14②・★+取引
その光景にカイムは混乱した。
自分の兵士が命令を無視したのである。
こんなことは彼の人生で初めての事だった。
「おい、どういうことだよ!!
なぁ、敵は目の前だぞ!!
聞こえなかったのか?
この男を殺せ!!」
シーンと静まり返る応接間。
誰もカイムの命令を聞く者は現れない。
孤独。カイム初めての孤独。
その静かな空気に水を指すように呆れ顔の全身黒い格好の男が一言呟く。
「……まだ俺が話終えていないだろう?
心に余裕を持てよ若者」
その発言にカイムはハッと気づかされた。
「おい、貴様か!!?
貴様が僕の兵士たちに何かしたのか!!?」
「お前は勘違いをしているんだよ。いい加減に気づけよ」
「嘘をつくな!!
僕の兵士がこんなことをするわけがないだろ?
僕の兵士に何をした!?」
「はぁ……お前は勘違いをしていると言っただろ?
お前の兵士なんて今はいないんだよ」
全身黒い格好の男の発言。
先程まで頭に血が上っていたカイムはその言葉で頭が真っ白になる。
「はぁ…………?」
まったく頭に入ってこないという顔をしたカイムに全身黒い格好の男は優しく真相を話し始めた。
「俺はお前の兵士達の2時間を買ったんだ。俺の能力でな。
はぁ、意外と手間がかかったぞ?
この時のためにどれだけの出費をしたか……」
「買った…………?」
「ああ、時間を買った。二度も言わせるな。二度手間だ。
【2時間俺の味方になる】という条件付きでな……。この場の兵士と、外にいる兵士の1人分だ」
そして全身黒い格好の男は座禅を組むのをやめて立ち上がる。
彼を止める兵士はいない。
みんな時が止まったかのように動かない。
「人間ってのは単純だよ。1人の信頼されている男の時間を買って『◯◯様からのご命令だ。先程の客人を通し、勘違いしている赤羅城様の足止めをしろ』とでも言えば、誰も疑わない。
今も必死に足止めをしている……」
彼はそのままカイムの座っている座席の隣に座る。
カイムは彼の動きを目で追ってはいたが、近づいてきた彼に何かをしようとはしなかった。
カイムは彼に負けた。
今のカイムは武器を持っていない。無力な存在。傲慢な王は今では無力。
カイムは彼を殺したいとも思えなくなってしまったのだ。
「つまり、この2時間。この城は俺の物なのだよ若者。今すぐにでも命令すれば君を殺せる。分かるかね?」
カイムの隣に座り、カイムの紅茶を飲む黒い格好の男。
そんな彼の顔を見ることなく、床を見ながら呟く。
「………………何が目的だ? 貴様」
「取引をしてもらいたい」
「取引……?」
「最近、この国に来て耳にしたのだが……。どうやら一部の国民が革命運動という物を企んでいるらしい。お前に恨みがあるんだそうだ」
全身黒い格好の男から再び告げられた真実。
その真実は再びカイムの心を奮い立たせた。
「なんだと!?
それは本当か?」
「落ち着け。ただの噂だ。
だが、それが真実の場合少しでも戦力が必要だろ?
敵国との戦にも勝ちたいよな?
───そこで赤羅城を雇った時のように俺を雇ってくれないか?」
「…………お前は戦力になるのか?」
「これまでの何を見ていたんだよ若者。
俺を雇えば……3日ほど時間を貰えれば敵勢力の5割は買収出来るぞ?
ただし報酬次第だな~。ふむ……。
半年間のみ契約で30億。これでどうだね若者」
半年間で30億。それは魔王国との同盟時にもらった金額と同じである。
それが偶然なのかはカイムには検討もつかないが、今の条件で彼を雇うかには少し高すぎると感じていた。
悩むカイム。決断がなかなか決まらない。
そんな彼の決断をゆっくりと待つほど、全身黒い格好の男は寛大な心の持ち主ではなかった。
「…………早く決めろよ。今から代役を連れてきてやってもいいんだぞー?
お前の恐れる代役をな」
「……!?」
「俺も歴史くらい調べるさ。今の地位って先代の権力争いで得た親の栄光の臑齧りなんだろ?若者。
お前が恐れている代役は現王家反対派勢力でも革命組織でもない……。
王家の血を継ぐ者の存在だろう?
お前と同じ血筋の者が生きていたら、再び権力争いが始まるもんなぁ?」
全身黒い格好の男が放った発言は結果的にカイムの判断力を低下させ、苛立ちに判断を任せることになってしまう。
「お前の取引には応じてやるが……。
あんまりデタラメを言うんじゃないぞ。
王家の血を継いでいるのは今は僕だけだ。
他は全員父が殺した!!
次にその話を僕の前でしたら赤羅城に殺してもらうからな!!」
「はいはい、俺は取引さえできれば満足ですよ~。それじゃあまいどありー」
全身黒い格好の男はカイムを苛立たせるだけ苛立たせた後、応接間から立ち去るために椅子から立ち上がって兵士達の間を歩いていく。
そんな彼にカイムは敵意を向けながらも、1つ彼に対して質問を投げ掛けた。
「おい、出ていく前に聞きたいことがある。お前の名は?」
全身黒い格好の男はこの応接間に来てから1度も名乗っていないことをカイムは思い出したのだ。
全身黒い格好の男はカイムの投げ掛けた質問に答えるために彼の方を振り返る。
「俺は【闇星】幹部・金行の使者『シャックス・ウルペース』。5幹部のうちの1人さ」
全身黒い格好の男が名乗った自身の名前。その名前を聞いたカイムの背筋が凍りつく。
カイムの中で目の前にいる男への印象がガラリと変わる。
その名はこの大陸の中で意味嫌われている奴らの名前と同じであったからである。
【闇星】はこの大陸で暗躍している組織の名前である。
黒と赤の線の五芒星のマークを背中に持っていると言われている組織。
数多くの国や人を殺してきた犯罪組織である。
この組織に所属する者はどんな理由があっても殺害対象とされ、発見次第に殺してもお咎めなしになる。
つまり、この大陸にあるすべての国々の敵ということだ。
また、その犯罪組織をまとめている幹部は全員で5人。
木行の使者・火行の使者・土行の使者・金行の使者・水行の使者。
そのうちの金行の使者がカイムの目の前に現れたのである。
「アッあああ…………」
カイムは恐怖のあまり声もうまくだせない。
そんな彼を見て、シャックス・ウルペースは呆れ果てる。一国の王がこんな弱々しい態度になったことに呆れているのだ。
「どうした?
声もでないのか?
呆れるなぁ。一国の王がこの様かよ。
別に……取って喰おうとしてるんじゃないぞ?
俺は国も人もどうでもいいんだ。俺は金さえ貰えれば満足なんだよ。金がすべてさ。
それじゃあな若者。適当な部屋を借りるぞ」
シャックス・ウルペースは何かを言いかけようとしたカイムを無視して、ふらふらとこの応接間から出ていった。




