5③・魔王国+バティン談①
アナクフス城の応接間。
ここにいるのは私と姉様。そしてこの国の国王『カイム・カラストリロ』という青年。
此度の訪問は私たちへと父上から頼まれた仕事である。
お互いの挨拶も終わった頃、姉様は国王に対して単刀直入に用件を語った。
「それでは、いきなりだが頼みたいことがあるんだアナクフス国王」
「なんですか?
話なら聞いておきましょう」
長机の両隣に置かれた椅子に座って面と向かっている姉様とカイム・カラストリロ。
私は姉様の隣でその様子を見守っているのだ。
「我々モルカナ国と貴殿のアナクフス国。【魔王国】を倒すため同盟を組んでいただきたいのです」
「【魔王国】ですか……。ふむ……」
魔王国。この大陸で最も古参の国であり、近年急激に勢力を拡大し始めた王国の名前である。
「あの国はこの大陸を1つにし自らの大陸統一を企んでおります。このままでは我らの領土を脅かす可能性もあります。
これはつまり、このままでは大陸トウエイを奴が牛耳るということ……。
そこで我が国主は打倒【魔王国】を計画し、同盟国を探しているのです。
お願いです。我らと同盟を組み、打倒【魔王国】を共に目指そうではありませんか!!」
「同盟ですか……困りましたね」
カイムは姉様からの要求に頭を抱えていた。
姉様からの熱弁があったとしても、さすがに悩むのは無理がない。
魔王国は逆らう国を滅ぼして生き延びてきた最強の国らしい。
その王国と戦うのなら、相当の覚悟がいる。
すぐに決めていい問題ではない。国王が動くことは国を巻き込むことになる。
返答に困るのも当たり前だ。
「返答に困るのも無理もないと思います。
ですので……また後日返答をお聞かせくださいますか?」
「いや、モルカナ国殿。アナクフス国はすでに決めておるのです」
しかし、カイムはあっさりとこの要求に対する返事を決めてしまったようだ。
「それはどういうことでしょうか?
では、我らと……」
姉様が驚いた顔でカイムを見る。
しかし、カイムは下を向き、顔を手で覆い隠していた。
そして、虫の声のように小さな吐息をこぼすと、抑えきれない感情を露にした。
「クククッ…………やはりバカだ。大バカ者ですね」
「!??」
「僕たちのアナクフス国と同盟を組みたいと……?
これは傑作だよ!!
アハハハハハッ!!!」
顔をあげたカイムの目は姉様を嘲笑うかのように見つめている。
姉様を大バカ者だと……!?
その行為を姉様に対する嘲笑と判断した私は椅子から立ち上がり、カイムを上から睨み付ける。
「失礼ですがカラストリオ国王殿。それはどういう意味でしょうか。例え、あなた様であろうと姉様を愚弄するのは……」
そして、私は腰の鞘に手を置こうという素振りを見せた。
単なる脅しのつもりだ。
しかし、姉様は急に椅子から立ち上がって私の頬をおもいっきり叩いた。
ベシンッという音が応接間に響き渡る。
「おい、バティン!! 口を慎め」
姉様の声にハッとした私は鞘から手を離し、目の前にいるカイムに無言で頭を下げる。
だが、カイムは特に気にもしていない様子で姉様に話しかけてきた。
「いやいや、モルカナ国殿。僕も口が悪かったよ。
では話を戻そうか。あなたにお聞きします。我らアナクフス国が同盟を組んだ際のメリットはありますか?」
「ええ、もちろん。我が国主は契約金7億を貴国にお納めしようと……」
姉様が述べたメリットを聞いたカイムはその瞬間に机をバン!!と叩く。
そして、すぐに立ち上がると椅子の背後へと歩きながら彼はグチグチと話を始めた。
「…………やはりな。ぬるい。ぬるいぬるいぬるいぬるいぬるーい。じつにぬるい」
「「…………」」
そのカイムの様子に私たちは唖然として声がでない。
その唖然とした私たちの表情を見てカイムは嫌な笑みを浮かべながらその理由を語りだした。
「モルカナ国殿。この話はお受けできません。
7億? 確かに妥当。
だが、残念だ。アナクフス国はすでに他の国からお受けしているのです。
5ヶ月前。魔王国の1人の使者が我が国を訪れまして……。その際の契約では前金7億。契約金23億。
我らはその金額でお受けしました。
契約内容としては“我らの国に手を出さないこと”。あちらも自らの大陸統一のために……有利に進むように考えていたのでしょうね。
魔王国に恨みも感じぬ我が国はもちろんお受けしました。
マルバス様。あなたは選ぶ相手を間違えましたな」
交渉は決裂。
アナクフス国は魔王国との同盟をすでに結んでいたのだ。
もうアナクフス国との同盟は結べない。
アナクフス国はすでに魔王国と同盟を結んでいたのだ。
これでは父上に要求された仕事をこなすことは出来ない。
「そうですか……無駄な時間を使わせてしまいましたねアナクフス国王殿。お茶はいただきません」
姉様はその事実を深く受け止めて、お茶も飲まぬまま黙って扉の方へと体を向けた。
私も姉様の後を追おうとしたその時、カイムが付け加えるように口を開く。
「しかし……マルバス殿。あなたがどうするかでは考え直してあげても構いません」
その一言に姉様は食い付き、カイムの方に顔を向ける。
姉様は不信感を抱きながらも、話だけは聞こうというのだ。
「オレ…………私次第とはどう言うことでしょう。アナクフス国王殿」
「貴殿が僕の要求を聞いてくれれば…………魔王国との同盟を断ち切り、モルカナ国との同盟を結んでも良いと言っているのですよ」
「要求……?」
「だいたい、魔王国と対立するなど自殺行為でしょう?
いつか確実に潰される。僕は大切なアナクフス国を滅ぼされたくない。民を傷つけたくないのです。民の幸せを願うのが僕だ。
だから、同盟を組むにしてもこちらから要求を1つくらいさせてもらわなければ不平等でしょう?」
「そうですか。何を所望するんです?
領地ですか? 作物ですか? 名誉ですか?」
「…………あなたです」
「「…………はぁ?」」
「僕はあなたを所望します。僕の妻になることを誓えば、同盟を組んでやるということです」
私たちはそのカイムの発言に耳を疑った。




