21・突入+書庫室
一方、その頃、僕とマルバスは天守内に突入中であった。
この国の国王である『カイム・カラストリロ』の身柄を確保するために、一室一室を確認して見回る。
この天守での捜索は2組で行っており、僕とマルバスチームとナベリウスさんと悪党で分けられている。
ちなみに現在、部屋を確認するのは僕の役割であり、マルバスは廊下で僕の護衛を行ってくれていた。
「マルバス…………国王ってどんな人なの?
僕は会ったことがないから分からないんだけど……。どうやって判断すればいいかな?」
僕たちが国王を捜しはじめて3ヶ所目のドアを確認し終えた際に、僕はマルバスに聞いてみる。
あの革命軍の中で僕だけが国王の顔を知らないのだ。
しかし、マルバスはすぐには国王の顔を思い出せないらしく、しばらく考えてからようやく教えてくれた。
「うーん。そうだなぁ~。
灰色の目と灰色の刈り上げた髪の青年だな。あっ、頬に怪我をしていると思うぞ」
「頬に怪我?
ふーん。国王でも怪我する機会があるんだな……。
しっかし国王に怪我を負わせるなんてそいつは彼に何をされたんだろうね~」
国王なら他者との喧嘩もしないだろうし、喧嘩になりかけたとしてもすぐに有罪にしちゃえば済むのではないか?
僕はここの国王をそんな風に権力をバリバリ使うような独裁者みたいな印象を持っていたのでマルバスの答えは意外だった。
それに青年。僕が思い描いていた国王像とは違うのかもしれない。そんなことを考える。
その最中、マルバスが僕に聞こえるようで聞こえない小さな声で一言呟いていた。
「まぁな……。色々と起こるんだろう。うん…………うん…………」
その時のマルバスの声はどこか後ろめたさを醸し出していた。
さて、天守内ではこうしてゆっくりとお話でもしながらのんびりと国王捜しができるはずもない。
ここは敵の敵地なのだから……。
今、マルバスに護衛をしてもらっていたので、僕はなんとか生き延びている。
つい先程、廊下にマルバスの逃げ場を無くすようにして兵士が6人ほどやって来たのだ。
その事に素早く気づいたマルバスによって僕は無理やり一つの部屋に匿われている。
入り口のドアはマルバスによって閉められ、敵の兵士はマルバス1人だけだと思っている様子。
マルバスはそんな状況で兵士たち5人と闘ってくれている。
ドアという一枚の板から聞こえてくる振動。
闘いの音。
心配で声をかけたくなるのだが、マルバスに「オレが来るまで隠れてろ」と言われたので命令通り隠れている。
ここは暗く本の匂いのする一室。書庫室みたいな部屋。
「…………」
ふむ、このまま隠れていても無駄な時間になるだけだな。
僕は音を経てないようにゆっくりと移動し、周囲を見渡す。
しかし、どこも高く積まれた本ばかりで人間は誰もいない。誰の気配も感じない。
「ふむ、ここには誰もいない。ああ、マルバス大丈夫かな……?(小声)」
だんだん廊下の様子が心配になってきた。
だが、マルバスの命令は絶対。
逆らえば罪人の僕は死罪なのでどんな理由でも逆らうことはできないのだ。
僕はマルバスを信じてこの部屋で待つことしかできない。
自分の力の無さを呪いたくなる。
けれど、僕はそんな心境の中であるにも関わらず、部屋に積まれていた本に手を出してみた。
「『唯物の異端の刻』『7人の虹武将』『プルフラスの神木』
なんだこの本!?(小声)」
表紙だけ見ても何が書かれているのか理解できない。
ちらりと本の中身を覗いてみたところ、どうやら昔話や記録についての資料本のようだ。
ただ、僕の脳みそではこの内容までは理解できない。
まるで異文化のようだ。異世界だけどね。
「さて、次は…………次は…………」
僕はすぐにその本を読むことをやめて、別の本に手を伸ばそうとする。
そして、ひときわ高級そうな表紙の本を手に取った。
タイトル:『カラストリロの歴史』。
僕が手に取った高級そうな本にはこういうタイトルが付けられていた。
この国の歴史についてはナベリウスさんに教えてもらってはいたが、詳しい内容などは分からなかったので、良い物を見つけた。
「ふーん、歴史ねぇ」
そして、そのまま引き込まれるようにしてその本を読み続けた。
数十分後。
書庫室みたいな部屋のドアが勢いよく開かれる。
読書に耽っていた僕はその事に気づくのが遅れてしまう。
もしもこの部屋に入ってきたのが敵ならば、僕はすぐにでも隠れるべきだった。
けれど、この部屋に入ってきたのは敵ではなく、大きな機関銃を担いだマルバスであった。
「おいエリゴル無事か?」
僕はその声を耳にして緊張の糸が切れたように安堵する。
そして、読んでいた本を元の場所に置き、マルバスのいる後ろを振り返った。
「マルバス!!
良かった無事だったんだね」
僕は彼女の無事な姿を見て、再び安堵しながら立ち上がると、マルバスに抱きついた。
「………………あっ」
ただ、マルバスに抱きついたのは数秒間の間だけだと言っておこう。
彼女の無事が嬉しくてもう冷静ではなかったと言っておこう。
ハグするつもりなど本来なら微塵もなかったのである。
「…………フッ」
そんな意図せず行動した僕をマルバスは鼻で笑ってくれた。
急に恥ずかしくなる僕。後で土下座しておこうと心の中で反省。
そして、反省する僕に気を使うようにして彼女は言う。
「あーあっ、それじゃあ行くぞエリゴル。
早く国王を捜さなきゃだからな!!」
マルバスは抱きついたまま赤面して動けない僕を無理やり引き剥がす。
その行動のお陰か僕は正気に戻る。
そうだ。僕には優先すべき目的がある。僕は早く国王を捜さなければいけないのだ。
マルバスの後を追うように僕は彼女の背中を追いかけるのであった……。
アナクフス城の天守3階。
この城の地下は兵士たちの居住区域らしいがナベリウスさん達が調べているはず。
つまり、国王はまだこの天守にいるはずなのである。秘密の抜け道でもない限りの話だが……。
さて、天守3階にたどり着いた僕とマルバスはここでナベリウスさん達と合流した。
「おお、ナベリウスと悪党U」
マルバスが手を振る先には反対側の階段から上ってくる2人の姿があった。
2人ともマルバスに手を振り返しながら3階に到着。
2人の反応からして兵士たちの居住区域である地下にも国王はいなかったようだ。
「しっかし、マルバス様。ここはいったい?」
ナベリウスさんの視線の先には『表座敷』と書かれた看板と、大きな襖。
お座敷にしては部屋に入らなくても分かるくらい広そうに感じる。
「…………一応、ここを待ち合わせ場にしたからなぁ。まだあのお座敷は確認してない。
まぁ、この表座敷以外はすでに調査は済ませておいたわ。
最近、人がいた痕跡などなかったぞ!!」
ナベリウスさんの質問に自信たっぷりな様子で答えるマルバスであったが……。
調査したのは僕だ。手柄を横取りされた。
じつは先程、マルバスの戦闘中に本を読んでいたことがバレてしまい……。
「なら、オレも少し休ませてくれ。3階は任せる」と僕が調査中にのんきにお茶飲みタイムを味わっていたのだ。
さいわい、この階で僕が敵に襲われる事態がなかったが、武器くらい貸してほしかった。
「さすがマルバス様です」
「我々が来る前にすでに調査を済ませておくなど感謝しきれませんね東の魔女様(悪党U)」
さて、2人はすっかりマルバスの手柄だと思い込んでいる。
僕は「やってらんねぇーや」と心の中で思いながらも真実を指摘することはなかった。
さて、この3階残すは表座敷のみ。
マルバスを先頭に僕とナベリウスさんと悪党Uは並ぶ。
決して、最初に入るのが怖いという理由ではない。リーダー気質があるマルバスに先陣を突っ切ってほしいだけだ。
「開けるぞ?」
「「「(3人のうなずき)」」」
「本当に開けるぞ?」
「「「(3人のうなずき)」」」
「本当の本当に開け……」
「マルバス。早く開けて!!」
僕の指摘を合図にマルバスは表座敷の襖を勢いよく開いた。
そして、中に誰かがいることを想定して大声で自己紹介を始める。
「頼もう!!
オレの名は『マルバス・ゴエティーア』。この城の主に用があって参った。潔く投降すれば命だけは助け…………?」
勢いがあったマルバスの自己紹介が急に勢いを失い始める。
何があったのだろう?
マルバスの背中でなにも見えない僕はヒョコっと彼女の背中から室内の様子を確認する。
その表座敷は72畳くらいの広さで床一面に畳が敷かれている。
そして、その部屋の中心には男が1人。
その男はこの国の国王ではなく……。
その男の正体は僕が出会った富裕層の町のベンチに座っていた全身黒い格好の男だったのだ……。




