15・解放+会談
13日夜。
残り数時間後には革命が始まる。
すでにこの革命に参加する者たちは秘密裏に東の町へと集まってきていた。
その数、3000人。
もともと東の町出身の者もいれば、中間層の暮らす町の人間も数人混じっている。
彼らはみんなこの国の王家と富裕層の上級国民に怒りを抱き、この町へと足を踏み入れているのである。
そんな彼らの様子を建物の窓から見る女性が1人。
「…………」
彼女はこの町へとやって来る同士の列をただ無言で眺め続けていた。
明かりも灯っていない暗い部屋にただ1人で外を見続けている。
彼女は安堵する反面、悲しそうな目でこの光景を見下ろしていたのである。
「ヨッ、ナベリウスさん何してるの?」
ただ、僕はそんな様子で1人、この光景を眺めている彼女に話しかけてしまった。
偶然ナベリウスさんの家を歩き回っていたら偶然ナベリウスさんがこの部屋にいたので声をかけてしまったのだ。
「あっ、いや。お邪魔でしたか。すみません」
どうやり直していいか。その瞬時の判断ができなかった僕は自分を心の中で恨みながらも退出しようとする。
後日、反省会は寝る前に……。今はこれ以上ナベリウスさんの邪魔をすべきではない。
僕はそう判断して颯爽とこの部屋から立ち去ろうとする。
しかし、方向転換してこの部屋から離れようとした僕をナベリウスさんは引き留めてくれた。
「いやいや、問題はない。入ってきてもいいんだよ。それに私も君に用があったしね……」
彼女の台詞を耳にする。
ナベリウスさんが僕に用事があるなんて珍しい。
それならば、立ち去るわけにはいかないと僕は彼女に言われたとおりに部屋へと入る。
部屋の中は散らかっていて、様々な物が床に落ちてはいたが埃が見当たらない。
散らかしたまま綺麗な状態を保っている部屋。
そんな部屋に不思議だと思いながらも、僕は転ばないようにして足下に気を付けながら窓際へと向かっていく。
結局、転けることもなく無傷な状態で窓際までたどり着くと、ナベリウスさんは側にあった椅子を差し出してくれた。
「座りなよ」
1人用の椅子。ナベリウスさんの隣に置かれた椅子へと腰かける。
椅子の高さもちょうど僕が座っても窓から外の景色が見えるようになっている。
「…………ごめんねモルカナ国を巻き込む形になったね」
ナベリウスさんは窓の外を見つめたままであったが、僕がモルカナ国の代表として謝られてしまう。
モルカナ国をこの革命運動に巻き込む形になったのは事実。
しかし、国主であるヴォネさんが提案したことでもある。
「別に謝られることもないよ。もともと僕らの国主が提案したんだ。マルバスたちは国主のために、僕はマルバスたちに。それだけだよ……」
「そうか…………いいなエリゴル君は。その絆は……まるで家族みたいだ」
家族みたい……。
それはまるでナベリウスさんが孤独であると言いたげな発言ではある。
ナベリウスさんが孤独……?
そう考えてふと思い出す。
この東の町に来てナベリウスさんはずっと1人暮らしをしていたことを……。彼女の家族の絵などが1枚も飾られていないこと……。
「私は欲しかったよ。そんな家族みたいな絆がさ。いや、絆というよりは愛かもしれないね」
「今のナベリウスさんにはないのか?
この町の人との絆とか。悪党たちとの絆とか」
「ないのかもね……絆どころか、愛を感じる者もいない。
この革命運動に参加してくれた者たちは現王家反対派勢力に支持する者達だ。
私をリーダーと支えてくれるのも、現王家反対派勢力が後ろ楯してくれているお陰さ」
「ふむっ…………」
現王家反対派勢力。これまでの話からして現王家反対派勢力がこの革命にかかる費用などを提供してくれているのはだいたい予想がついていた。
銃や鎧などの武器がこの東の町へと運ばれてくるのを前に一瞬見たことがあるからである。
この貧乏な貧困層の集まる東の町の人々が今日まで生きてこれたのも現王家反対派勢力のお陰なのかもしれない。
現王家反対派勢力は革命軍に表では参加せず、裏から支援。
革命軍はその支援と現王家反対派勢力の後ろ楯を受けて戦いに挑み、現王家反対派勢力の手を汚すことなく行動を起こす。
「現王家反対派勢力ってのは何者なの?
この革命運動を支援するって事は王家ではなさそうだけど」
「現王家反対派勢力は富裕層の極一部の貴族で王家反対派だよ。王家に関係ない人々だが、今の王家が邪魔なんだろうね」
なんだかよく分からなくなってきた。
この国の現国王は富裕層と自分たちのための政策を行い、富裕層と自分ためだけが得になる政治を行っている。
それなのに極一部の富裕層に邪魔者とされているのだ。
いや、もしかしたら現王家反対派勢力にとってこの革命は賭け事なのかもしれない。
この革命で王家を崩せば現王家反対派勢力は高位の地位を得る。
この革命で王家を崩せなければ現王家反対派勢力は支援金を無駄にするだけ。自分達が手を汚していないので問題はそれだけ。
支援を受けさせて貰っている革命軍側からすれば、現国王が変わるか変わらないか。
まぁ、ここにいるみんなが現国王が変われば問題はないのだろうが……。
「ふむ……。みんなの目的が現王家が変わればいいか。一致団結している感じはあるな」
「そうだね。1つの目的のためにみんなが頑張るのはいいことだ。ただ、私は思うんだよ。
もしも昔にいた権力争いの敗者である王家の兄が生きていたら、この国にどう思うのかね……」
ナベリウスさんはそこで窓の外を眺めることをやめて、僕の方をチラリと向いてくれた。
そして、彼女は僕の首に手を伸ばす。
あの僕と彼女が初めて会った日のように……。
ピッピッピッ……カチッ…………。
僕の首輪にかけられたロックが外される。
何らかのボタンを押した事でロックを外したのだろう。
「すっかり用事を忘れていた。これはもういらない。
これで君は自由だよ」
「ナベリウスさん。首輪は16日の2時までだったのでは?」
首になにも着いていない状態はひさびさだ。
だが、何故彼女が今になって首輪を外したのか。何故爆発しないのか。それが僕には疑問であった。
「16日までの間、この首輪爆弾は解除する物と誤解させてしまったね。
正確にはこの首輪の縁にある3つのボタンがあるだろう?
これを同時に押せば設定を強制的に解除できる。
誰かが間違って着けるのを避ける裏技さ。
ほら、この左から月・日・時刻を設定できる」
ナベリウスさんから首輪爆弾の機能の説明をされて、この機械の裏技を知ることができた。
この機能を知っていればもっと早くこの首輪を自力で外せたのだろう。
もっと注意深く首輪の観察をしておけばよかったと後悔してしまう。
一方、ナベリウスさんは首輪爆弾を眺める僕を見て、鼻で笑うと椅子から立ち上がった。
「私がこの革命で死んだら誰が君の首輪爆弾を解除するというのさ。死ぬ確率もあるんだからね」
彼女はそう言い残してこの部屋から立ち去ろうとする。
彼女はこの革命運動のリーダー。そんな彼女がずっと現場にいないというのもおかしい話ではないか。
それは分かっているはずなのに僕は大事な用でもないのに声をかけて彼女を引き止めてしまった。
「なぁ、ナベリウスさん。あなたはどう思うんだ?」
「……?」
「もしも昔にいた権力争いの敗者である王家の兄が生きていたら、この国にどう思うか?ってさっきあなたが言ってたやつ」
僕の質問にナベリウスさんは考える時間を使うこともなく一言。
「…………変えなきゃって思うかもね」
彼女はそのままこの部屋から出ていった。
そしてこの部屋は僕1人になる。
僕は誰もいなくなった部屋から外を眺めて先程の彼女の返答を思い出す。
「変えなきゃ」か……。
「───なるほど、革命のリーダーにナベリウスさんはピッタリだ」




