22①・恨み+怨み
アナクフス城天守3階にある表座敷。自己紹介のためにマルバスが声をあげてそこへ入る。そして、その72畳にもなる広さの畳の部屋で座禅を組んでいた全身黒い格好の男と再会した。
「なんだあいつは?(悪党U)」
「まさか、あの野郎が赤羅城以外に雇っていたとは……」
国王ではないが、ナベリウスさんも悪党Uも彼の事をまったく知らない様子で目をパチパチとさせて驚いている。
しかし、僕は知っている。僕はすでに全身黒い格好の男と出会っている。
「…………あの時のおじさんじゃないか!!」
富裕層の町のベンチで一緒に話したおじさん。
黒きマスクに黒いコートを着て、黒い髪型にはパーマがかかっている。全身黒い格好であるが、反対に肌は雪のように白かった。
見た目は30代から40代くらい?
ただ、とても若い人には見えない。
その男を初めて見た時の印象は亡者。
暗く疲れきった表情や目をしている男。
僕が彼に気づき、声をかけると彼は瞑想をやめてこちらに気がつく。
彼は一度会っただけの僕の事を覚えてくれていた様で、手を振ってくれた。
「ああ、若者か。なんだ?
お前何をしてるんだ?」
「あんたこそ何をしてるんだよ。今、このアナクフス城は戦場になってるんだぞ?」
そう言って表座敷に足を伸ばして入ろうとした僕をマルバスの手が止める。
「………………お前。なんでお前がいるんだ……?」
「どうしたんだお嬢。俺は覚えていないが……。
あんた俺のこと知ってるのか?」
ブチッとマルバスの体の中で何かが弾ける音。
「…………貴ッ…………………貴様!!!!」
「おいおい、いきなり貴様呼ばわりはやめろよ。どうした? 大丈夫か?」
「…………黙れ『シャックス・ウルペース』!!!!」
「ふーん、俺を知ってるのか?
珍しい奴だな。俺を知ってる奴なんてなかなかいないのだがなぁ。
もしかして俺のファンかね?
ファンならサインをあげようか?
お前の出せる金額次第だ……いくら出す?」
「殺してやろうか? クソ野郎!!」
マルバスの様子がおかしい。
いつもは冷静なはずの彼女が今日は怒りに呑まれている。
僕はそんな彼女の様子の変化に訳もわからずただ疑問を浮かべていたのだが……。
「エリゴル君。早くマルバス様を止めるんだ」
ナベリウスさんからの指示が出てしまい、今にも彼に襲いかかりそうなほど怒っていらっしゃるマルバスを取り押さえる。
「なんだよ。ああーもう。マルバスどうしたんだよ。
いつものあなたじゃないぞ!!
なぁ、どういうことだよナベリウスさん」
「…………」
「ナベリウスさん!!」
「…………無理もないよエリゴル君。マルバス様は『シャックス・ウルペース』を前にしてこうなるのも当然さ」
「………?」
「…………彼は【闇星】幹部・金行の使者。6年前にマルバス様の母上殿を殺した犯人の1人だよ」
ナベリウスさんからの説明を聞いた僕はすぐに彼の方に視線を向けた。
彼はナベリウスさんの説明を否定することもなく、寧ろ照れくさそうな態度で、
「あらら。東の魔女め。言われちまったなぁ」
……と頭を掻きながら、笑っていた。
闇星について僕が知っているのはそいつらがマルバスの母親を殺した犯人であるということ。
僕がマルバスと初めて会った日に人気のない路地裏で説明された組織であること。
「────闇星ってのはこの大陸で暗躍している組織の名前だ。黒と赤の線の五芒星のマークを背中に持っている組織。オレはそいつを追っている」「その組織のメンバーはオレの母を殺した犯人なのさ。あれは忘れもしない6年前………」などと当時のマルバスは語ってくれていたが、まさかこんな所で出会うなんて……。
「離せ!!
エリゴル。オレの邪魔をするんじゃない!!」
マルバスを押さえつけている僕の努力も無駄になりそうなほど、マルバスを止めるのは困難になってきた。
彼女は意地でもシャックスを殺したがっている。
正直、僕は彼女の復讐に賛成だ。
復讐は何も生まないとか言う綺麗事は嫌いだ。スッキリしない。それに彼女が本気で復讐を望んでいるのにそれを第三者である僕が否定するべきではないだろう。
だが、僕はマルバスにシャックスを殺させるつもりもない。
「なんだ若者。その手を離してやればいいではないか?
彼女は俺に恨みがあるのだろう?
彼女に俺を殺させれば良いではないか?
俺を殴りに来いよ。
ほら、どうした? お嬢?
そんな従者の手など簡単に振りほどけばいいさ」
挑発だ。他者が聞けば明らかに分かる。
シャックスからマルバスへの挑発。
彼はその場から逃げようともせず、マルバスをおびき寄せようとしているのは明白だ。
「…………ダメだ。マルバス。きっとあれは罠だ!!」
「オレは行かなきゃいけない!!
エリゴル離せ。オレはあいつを殺すんだ!!」
とうとう僕の押さえつけていた手を振りほどいた彼女は表座敷へと足を踏み入れた。
振りほどかれてバランスを崩した僕は一歩後ろに足を退いてしまう。
マルバスは表座敷の畳の上をズカズカと歩きながら、シャックスの元へと近づいていく。
今の彼女は激昂していた。
呼吸を荒くしながら、怒りを向けつつシャックスのもとへと向かうマルバス。
そして、マルバスとシャックスの距離が近づいた所で、彼女は隠し持っていた銃口をシャックスに向けた。
その瞬間である。
表座敷の左右から雪崩のように流れ込んできた大勢の人間たち。
その数は20人ほどであろうか。
「「!!!!!(人間たち)」」
彼らは全員槍を所持しており、シャックスとマルバスに向かって走ってくる。
「なッ……!?」
乱入者達の突然の登場。
銃口をシャックスに向けたままであったマルバスは不意打ちとも言える乱入に対応することができなかった。
間に合わない。逃げられない。槍先はマルバスをしっかりと狙っている。
刺される……!!
横を向いてしまったマルバスの目がシャックスの顔だけに向く。
シャックスは笑っていた。自分の罠がうまくいったとばかりに憐れな彼女をほくそ笑んでいた。
グサグサと槍が突き刺さる。
大量に流れ落ちる流血が足下の畳を赤く染めていく。
「ほぉ……」
シャックスは目の前で行われた傷害の光景を予想していなかったらしく。少しだけ表情を緩ませて驚いていた。
それはマルバスも同じである。
「はぁ……?」
横に突き飛ばされたマルバスは畳の上だったからか怪我もない様子で見上げていた。
彼女は無傷である。
それよりも見上げた先の光景が信じられないといった様子で驚愕しすぎて声もでないようだった。
「……まぁ、ァ。フゥ……言っただろ? マルバス。罠だって……さ」
自分でもなぜこうしているのかが分からない。
ただ、僕の腹にはマルバスに刺さるはずの槍先が2本突き刺さっているだけである。




