3③・東の魔女『ナベリウス・ラピス』+アナクフス
目の前が真っ暗だ。
僕はいつの間にか気絶していたらしい。
この世界に来て何度目の気絶だろうか?
「…………痛ってて。まったくあの悪党達。ひどいことをしやがるなぁ。僕じゃなかったら死んでたぞ」
目を開けて頭を擦る。
悪党達に殴られた痕が全身にできたので身体中が痛いはずだけど、これも我慢するしかないんだが……。
「…………って、あれ?」
身体中が痛くない。
いや、正確には痛い場所はあるのだが痛む場所が減っている。
あんなに叩かれたり踏まれたりしたのに痛みがなくなっている。
だが、足と頭はまだ痛む。
完全に治っているわけではないようだが、怪我をした箇所が減っているのだ。
こんなに早く治るなんてまさか僕は……。
「まさか僕は不死身の肉体になったのか?」
「そんなわけないでしょ……!!」
誰かが僕の独り言にツッコミを入れてきた。
「あれ? ここは?」
そういえば、目を覚ましたこの場所は路上の上ではない。
木で作られた家具に木で作られた部屋。訳のわからない物品が中に浮かびながらカチンカチンと音を慣らしたり、机に飾られた沢山の瓶には謎の液体が注がれている。
そして、その部屋の木でできたベッドに僕は寝かされていた。
「ここは誰かの家なのか?」
東の町は戦火の跡地のようにボロボロの家や廃墟ばかりだったのに、ここだけ雰囲気が違っている。
「まるで森の中の家みたいだ」と考えていると、先程僕にツッコミを入れてきた人は回転する椅子をグルッと回して僕と向かい合う。
「ここは私の居場所。そしておはよう」
そう言って僕と向かい合ったのはメガネをかけた白衣の女性。
外ハネた少し長めの藍色の髪も目立つが、彼女の両目は不思議だ。
右と左で目の色が少し異なっている。左側の目の色が若干薄い。
「ジー……」
「いや、効果音を口に出して私の目をジーッと見ないでよ。これはね……ちょっと失敗しちゃったんだ」
「失敗……?」
「義眼作り。色々とあってね。今は右目しか使えないの」
「あっ、そうだったのか。すみません、デリカシーのないことしちゃって……」
「いやいや、いいよ。
それよりも私に何か言うことがあるんじゃないかい?
エリゴル君?」
僕の失言を彼女は快く許してくれたが、彼女の発言には少し不可解な所があったのを見つけてしまった。
「あの……なんで僕の名前を知ってるんですか?」
僕は彼女に名前を教えてもいない。
それなのに、なんで彼女は僕の名前を知っているのだろうか?
そういえば、思い出したが前にも僕の名前を知っている知人じゃない奴がいた……。あれは確か……。
僕がその人物を思い出して行動を取ろうと思い立った瞬間に彼女は慌てて話し始めた。
「待って、待って、待って。
誤解しているよエリゴル君。君は私を『釘野郎』の仲間だと思っているんだよね?
君の暗殺者なら君を知っていても当然だと……。
だけど、それは誤解だよ」
「誤解……?」
そんな彼女の慌てる様子を見て、彼女に対する不信感がなくなっていく。
暗殺者がこんなに冷静さを欠けているはずがない。
それでも彼女は暗殺者ではないかもしれないと思い、僕は一応警戒しながらも彼女の話を聞くことにした。
「誤解だよ。
君に用がある人だって君の事を調べるはずだよね?
それに君の知り合いから聞かされていた場合だってあるでしょ?」
「それは確かに……」
「そうでしょ?
私が暗殺者ならとっくに殺してるよ。
まぁ、話を戻そうかエリゴル君。
“君の左目”の力を私に貸してはくれないかな?」
「左目の力を…………ハァッ!?」
やはりおかしい。僕は自分の身を守るために誰にも左目の秘密を打ち明けたことがない。
この左目の力がバレてしまえば、僕はA級裁判にかけられて即死罪。
その秘密を彼女はすぐに暴いてしまったのだ。
「おっと、言ってはいけないことだったね。安心してエリゴル君。君を揺するつもりはないよ。ああ、そういえばまだ自己紹介をしていなかったね。
私の名前は『ナベリウス・ラピス』。東の魔女と呼ばれる者さ」
魔女と言えば、馭者のおじさんが言っていた存在だ。
それに、僕の秘密を知っていたことも怪しい。釘野郎の存在を知っていたのも怪しい。
「お前、なんでそんなことを知ってるんだ……」
「それはもちろん。それはただ調査をしただけだよ」
ナベリウスはそう言うとニッコリと僕に向かって微笑んできた。




