5②・アナクフス城+バティン談①
私は姉様に連れられて昨日も来たお城へと足を踏み入れた。
大きな堀に囲まれた縦に高いお城。
それがこの国の国王が住むアナクフス城である。
ここからがお仕事……。
私がきちんと姉様をお守りしなくてはならない。
「姉様…………お気をつけください。城内の兵士が野獣のごとき瞳で姉様を狙っております」
「バティン? さすがにそこまではないとオレは思うのだ。警戒しすぎではないか?」
私たちを出迎えるように兵士達が橋の端に整列して、敬礼してくる。
プレートアーマーを着た兵士達は一ミリもその場から動くことなく敬礼をし続けていた。
「…………ふむ。姉様、早く応接間に行きましょう。こいつらの無言の圧力が強くて、まるで生気を感じないのです」
「こら、バティン。兵士にそんな悪口を言うものではないぞ?」
姉様に叱られたがご褒美だ!!
「もっとお叱りのお言葉をいただきたなぁ」と私は何か兵士たちへの悪口を考えていたのだが……。
城の庭で私たちのことを待つ男が私たちを呼び止める。
「おー来なさったな。嬢ちゃんども!!」
男は城の庭で座禅を組ながら、ティーカップのお茶を堪能して味わうように飲んでいた。
姉様の前だというのに無礼な態度である。
敵であったら即効私が首をハネていたかもしれない。
しかし、そんな無礼な態度をとられても、私は注意することもできずに黙るしかなかった。
「お前は誰なんだ?」
姉様が庭で座禅を組んでいる男に問う。
すると男は「カッカッカッ!!」と不思議な笑い声を出して笑いながら立ち上がった。
その男。赤い甲冑を着た大柄な若き男であった。
身長は2mを超えているだろうか。ギザギザと尖った白き歯に、黄色い瞳と緑色の髪。
そして側に置いてあるのは彼の武器である大太刀だ。
「俺はここの国に雇われた狂犬よぉ!!
おい、お前ら強いのか?」
上から目線でアナクフス国の立場を知らない犬が私の大切な姉様に語りかけてくる。
私にとっては実に不愉快だ。
なので、私は姉様を庇うようにして前に立ち、無礼なこの男を睨み付けながら言い聞かせてやった。
「おい、貴様姉様に何か用か?
立場をわきまえろ。無礼者。
姉様は強いに決まっているだろう!!
姉様はどんな物でも合体させられる付喪人なんだぞ」
私の説明にこの男は少し感心したような素振りを見せたが、態度を少しも態度を改めない。
「ほぉ~付喪人ねぇ。まぁ、今日は昨日のように庭で対面とはいかないからな。城内への案内役として俺が命令されたわけだ」
「案内役……? お前が?」
信じられない。こんな無礼者に案内役が務まるのか?
私には信じられなかった。
しかし、姉様はそんな無礼者にも接してあげる優しさを持っている。
「案内役か。助かる。それではお願いしたい。だが、オレはお前が誰かを聞いたんだ。
早く名前を答えてくれないか?」
「名前ねぇ~。名前は俺が認めた奴にしか名乗らねぇ主義なんだ。『赤羅城』とでも呼んでくれや」
その男の返答を聞いた瞬間、私は腸が煮えたぎりそうなほどの怒りを押さえつけるのに必死だった。
姉様の要求をつまらないプライドで無視し、偽名を教えるなどという愚行。
「おい、貴様いい加減に……!!!」
私はすぐにでもこの赤羅城に斬りかかりたかったが、寸での所でその感情は押さえつけられる。
もっとも私を押さえつける発言は皮肉なことに赤羅城自身だった。
「さぁ行こうぜお嬢ちゃんども。
それに、その鞘から刀を抜いてもいいんだ。
俺はその展開に期待してるんだぜ?
俺は人種職種年齢男女平等主義者だからな!!!!
女だろうが跡取りだろうが死体は平等 。
世界中の人間老若男女斬ればみんな赤い血なんだからよぉ」
その瞬間、赤羅城からあふれでてくる恐ろしいほどの殺気。
まさに、人を何百人も殺めてきたような冷酷さ。
今にも振り向いてきて、その大太刀で首を切り落とされるかもしれない。
私はそんな彼に恐れを抱いてしまった。
彼はそのまま城内へ向かって歩き出す。
その姿を見て私は今生きていることに安堵してしまっている。
私には初めての経験だ。
あれは人の上に立つような立派な存在じゃない。反吐が出そうなほどの戦闘狂だ。人を平気で踏みにじりそうだ。
死んでも戦っていそうなほどイカれている。狂っている。
それが私が赤羅城に抱いた印象だった。
だが、その赤羅城に抱いた恐怖はすぐにかき消されることになる。
「ああ、そうだな。案内してくれ」
それ以上にあの殺気をなんとも思わずに赤羅城の後ろに着いていく姉様がかっこよかったのだ。
「あっ…………姉様。やっぱりかっこいい~~」
あの赤羅城の殺気をなんとも思っていない姉様。
今日の出来事で一番覚えているのはきっとこの姿の姉様だけで、あとはすべて姉様のかっこよさに上書きされてしまいそうだ。
城内の応接間に通された私たちはそこに置いてあった2席の椅子に座る。
大きな椅子ならば姉様と一緒に座れたのに……。そう思いながらも赤羅城の方をふと見ると。
「それじゃあ、お嬢ちゃんども。この部屋で待ってな!! すぐに王さんに会わせてやるよ!!」
そう言って彼は応接間の扉を閉めた。
そしてすぐに廊下から大声で彼の王を呼ぶ声が聞こえてくる。
「王さん!!来い!!応接間だぜーー!!」
あいつは自らの王にも無礼な態度だったのか……。
数十分後。
「お待たせしました。モルカナ国のお姫さま方。改めて挨拶を……僕がこのアナクフス国の王子にして国王。『カイム・カラストリロ』です」
1人の若き貴族が応接間へと現れる。
その男。灰色の刈り上げた髪に灰色の瞳の好青年。まるで毛皮のようなモフモフのコートを身に纏っている。年齢はおそらく若く、礼儀正しい印象ではあるが……。
実は国民や知人からの印象は最悪。強欲でプライドが高く、他人を見下すような失言をすることが多いという失礼で嫌な性格の男である。
しかし、産業や貴族にはとても手を尽くすため、他国の貴族には人気がある。なので、どの国も彼の性格を見抜くことができずにみんな彼を認めている。
これをなぜ私が知っているのかと聞かれたら彼のことについて調べたからである。
初対面の印象が嫌な奴だったので私は個人で色々と調べたのだ。
「それではマルバス様・妹様。今日はどういったご用件でしょうか?
昨日はお互いに面識を……とのことだったので、本題をお聞かせくださいますか?」
この私が嫌う貴族の好青年。
彼は今も姉様に対して敬意を払いながら話してはいるが……。
「(ああ、マルバス……君を僕の物にしたい)」
彼は心の中で私の愛する姉様に惚れているのだ。こいつは昨日から姉様にだけ様子がおかしかった。
そして、それこそ私が彼を嫌う理由。
私と姉様の恋愛、その間に入ろうとする。
私から姉様を奪おうと企むクズ野郎なのである。




