5④・許せない。成敗してやる+バティン談①
てっきり冗談かと思ったが、カイムの顔は真剣そのもの。
私も彼が姉様に好意を持っているのは知っていたが、まさか強引にでも姉様を奪おうとするとは思っていなかった。
「さぁ、どうですか?
あなたがモルカナ国を捨ててアナクフス国に来れば僕は同盟を組んでやるのですよ。
僕の妻の故郷の国ですからね。アナクフス国は全力でモルカナ国を守りますよ」
ニチャ~とした嫌らしい目付きで姉様を物色するカイム。
最初の頃に感じ取っていた好青年の印象が台無しだ。
頭に来た。もう我慢の限界だ。
「貴様ッ!! 姉様が我が国の後継者であることを知っての発言か!!」
失礼にも程がある。同盟を結んでやる代わりに結婚させろという脅迫。
例え、姉様を好きな者同士でも許しがたい発言である。
愛を脅迫で得ようとするとは許せない。
もうさすがの私も我慢の限界だ。
このアナクフス国の国王を成敗してやる!!
しかし、私がカイムに突っかかろうと行動を起こす前に姉様が一言呟いてしまう。
「バティン……少し考えさせてくれ」
「姉様……?」
考えさせてくれ……だと?
このままではまずい。
姉様がこの要求を引き受けてしまえば、我が国にとっては同盟国が増えるだけだが……。
この国にとっては契約金と花嫁を手に入れるという結果になってしまう。
姉様も自分の私情よりは国のためを思って要求を承諾してしまうかもしれない。
「姉様……!!」
私は声をかけて姉様を止めようとするが、姉様はカイムのもとへとまっすぐに向かって歩いていく。
私は姉様には姉様の望まれる方と結婚してほしい。もちろん私が望まれたいが……。
姉様には脅迫じみた求婚で結婚してほしくないのだ。
それに姉様がアナクフス国に嫁いでしまえば、私と姉様の会う機会が減ってしまう。
それだけは避けたいのだ。
「姉様……」
だが、私のそんな想いも知らず姉様はカイムのもとへと歩いていく。
私は悩む。
姉様を止めるためにはもう私が告白するしかないのではないかと考える。
私の愛を選ぶか。カイムの愛を選ぶか。
それは姉様自身が決めることだが、選択肢が増えることはいいことだ。
「姉様……お待ちを。私は……私は!!」
こんな風に言うべきではないことくらい分かっている。
もっとちゃんとした機会に言うべきことなのは承知の上。
しかし、姉様を引き留めなければならない。
こんな同盟を理由に脅迫するような愛に負けるわけにはいかない。
このままでは姉様が……。
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自分の方へとマルバスが向かってきているのが嬉しいのかカイムは自信に溢れた表情を浮かべていた。
バティンはもう間に合わない。マルバスはすでにカイムの目の前に立っている。
「さぁ来てくれましたね」
カイム、勝利宣言!!
カイムは同盟を掛け合いにしてでもマルバスを欲していた。
彼はずっと昔からマルバスに関する評判を聞いていた。そして恋をしていた。
その憧れた夢見た女性が今カイムを選ぶためにこちらへと歩いてきてくれたのだ。
これでアナクフス国はモルカナ国と同盟を結ばなくてはいけなくなったが、カイムはそんなことは忘れていた。
魔王国を裏切ることになったことで起こる問題など後々考えればいい。
そう考えていたのだ。
「……(ああ、憧れの女性がついに僕を選んでくれたのか。クックック……)」
夢見心地!!
その間に繰り広げられるカイムの頭の中の妄想。
マルバスとカイムの幸せな日々を妄想。ニヤケが止まらない!!
「どうするのです? 僕とけっこッブ!?!?」
だが、それ幻想!!
マルバスからの返事は強烈な拳の一撃。
その一撃がカイムの妄想をかき消し、カイムは殴り飛ばされて椅子に激突。
「「…………?!?!?」」
何があったのか訳がわからないバティンとカイム。
バティンは目の前の2人に起こった光景が……カイムは目の前で自分を見ているマルバスの視線が……信じられていない。
カイムは夢見心地な気分から一転。今はマルバスの蔑むような視線に睨み付けられている。
「────オレは女だが武者でありモルカナ国王の後継者だ。
貴殿も王なら後継者の重みが分かるはず……。
それなのに同盟と引き換えに妻になれと?
オレが、かのヴィネ・ゴエティーアの後継者であるという事を知っての発言か!!」
そして、マルバス怒りの叱責。
カイムはその言葉でようやくこれが妄想でもない現実だという事を突きつけられた。
「がッ…………ああ、ああああ」
カイム、ショックのあまり声が思うように出ない。
王である彼にとっては初めての失恋。
その後、すぐに振り返って応接間から去っていくマルバスを追いかけるように部屋を出ていくバティン。
2人からの声をかけられることもないまま、アナクフス国王であるカイムは2時間ほどショックを受けたまま呆然と扉の先を見つめたままだった。




