ギザギザと尖った白き歯に、黄色い瞳と緑色の髪。
そして手に持っているのは彼の武器である大太刀。
「ジョッハァハハハハ!!!
俺が!! 俺様が!!
このアナクフス城の最強の戦士『赤羅城』。
敵も味方も関係ない。てめぇら、その首切り落とさせてくれやぁ!!!」
この場の誰にとっても最悪の相手である赤羅城がシャックスとマルバスの戦闘に乱入してきたのである。




