6①・腐った国を+12日
数時間後……。
キンスリード宿屋に帰ってきたマルバスとバティン。
僕は2人が帰ってくる足音を聞き付けて、隣部屋に入ろうとする2人に「おかえりなさい」と挨拶を行った。
彼女らは隣の部屋なのだ。
「ああ、エリゴルか。今日は留守番ご苦労様だったな……」
マルバスは不機嫌そうな態度をとってはいたが、僕が声をかけると少しだけ笑みを浮かべて返事をしてくれた。
そして、そのまま隣の部屋へと入っていく。
「ふむ…………何かあったのかな?」
あんなにいつも明るいマルバスの態度がこうも変わるとは……。
外出先でトラブルにでも巻き込まれたのだろうか。
そう思っていた僕だったのだが、マルバスが部屋に入っていった数秒後。
珍しくバティンの方から嬉しそうに声をかけられた。
「おお、エリゴル。ただいま!!
今日はスカッとした日だったよ。それじゃあまた明日」
「おっ…………おう? また明日な」
そして、そのまま彼女も隣の部屋へと入っていく。
2人が隣の部屋に入っていくのを見届けた後、僕はゆっくりと扉を閉める。
「…………どういうこと?」
明らかにおかしい。
いつも僕を敵視するはずのバティンが自分からただいまと言ってきたのは明らかにおかしい。
今日は2人の様子がおかしい。
だが、何があったのかを聞く勇気も僕にはない。
なので、今日2人に何があったのかを考えるのはやめることにした。
「とりあえず、1時になるのを待つか……」
そう言って僕はベッドに横になる。
深夜2時にはナベリウス・ラピスに爆弾を解除してもらわないといけないという危険な状況だ。
一応、夜に活動するのだから睡眠を取っておいた方がいい。
それではおやすみなさい……。
────────────
12日深夜1時。残り1時間。
僕はこんな夜更けに1人で町を歩いている。
キンスリード宿屋からはあっさりと脱け出すことができた。
誰も起こさず、誰にも見つからずに僕は宿屋を抜け出し、深夜の東の町へと向かう。
「はぁ……これをあと4回。めんどくさいな」
それでも僕の首についた首輪の時限爆弾を解錠するためだ。
これも夜のランニングとでも考えながら、走ろう。
「しかし、なんで深夜の2時なんだ?
不健康な生活だぞ? 良い子は寝る時間だぞ?
丑三つ時に呼び出すなんて、お肌に悪いじゃないか」
あいつにとっても僕にとっても……。
そういえば16日まで通わなければいけないというのなら、僕もあいつも睡眠時間が削られてしまうのか。
あいつは眠たい目を擦りながら、どんなに疲れていても僕がやって来るのを待たなければならないのだ。
「僕を待つために彼女の睡眠時間を削るなんて……」
自業自得だ。こんちくしょー!!
「ヒャッハー!!
やっぱり来てたんだな小僧(悪党H)」
「あんたこそ、こんな夜更けに何やってるんだ悪党。あれ? 今夜は1人なの?」
昨日の昼、悪党は集団で集まってヒャッハーしていたのに今晩は1人でヒャッハーしている。
「ああ、俺は見張りだ。この東の町に異変がないかを確認しなければいけない。
いつ何が起こるかわからないからな」
彼はそう言いつつ、ナイフをクルクルと投げてキャッチするという癖を僕に見せつけてくる。
「なんか大変なんだなお前ら。旅行客を狙ってヒャッハーしてるだけかと思ってたのに……。町のために見回りしてたなんてよ」
「そりゃそうさ。俺らだって好きで悪行働いてるわけじゃねぇ」
「ふーん、お前らにも色々とあるんだな。
てか、僕に用があるみたいな挨拶をしてきたけど。どうしたの?」
「ああ、その話なんだがちょっと時間あるか?
話は数分で終わる。2時にはあの人の家に間に合うようにな」
どうやらこの悪党は僕とナベリウスさんの事情も把握しているらしい。
こうして連れてこられたのはナベリウスさんの家まで数分で着くような場所にある広場だった。
そこの1つしかないベンチに僕たちは座っている。
「ここなら、距離的にも問題ないだろう。まぁ、座れよ小僧(悪党H)」
「やけに親切なんだな」
「そりゃ悪党も十人十色さ。同じ性格の奴だけでも面白くねぇだろ?
それに東の魔女の知り合いって分かったんだ。もう俺たちは手は出さねぇよ(悪党H)」
東の魔女であるナベリウスさんの後ろ楯はこの町の住人には効果抜群のようだ。
ただ、こんな首輪を付けられているから、感謝の気持ちは微塵も浮かんでこないが……。
「あのな……昨日の昼間のことは悪いとは思うが謝らねぇからな(悪党H)」
「ああ、僕も許さないから問題ないよ」
「そりゃどうも……(悪党H)」
「さて、忠告だがお前らはこの国を立ち去った方がいいぞ(悪党H)」
「……?」
「まぁ、そうだよな。いきなり聞かされても困るよな。フゥゥ……。
この国は腐っちまった(悪党H)」
「腐った?」
「ああ、この国は外国からの評判はいいだろ?
この国もうまくいってたとは思ってる。
今の国王はすごい人だ。
だけどな……あいつは外国からの目しか気にしていない。内部をわかっちゃいない(悪党H)」
「上層部の貴族は俺たちの事を気にもしてないんだ。
どんどん上がる税金、どんどん上がる物価、下がっていく給料、度重なる借金、そして貧困化。
おまけに最近は観光客もだんだん減少してる。
しかも中間層がどんどん東の町にやって来てるんだ。
こんな国になるなんてよぉ(悪党H)」
「───なぁ、俺たちはどうすればよかったんだろうか?
原因はわかってんだ。一昔前の王族の権力争いだ。
国民は弟を選んだ。そっちの方が俺たちにもよかったんだ。
けど、実は俺たちはこれ以上の幸せを追い求めちゃいけなかった(悪党H)」
「……なんでだよ?
そこまで悩むんならどうして?」
「予想もしてなかった。
聞こえは素晴らしい政策で……。新しい事をすれば国はもっともっと潤うって……。大飢饉の時期だったからな。それで選んじまった。
国民は全員。更に上の幸せを求めたんだ。
強欲にもっと良い幸せがあると信じてな。
だけど、結果は王族と富裕層にばかり。現在、貧困層の集められた東の町ができる有り様だ。
そして、その弟の息子が今は国王。
更に貧困化はさらにエスカレート(悪党H)」
大飢饉によって崩壊寸前だった国の内部が現在では崩壊し始めちまったわけか。
しかも弟の息子である今の国王がより事態を悪化させてしまった。
「じゃあ、なんでこの国から逃げないんだ?」
「逃げたくても逃げれないのさ。出入りには【通行手形】が必要なんだ。それがないと捕まえられちまう。ああ、お前らもそれを使って来たんだろ?(悪党H)」
なるほど……と僕は昼間の彼らの行動に納得させられた。
お金も食料も通行手形もないから、旅行客から奪おうとしていた。
だから、東の町は旅行客にとって危険なのだ。
「大変なんだな……お前らも」
「夢を見るんだ……。(悪党H)」
急に話が変わって置いていかれそうになるが、彼の精神状態では仕方がないのだろう。
疲れはてているような顔をしていた……。
なので、そのまま彼に聞き直す。
「夢……?」
「中間層と貧困層の住民全員がな。たまに見るんだ。
選ばれなかった兄の王家にいた犬が恨めしそうに……。こちらを眺めている夢さ。
ひたすら見てくる。悲しそうな恨めしそうな目で……。
なぜ弟の血筋を選んだかと……(悪党H)」
「…………」
話をしている悪党Hは急に震え出した。
そして、彼は暗闇を指差しながらこう告げる。
「────ほら、あそこにいるだろ?(悪党H)」
背筋が凍る。
「きゃああああああああああああ!!
ってあり?」
だが、その指差す方向をパッと見てみても、そこには何もいない。ただの夜の闇だ。
この悪党H、幻覚を見てしまっている。
「……大丈夫か? もう帰れよ。僕はそろそろ行かなきゃだし……それじゃあな」
僕は急に怖くなってきて、悪党Hから逃げるようにベンチから立ち上がると、彼を置いて歩き出す。
ただ、色々とこの国のことについて聞けたのはよかった。
僕は悪党Hとその場で別れを告げて、ナベリウスさんのもとへと夜の東の町を歩いていくのである。




