21①・『キュリオテテス・ヘブン』+帝王バラム 戦⑨
アンドロ・マリウスはマルコシアスの命がけの手助けによって、帝王の魔の手から逃れた。
帝王は、マルコシアスの能力によって動きが鈍くなっている。
「…………さすがだな。マルコシアス……敵となれば恐ろしい男よ」
だが、帝王にのしかかっていた罪悪感の重さも、マルコシアスが亡くなってしまうと解除される。
こうして、この場にはアンドロ・マリウスと2人の帝王が残された。
アンドロ・マリウスは、もう動かなくなったマルコシアスを見つめる。そして、彼女は投げかける。敵であり味方でもあり敵になった男へ最後の言葉を送る。
「マルコシアス……私はあまり貴方の事を知らない。
貴方は裏切って味方になって裏切って。そして最期に味方になってくれたけど。私は、あなたの罪を許す気はない。あなたの罪は一生あなたの物だ。
でも、ありがとう。あなたの命がけの伝言。無駄にはしない」
そして、再びアンドロ・マリウスは帝王を睨む。2人の帝王時間軸が違う2人の同一人物。
だが、1つ例外があるとすれば、それは聖剣を扱うかどうかだ。
つまり、アンドロ・マリウスが討つべき帝王はただ1人。
「時間を操る力!!
その正体がわかった今!!
到達者となっている私は超えてみせる!!」
アンドロ・マリウスは真正面から帝王を攻撃するつもりのようだ。
彼女はまっさきに帝王に向かってくる。まるで猪突猛進のように一直線に突っ切ろうとしている。
帝王にとってその動きは幼稚すぎるも同然。考え無しの行動とも言える。
「何を言ってるのかわからんな。時を征する余にどう対抗する気だ?
やってみるがいい!!
その努力は無意味となる。貴様はただマルコシアスの情報を活かせぬまま死ぬのだ!!
『キュリオテテス・ヘブン』」
そして、帝王の能力によって時は支配された。
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『キュリオテテス・ヘブン』。
それは時計の付喪人の能力者である帝王だけが入れる空間。全ての時間軸が同時に行われる空間。外との時は遮断され、帝王の許可なく解除されることはない。
そこは、過去と現在が交差する時の世界。
タイムスリップすることさえ可能である。
この世界では、帝王以外の時は止まっている。ここは外の時間とは違う空間だ。
故に帝王だけが自由自在に動くことができる。
それを利用して、瞬間移動や無敵回避を装うことも可能だったのだ。
これまで、帝王はあらゆる攻撃をこの空間に避難することで避けてきた。
爆弾も剣撃も銃弾も……。この空間には連れ込むことができない。
つまり、帝王だけの無敵の空間なのだ。
「3日前の帝王よ……見ろ。こいつ、何も考えていない。突っ切ろうとしているだけだ」
帝王の視線の先には、アンドロ・マリウスがいる。時が止まっている空間で、動けないアンドロ・マリウスがいる。彼女はただまっすぐに帝王に向かってきているだけだ。
「我が妹がここまでだったとは……。3日後に期待する余の身にもなってくれ。
責任を取り、今の余が殺るのだ」
「ほぉ、いいのか? 譲るのか? 貴様もこの時を待っていたのだろう?」
「余は3日前の存在だ。いずれ元に帰る。故にトドメは譲ってやる。余は自分の時間軸でケリをつけるつもりなのだ。
─────それに、貴様の方が成功確率が高い。余はまだ契約を出来ていないからな」
「それもそうか。良かろう。見ているがいい3日前の余よ。これが貴様が経験する未来だ!!
勝利への頂に登る余の姿を、元の時間軸に戻っても記憶し続けるのだ」
時を操る空間の欠点は1つだけ。その空間では攻撃を行うことができない。時が止まっている空間では、変化が起こることはない。帝王以外の時が止まっているので、そのままなのだ。
敵に攻撃を行うには、一瞬でも空間を解除しなければならない。
だからこそ、帝王は一瞬だけ能力を解除したのだ。
〜〜〜〜〜
帝王の持つ聖剣の刃がアンドロ・マリウスの体を両断しようとする。背後から斬り殺そうとする。
だが、アンドロ・マリウスは感じ取っていた。背後に回った帝王の動きを把握していた。
彼女の視線が帝王に向けられる。
「(こいつ、動きを。あの空間は知らぬはずなのに。移動を理解している。
いや、違う!! こいつ!!)」
帝王はアンドロ・マリウスではない別の方を見る。帝王は気づいたのだ。アンドロ・マリウスは既に仕掛けていたということに。
「(こいつ、余を見ていない。見ているのはその先であり、その上!!)」
そして、その目に映ったのは3日前の帝王の胸部に小型の小刀が1本だけ突き刺さっていることだ。
「バカッッッな!?!?」
帝王は思わず、聖剣を振るう手を止めてしまう。3日前の自分の胸部に小刀が突き刺さっているのだ。3日前の自分が危機にひんしているのだ。
「───────簡単なことだよ。お前は必ず私を仕留めに来る。だから、私は別を狙うのよ。
あんたの空間は帝王しか動けない時の交差した世界。時を操る能力なら、時は止まっているはず。
なら、バレない。打ち上げた小刀なんて、油断しているお前らの目には映らない」
帝王が時を操る空間を呼び出す前に、アンドロ・マリウスは既に仕掛けていたのだ。
帝王に気づかれないように、小刀を空中に投げていたのだ。自分が帝王に向かって考えなしに猪突猛進したのはフェイク。
真の理由は3日前の帝王=もう一人の帝王を狙うこと。
「まさか、適中するとは予想外だったけどな。
だが、これで私は過去のお前を殺す。そうすれば、歴史は変わる!! 過去のお前ごと未来のお前も死ぬ!!」
アンドロ・マリウスは帝王の手が止まってしまうと、すぐに彼女から遠ざかった。
アンドロ・マリウスの目的は、3日前の帝王を殺すことで、運命のズレを生じらせることだった。
3日前の帝王を殺せば、今いる帝王は死んでいるということになる。
つまり、載冠の儀も起こらないことになる。
「我が妹のくせに…………」
それは、帝王にとっては非常に厄介なことだった。ここで3日前の自分を見捨てれば、ほんとうに運命が変わる。
自分を見捨ててアンドロ・マリウスを始末しに向かうことは、やってはいけない選択肢なのだ。
「たった一度きりの『キュリオテテス・ヘブン』対策。特と焦りな!!」
アンドロ・マリウスはそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。初めて一歩前進できた気分をアンドロ・マリウスは喜んでいるのだ。
だが、肝心の帝王はあまり焦っていない様子だ。
帝王は、3日前の帝王に近づくために歩いている。走って焦ってはいない。冷静に、3日前の帝王を見つめている。
そして、帝王が3日前の帝王に触れると、傷口が巻き戻しを行うように消えていった。
「…………よくやった。3日前の余。傷は巻き戻してやろう。
あとは、元の時間に帰るがよい」
「なぁ、急に恐ろしくなったのか?
気にするな。油断が故のミスだ。油断しきった余が悪いのだ。まだ一人ではつらかろう?」
「いや、貴様は帰るのだ。
余は今、理解した。油断ではない。我が妹はあの一瞬だけでこの作戦を思いついたのだ。
これは、危うい。余の地位が危うい。
故に、余自らが乗り越えねばならぬのだ」
その顔には焦りと決意の念が込められている。3日前の帝王は知っている。こうなった自分は決して意見を曲げない。決心した自分は曲がらない。
「聖剣を手に焦ったか、聖剣に認められぬ余よ。その結果の未来は見えぬが、余にならやれるさ。
────まぁ、こういう時にアガレスがいれば未来を見れるのだがな。後で頼んでおこうか?」
「励ましはいらん。これは余の問題だ。これは貴様にもいずれ来る心境だ。故に、此度は余に譲れ。やはり、これは、余の進むべき障害だ。余には乗り越える必要がある」
「よかろう、未来の余よ。この時間より3日前の余は消えよう。だが、どうする気だ?
もう集団戦法は難しかろう?」
「言うておるだろう? 余だけでいい。いささか、慢心しすぎていた。遊びすぎていた。敵は呪いの消えた我が妹なのだ。
故に、故に。余が動く……!!
過去の貴様がいては余が危険なのだ」
「………… 」
帝王がそう言い放ったと同時に、3日前の帝王はこの時間軸から姿を消した。おそらく、元いた時間に帰っていったのだろう。
「これで、1対1ね」
アンドロ・マリウスはマルコシアスの残した剣を拾い上げて口を開いた。一方、3日前の自分を送り帰した帝王はアンドロ・マリウスの方を見る。
「そのとおりだな。我が妹よ……。姉妹2人きりで水入らず。気合を入れ直すにはちょうどいい、瞬間だ」




