15 ・双眼鏡の付喪人+アガレス 戦②
遅れてしまい申し訳ございません
アガレスはたしかに僕への一撃をくらわせた。
アガレスは未来視ができる【双眼鏡の付喪人】の能力者である。
自分の好きな時に未来を見ることができる。だから、彼は僕を斬りながら見ていた。
僕が確実に死ぬのをその瞳で見ていた。
ただ、その未来を見たアガレスは心の底から安堵できる。そんな安らぎを抱くことはなかった。
「(私はたしかに斬り殺している。だが、なんだ? この気分は……)」
初めて同じような能力者に出会ったというのに、アガレスは虚しかった。
アガレスは好きなときに未来を見ることができる。それは戦闘でも同じだ。
今から戦う相手の勝敗も未来視は見せてくれる。相手の行動も戦術も奥の手も、未来視ならば見ることができる。
初めての戦での大将の首取り。歴戦の剣豪との一騎打ち。大軍を追い詰めた奇襲作戦。
彼の武功はつねに未来視とともに築き上げられてきた。
未来視を使わない理由などない。使わなければ、全力で相手と闘うことにはならない。未来視を使わない彼は実力を加減しているも同じ。
──手加減。それは命のやり取りでは相手への無礼に繋がる。
だが、彼が全身全霊で命のやり取りを行おうとすると、いつも未来視で圧倒してしまう。
だからこそ、彼はつまらなかった。彼が全力で自分を打ちのめしてくれる相手を捜していたからだ。
「(お前ならと思ったが。お前も未来は変えれなかったか)」
彼は死に場所を捜している。
自分には未来視があるというのに……。その能力は人を救うことができない。力はあるのに救えない。
そんな日々がずっと続いていた。
生まれ故郷が妖狐に滅ぼされた時の叫びも……。
実力で師匠を殺してしまうほどの力を振るってしまった時も……。
敵族との闘いで巻き込まれた初恋の相手からの遺言も……。
修行をしにきた弟子たちの死に様も……。
愛する妻の死に様も……。
彼はすでに先に見ていた。
ただし、いつでも未来を見れるのに、いつの未来かがわからない。
だから、彼は同じ人と二度別れてしまう。
変えられない運命。それを知りながら、彼は様々な人と関わってきた。出会った瞬間に相手の死に様を未来視したこともある。
しかし、そんな運命も仕方がないと思っていた。
だって、未来視で見る未来は変えることができない運命だから。
人はいつか死ぬ、それを自分が先に知る。ただ、それだけのことだからだ。
だが、いつまで経っても、自分が死ぬ未来は見れなかった。
「(また、私は別れを見ることになったんだな……)」
関わってきた人々の先立つ死に様を彼は何度も何度も見続けた。別れだけが彼の瞳に映っていた。
彼はそれが代償であると考えていた。
未来視の代償……大きな力の代償だ。
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大切な存在や知り合いが先立つ死を何度も経験した彼は、自分の終わりを望んでいた。
全力で戦って、武人として死にたい。この世への未練など当の昔に棄て去っている。
そう考えていた彼は全力を出せば、未来視で自分の勝利を知ってしまう。その物足りなさに悩んでいた。
数年前のある日、彼は出会った。つまらない日々の中で刺激を与えられる者と出会ったのだ。
それは、虹武将として戦果を上げ続けていた頃だ。
当時5歳だった『バラム・アーネモネ・レメゲト』が帝都内から誘拐される事件が起こった。
護衛の馬車が襲撃を受けてしまい、帝都内から誘拐されてしまったのだ。
敵賊は護衛の馬車を爆破し、さらにカモフラージュとして東の町に火を放った。【ショウセツの大火】という事件。
その事件中で、敵賊の最後の1人として現れたのが最強最煌の武将『ベリアル ・ウムブラ ・サターナ ・マガツヒ』。今の虹武将“黄”である。
その当時は敵賊の雇われ用心として、帝国と敵対したベリアル。
バラムを人質にして、ベリアルはアガレスとの一騎打ちを望んでいたのだ。
もちろん、国家を揺るがす大罪だ。だからこそ、アガレスはベリアルを斬り捨てるために戦いを挑んだのだが…………。
未来視で倒せる未来を見ることができなかった。攻撃が通用しなかった。まるで見えない壁があるかのように、刃が届かなかった。
───その時、彼は心の底から充実感を感じた。初めての接戦、命の危機を彼は喜んだ。そして、ここで終わらせたくないと感じた。
「勿体ない。なぁ、私と来い。私なら貴様と対等になれる存在を見つけることができる。貴様の望みを叶えてやれる。私の未来視ならば!!!!」
アガレスとの取り引きに乗ったベリアルは虹武将として帝都に残る存在となったのだ。
それからというもの、アガレスの心のなかで何かが外れた。ベリアルという自分と対等な存在を見つけたのだ。見つけたからには、この世には自分を終わらせてくれる人はまだいるかもしれない。
いや、生み出せばいいのだ。
そう考えた彼は虹武将を目指す者たちに地獄の修行を与えた。
僕が受けたベリアルの地獄の修行と同じ内容だが、期間が1年と長い。さらに、僕のときとは違い、ベリアルの補助もない。死ぬほどの修行で死なないように調整されていた僕の修行とは違う。
つまり、僕の時よりも死ぬほどの負担が大きい。
もちろん、挫折する者や修行の中で死んでしまう者も多かった。
ただし、その修行を乗り越える者もいた。それでも、虹武将として生き残れた者は少なかった。
それでも彼はベリアルのようなアガレスに殺される未来が見えない者を生み出そうとしていた。
もうやめられなかった。いつか自分が死ぬ未来を見れるために……。
武人として全力を尽くしてその生涯を終えられるように……。
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そして、ひさびさに彼は出会ったのだ。同じく未来を見ることができる男にようやく出会ったのだ。
だからこそ、彼は期待していた。自分の死に近づけると思っていた。
だが、結果は僕が斬り殺されている未来だ。
「私は武人として、終わりたかったんだ……」
アガレスは動かなくなった僕の肉体に向けて語る。
「この力は運命を変えられない。恋人も師匠も仲間も妻も、知っていたのに救えなかった。だから、もう……。私にはこの世への未練がないのだ」
僕の体から血が流れ出ていく。アガレスはその死体に追い打ちをかけるかのように剣を突き刺した。
「貴様は聞いたな?
どう思うか?だったか。
この力は何も悪くない。私に人の心があるのが間違いだったのだ。不満など微塵もないさ。そういう物だと知っているからな」
未来を見る力は素晴らしい力だ。アガレス自身その力を役立てることはできていた。
だから、未来視に不満などない。
「───嘘だな」
アガレスに誰かが声をかける。
「責任とか代償とかじゃなくて。もう認めてやれよ」「それも本心なんだろうけど。その顔が語ってるぞ」
その声の人物を見た時、アガレスは夢を見ているのかと思わされていた。
─────その声の人物は“2人の僕”だったからだ。




