1 ・おはよう+奇妙な夢
今日は悪夢を見た。不思議な夢だった。
けれど、いつものような現実的な夢ではない。
僕が誰かに殺されるとか、不幸な目にあうわけでもない。
僕は夢の中で青空を見上げていた。
「…………」
周囲の人はあわただしく、逃げ回っている。
親とはぐれて泣いている子供にさえ1人も目も向けない。
ただ、逃げていた。
そんな状況なら僕も逃げた方がいいのだろう。
しかし、僕は逃げることなくその場で立ち止まり、何もない空を見上げていた。
「…………」
その時である。
空に一筋の線がビーっとまっすぐに引かれた。
まるで紙に直線を書くようにして、空に線が描かれた。
無数の線が空に書かれていく。
この街……いや、この国を覆う空に線が無数に描かれたのだ。
「なんだ?
あの無数の線は?」
非現実的な光景。
空は無数の線が引かれてしまっている。
『─────』ような大きな線が無数に描かれている理由は分からない。
「…………」
僕は無数にあるうちの1本に目を向けて、その線をジッーと見つめてみる。
すると、線がパカッと細い楕円形に変貌を遂げた。
その線が楕円形になったのを合図に他の線も楕円形へと変貌を遂げる。
パカッ。パカッ。パカッ。パカッ。パカッ。
そして、その空に浮かんだ楕円形の中からコロンと地面にナニカが落ちてくる。
ナニカの正体。それは首!!
馬車ほどの大きさの犬の首が無数に街へと降りそそぐ。
それはまるで雨のように……。人々の上へと降りそそいでいった。
──────────────
「ムリャァァァァマァ…!?!?!?」
目覚めた瞬間に、僕が異世界生物みたいな変な声を出したのはうなされていたからではない。
確かに、先程の夢は異質というか、リアリティーがあって不安になったけれど……。
それだけで、こんな汚い悲鳴をあげて目覚めるわけがない。
「…………うわっ!?」とかいう悲鳴ならまだ分かる。うなされいたということはだいたい理解できる。
でも、さすがに「ムリャァァァァマァ…!?」はないだろ。
絶対、夢からの帰還で出せる声じゃない。これは外部的攻撃だな!?
僕はそのことを悲鳴をあげて1秒で気づいた。
「起きよォ~♪ 今日も朝が来ィたよ~♪
レッツゴー朝御飯。レッツゴー洗濯♪
目覚めよ目覚めよ旅人よ♪
今日もみんなの朝が来た。今日もみんなの夢が来た♪
世界は回る。くるくると♪
みんなが楽しいこの街へ~♪
大きなお空へ。ヒラヒラリンー♪」
謎の歌。謎の歌詞。
朝からこんな可愛らしい声で僕に歌を歌って起こしてくれるのは誰だ?
こんなきらきらとした声が出せる人物なんているのか?
しかし、妙だ。
つい最近までの起こし方と違う。
今までなら、何者かが僕の布団を前後に揺らしたり、殴ってきたりしたのだが……。やはり、今回は歌だけというのが珍しい。
起こす方法を変えてきたのだろうか?
「ううううッ…………なんだその歌は。そしてお前は?」
「オレはオレだ!!」
オレ?
一人称がオレなんて……誰だ?
新キャラか?
姉メイドちゃんではないのか?
よくわからないが、僕は目の前の女性に歌い起こされたようだ。
とりあえず、ベッドから起き上がる。
「よし、起きたな。怪我も治ったようだな。元気なようだ。さすがオレ」
僕が床の側に置いてあったスリッパを履く。
すると、女性は納得したように「うんうん」と頭を上げ下げして、心の中で自画自賛しているようだ。
そして、眠気眼でよく見てみると、そいつはマルバスであった。
「なんだあなたか。……ってマルバスゥゥ!?!?
なんであなたが僕の部屋に来て歌を歌っているんだ!?」
予想外!!
あのオレッ娘姫様が僕を起こしに来てくれたのだ。
そもそも、誰かが起こしに来てくれることが普通ではないのだが……。
今日はどうして彼女が起こしに来てくれたのだろう。いつもは姉メイドちゃんが僕を殴ったり蹴ったりして無理やり起こしてくるのに……。
「あれ? 今日は姉メイドちゃんはいないんですか?」
「ああ、姉メイドならそこで睨んできているぞ?」
そう言って、マルバスは部屋の入り口の方向を指差す。マルバスが指差す先には柱の影でひっそりと隠れながら、こちらを睨んできている姉メイド。
「『さっきも起こし当番を変わって!!』と頼んだら『ストレス発散出来ないじゃないですか!!』って言いながらムスーと頬を膨らましてたんだよ。しかも朝起こし係はボーナスが出るらしいんだ。だから、なかなか代わろうとはしてくれなかったんだけど」
なるほど、なかなか代わろうとしない姉メイドの起こし係権利を勝ち取ったというわけか。“自分の権力”を使って……。
というか、“ストレス発散”と“ボーナス”のためだけに僕は毎朝姉メイドに叩き起こされたのか!?
「あっ!!
…………ちなみに朝起こし係のボーナスはいくらなんですか?」
「それはな。まぁ、ボーナスが貰える時は父上達がエリゴルに緊急の用がある場合だけなんだがな。……って言うわけないだろ!!
金額なんてオレの口からは言えない」
教えてくれなかった。
マルバスでも口からは言えない金額とはいくらくらいなのだろうか?
僕を起こしに来るだけでいったいいくら貰えるのだろうか。
「…………ん?」
しかし、ここで疑問が1つ思い浮かんできた。
姉メイドちゃんが僕を起こしに来た回数はヴィネさんに呼び出された日よりも多かった気がするのだ。
あの(ヴィネさんが買ってきた分だけの)猪鍋パーティーの夜から数日間。姉メイドは今日までかかさず僕を起こしに来てくれた。
毎朝、僕を殴る・蹴る・叩く・踏む・関節技を決めるなど色々な方法で僕を起こしてくれた。
姉メイドちゃんはストレス発散が理由だと言うけれど、メイド業ってなかなか大変なのだろうか?
話がずれた。
もうボーナスの話は忘れよう。
「そういえば、ヴィネさんが僕に用がある日にボーナスが貰えるなら、僕に用があるんですよね?」
「ああ? あっ!!
そうだ。そうだ。用があるんだった。
いや、用があるのは父上じゃないんだ。オレがエリゴルに用があるんだよ」
まさか、この前のことだろうか?
マルバスと最後に出会ったのは、あの亥と戦った日。
亥と相討ちになって倒れた僕が次に目が覚めたのはこの部屋。
つまり、僕は足と胸に怪我をおったマルバスに担がれて禁忌の森を脱出したということになる。
重傷者に怪我人が運ばれた。
────いや、しかし言い訳を言わねばならない。
包帯を巻かれて動きにくい状態でベッドに寝かせられていたのが6日前。
そこからこの国の治療方法などを受けていき、奇跡的に完治したのが昨日。
魔法みたいにすばやく僕の体を治してくれなければ今も寝ている状態なのだ。
よって、僕はマルバスに謝罪に行くことが出来なかった。
マルバスが生きていることは姉メイドちゃんから聞いてはいたが……。完治してから謝罪に行こうと考えたのだ。
完治する前に怪我が治っていない状態でキユリーと街に繰り出して遊びにいったのは誰にも言えない内緒話。
まさか、マルバスはその事で怒っているのだろうか?
「用ってなっ…なんですか……?」
「何を脅えているのさ?」
「じゃあ、なんなんですか?」
「それはね~……エリゴル!!」
「はい!!」
突然、点呼を取るようにして僕の名前を呼ばれたので思わず大きな声で返事をしてしまう。
すると、そんな僕の姿を見てマルバスは「クスッ」と笑うとそのまま僕への用について話し始めた。
「オレと……その…………一緒に旅行へ行かないかい?」
旅行?
いっしょに……って誰と誰が?
まさか僕とマルバスがか?
「マルバスと旅行へ行く?」
「そう、オレと旅行だ」
「僕はマルバスと旅行へ行くの?」
「そう、いっしょに旅行へ行くんだ」
「僕行くの旅行へマルバスと?」
「ああ、旅行だよ」
本当にマルバスと旅行に行けるのか。僕は嬉しかった。
はぁ~マルバスと2人きりで旅行か~。
絶対最高の旅行になるだろう。
「もッ、もちろん2人きりなんですよね?」
「いや?
バティンも連れていくよ?」
残念。最悪の旅行になっちゃった。
バティンはマルバスの妹である。
中性的な見た目の女性で、マルバスを人質に取られていたからという理由では収まらないほどに僕を嫌っていた。
「ああ……バティン来るんですか?
そっか……来るんだ」
「あっ、ちなみに言っておくけど。拒否権はないぞ?」
拒否権はないだって?
そんな脅しが通用する僕ではない。即お断……。
バティンとマルバスの兄妹水入らずの旅行に参加するべきなのか?と思ってしまう。
だが、マルバスの放った一言で僕の判断は一瞬のうちに決められてしまった。
「もしエリゴルが国主一族の命令を遂げられない、命令を拒否する場合は即排除要請が発動されるよ」
「えっ? 即排除要請……?
それっていったい?」
「罪人のままお前は死ぬってことだよ。我ら一族の手によって直々にね」
どうやら僕の罪はまだまだ許されておらず、どう転んでも罪人のままだったという事である。




