16 ・青き短刀 尽未来際+アガレス 戦③
アガレスは信じられない光景を目にしている。
たしかに、この世には自分と似ている人間が3人いると言われている。だが、彼が目にしているのは似ているという物ではない。
本人だ。僕エリゴル・ヴァスターが彼の目の前に2人いるのだ。
「これは!? 私は幻覚を見せられているのか?
私はたしかに、今!! たった今!! 貴様を斬り殺したはずだ。なぜ生きている。なぜ増えている。
私はおかしくなったのか?」
アガレスは頭を抱えている。斬り殺したはずの男が複数いるのだ。それは驚く気持ちもわかるし、混乱するのも当たり前だろう。
「いや、そこで斬り殺されたのも僕だ……そして、僕も僕だしこっちも僕だ」
「これは真実なんだよ、アガレス。あんたが目に見えている者は真実なんだ」
「真実だと!? それなら、何度でも斬り殺してやるまでだ!!」
アガレスは再び僕に斬りかかってくる。もちろん僕もただでは死ぬつもりはない。
僕はアガレスの攻撃を青き短刀で防ごうと構える。だが、アガレスはその先をすでに未来視していた。僕がどう構えるかを未来視で予知していた。
「所詮、何も変わらんのだよ。未来は変えられない。運命に逆らうことなどできない!!」
アガレスの一撃。僕は青き短刀で防御することもできずに、斬り殺されてしまう。一直線に血が飛び散り、僕の体は倒れていく。
だが、その時。アガレスは奇妙な光景を見た。
倒れていく僕の体の背後から映し出された影。その影が分かれ、そしてさらに僕という肉体を作り出したのである。
これで生きている僕は4人になってしまったのだ。
「なにィィ!? どういうことだ。増えたぞ。肉体が増えた。さっきまで何の技もなかった奴がなぜ!?」
その最中、アガレスは奇妙な物を見た。増えた僕の身体に傷がある。そして、その傷はどれも同じ位置に付いている。その傷は青い短刀で突き刺された位置。
「(あれは……私が奴を突き刺した位置。まさか、あの青い短刀を突き刺した事でナニカが起こったのか!? だが、何が起きているんだ?)」
アガレスにはわからない。先程まで未来予知しかできなかった僕が、異能力を扱っている理由を……。
だが、それは僕にだってわからない。刺された瞬間に脳内にイメージとして浮かんできた。この現象が脳内で浮かんできたのだ。そして、あの時の僕はそれを実行できると確信した。
確信したことで実行できている。もちろん、その原理は僕にもわからない。だが、できるようになった理由なんてどうでもいい。
─────この技は、僕の技だ。
未来には分岐点がある。
何かを行ったことで未来が変わる。つまり、未来というのは無数に存在している。そして、今という時間も少しの変化で無数に存在している。
〇〇がある世界。〇〇をした世界。〇〇を考えた世界。
同じような世界でも、少しの違いだけで世界線は変わる。
───並行世界。そして並行世界の未来。
その平行世界の未来を僕はかき集めて1つの世界に固定している。
例えば、Aという結果に至るためにBをした僕とCをした僕がいるとする。
今、僕が行っている事はBとCを同時に行っているという事だ。
「全てが僕だ!! 殺されたのも今生きているのも。全部かけがえのない僕なんだ!!」
こうして、現れた僕は斬り殺されなかった並行世界の僕であり、このように斬り殺されなかった並行世界は数個ある。
今、斬り殺されたのは、斬り殺されるという“もしもの僕”である。
そういったもしもの未来をかき集めて、今、この世界に集結させているのだ。
「並行世界の未来を見る。そして、その未来をこちら側に引き寄せる。
それが全ての未来の果てへ向かう能力。
『青き短刀・尽未来際』。それがこの状態だ……」
これは全ての並行世界の未来の果て、そこへ向かうための能力。
だけど、代償として僕は身体を突き刺さなければならないらしい。
このまま能力を解除しないままでいると、出血多量で死ぬ可能性もあるのだ。つまり、こも能力を発揮している間は、僕が青き短刀に突き刺されている必要があるらしい。だから、僕は全ての並行世界の未来の果てに辿り着いて神になることはできない。
この能力には時間制限がある。
「あんたが諦めるのが先か。僕が限界を迎えるのが先か。気をつけな、もしもの僕はまだ増えるぞ。果たして、あんたは無限の分岐点を終わらせることができるかな?」
まるで分身の術。
今から無数の未来への並行世界の僕が、アガレスに立ち向かっていくのだ。
だが、その真実を目の当たりにして、アガレスは笑った。
「フッ、能力がデタラメだな。だが、それがいい。卑怯でもない。多勢に無勢など私には関係ない。私はそれがいいのだ。
誇るべきだ。お前はすでに私を超えている」
「そうか。それは嬉しいかもしれないな。気に入ってもらえてよかったよ」
「私はお前を認めよう、エリゴル・ヴァスター。
お前はすでに未来を見る力を極めていたのだな」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。ありがとう、アガレス」
「ああ、充実感を感じる。ありがとう、エリゴル・ヴァスター。お前のおかげで、私はこんなに心躍る時を過ごせるのだから!!
だが、全身全霊で我が全力を叩き込もう!!」
アガレスは心を躍らせていた。
戦闘技術も判断も未来視も、すべてを全力で叩き込んでも対等に戦える相手にひさしぶりに出会えたからだ。自分と同じ未来が見える能力を持っている相手。ベリアルとは違った強敵。
「さぁ、行くぞ。先立つなよ。若人よ!! しばし共に地獄へ行こうぞ!!」
「悪いが、その地獄。踏み越えて僕は先へ行く!!」
アガレスは再び剣を構えた。僕たちは青き短刀を握りしめて向かっていった。




