13 ③・正直者は損をする+蝕の集合体への対処
アンドロ・マリウスが元に戻った。
自身の中で蠢いていた呪いをすべて吐き出し、今まで背負っていた怨念から解放された。
「…………よかった」
マルバスが僕らを出迎えてくれている。
マルコシアスの簡易呑天結界から無事に帰還した僕らにマルバスは安心した瞳を向けてくれた。
だが、今の彼女は暴走アンドロ・マリウスとの闘いで体力の限界を超えている。今にも意識を失いそうなくらい体力を消耗している様子だ。
「マルバス!! 大丈夫? 怪我はない?」
僕は、衰弱したアンドロ・マリウスをマルコシアスに預けて、マルバスのもとへ向かう。
横たわっているマルバスの背を支えて、僕は彼女の手を握った。
「怪我はねぇよ。オレはそう簡単には死なないからね。それより、オレの命令を無視したな。
わかってるか。オレの、ゴエティーア家の命令に逆らったんだ。悲しいよ」
僕が国主一族の命令を遂げられない、命令を拒否する場合は即排除要請が発動される。
それは、僕が罪人だからだ。死刑になる代わりに罪人としてゴエティーア家に従う。
【アナクフス】という国を訪れる前に、そのことを聞かされた。
でも、今回はそれを破った。命令を破った。
「わかってるよ。僕はそういう身分だ。処刑してくれても構わない。だけど、せめてアンドロ・マリウスを城から逃すまで待っ……」
「ああ、でも、ちょっと疲れちゃった。体力があれば、お前を処刑できたんだがな……。だから、今回だけは、見逃しといてやる……よ………………」
マルバスからの反応が途切れる。
「マルバス? なぁ、マルバス?」
彼女を揺すっても反応がない。でも、息はしている。疲れて気を失ったように眠っているのだろうか。
とりあえず、また彼女への恩を作ってしまった。これじゃあ、恩を返しきるのに10年あっても足りないかもしれない。
「帰ったら、どうやって恩を返そう……」
僕は眠ったマルバスを抱きかかえると、そのまま壁の方へと移動し、彼女の体を壁にもたれかけさせる。そのままに床に寝させておくわけにもいかないからだ。
「こりゃ、スターちゃんやバティンがいたら怒られるな。でも、今はこれで我慢してて」
そして、壁にもたれかかっている彼女に、僕の上着を毛布代わりにしてかけてあげた。
僕の来ていた上着だけど、体を冷やされるよりはマシだろう。
ほんとうは、今すぐにでも彼女と仲間を連れて帰るべきなのだろうけど。
「ありがとう。マルコシアス。待っててくれて」
僕にはまだやるべきことがある。
マルコシアスとの共闘はこれにて終了。
マルコシアスは今までどおりの敵に戻る。
「これは困ったな。僕の側にはお嬢様。目の前にはエリゴル君とモルカナの後継者。
こんな子供たちを相手にしないといけないなんて」
正直者のマルコシアスが言うなら、それも本心なのだろう。すでに彼は剣を手に握っている。
そして、彼から一番近い位置にいるアンドロ・マリウスはこの状況を理解するのに時間がかかっているらしい。
とりあえず、アンドロ・マリウスにはマルコシアスが敵だということを伝えないといけない。
「…………アンドロ・マリウス。起きて早々ごめんね。とりあえず自分の身は自分で守って」
「ごめんなさい。また、私のせいで迷惑を」
彼女は申し訳なさそうに俯いている。そういえば、彼女は今、武器を持っていない。
「そういえば、しまった!?」
これまでは自身の怨念の形を武器として作り上げていたのだ。だが、今はもう彼女の中に呪いも怨念もない。
つまり、彼女は丸腰の状態だ。これではマルコシアスに殺されてしまう。
だけど、僕だって守りながら戦えるわけがない。相手は虹武将。修行をして強くなっても、彼女を守りながらなんて勝てるわけがない。
「心が痛むよ。でも、君たちは反逆者。帝国の敵だからね。対処するしかないんだ」
マルコシアスはゆっくりと僕の方へ歩いてくる。
最初の標的は僕なのだろう。僕も青い短刀を握りしめて、いつでも防げるように構える。
「エリゴル君、知ってるね。僕の能力は君にも見せたね。罪悪感に体が押し潰される、それが僕の付喪人の能力だ。
だけど、それは使わない。せめてもの、慈悲だよ。僕がこの手で切り捨てる…………」
マルコシアスが向かってくる。その表情に悲しみなどはない。その表情から感じるのは躊躇なき冷静さだった。
きっと彼が付喪人の能力を使わないというのは本当なのだろう。それは、正直ありがたい。
だが、剣術で勝てる相手ではないことくらい僕も知っている。
僕が対処するには、未来を予知して、行動するしか……。
「ごめんね、エリゴル君!!」
未来を見せてくれ。左目を疼いてくれ。
このままじゃ、僕はマルコシアスに切り殺されてしまう。
だが、マルコシアスの手が止まる。
「────」
アンドロ・マリウスの声が彼の動きを止めたのだ。
「何かな? お嬢様。君には帝王様から直々にトドメを頂くんだけど」
マルコシアスは振り返ってアンドロ・マリウスに尋ねる。
アンドロ・マリウスは武器もないのにどうするつもりなのだろう?
僕を助けようとしてくれているのだろうか。きっと、なにか作戦があるのだろう。
彼女は一か八かという覚悟で、マルコシアスに発言しようとしている。
「もう一度言うわ、マルコシアス」
アンドロ・マリウスは再び彼に向かって、とある質問を言い放った。
「あなたは帝王の能力の秘密を知っているの?」
「…………あーー。ふむ。やっぱりか」
マルコシアスは僕から離れるようにアンドロ・マリウスの方へと歩いていく。
僕にトドメをささない。彼は僕の始末よりもアンドロ・マリウスからの質問を優先したのだ。
「やられたね……お嬢様。僕の負けだね。ああ、それが一番のベストだと思うよ」
「いいから、質問に答えなさい。マルコシアス!!」
「わかってる。でも、少しだけ時間をくれないかい?
躊躇もせずにエリゴル君を斬り殺そうとしたのは悪かった。数日の間だけど、過ごした仲だもんね。僕だって感謝してるんだ」
「いいえ、マルコシアス。私はすぐにあなたの返答を期待しているの。知っているんでしょ?」
「そうかい。残念だ。だけど、わかったよ。
────僕は知っている。帝王様の能力の秘密。付喪人の能力と十二死の能力の秘密をね」
マルコシアスは口にしてしまった。その反応でようやく理解できた。彼は負けを認めた理由を僕は理解した。
彼は正直者だ。彼は嘘をつけない呪いにかかっている。だから、彼は正直者のマルコシアスという二つ名を持っているのだ。
そして、今、マルコシアスは帝王の秘密を口にした。
「その能力はいったい何? 言えるよね?」
アンドロ・マリウスはさらにマルコシアスへの質問を投げかける。
だが、それを口にしてしまえば、マルコシアスは帝王を裏切ることになる。
しかし、彼は嘘をつけない。
だから、彼は負けを認めたのだ。
自分の虹武将として帝王に仕え続けることへの負けを……。
「ああ、言えるとも。僕は知っている。昔、誰かから聞いたことがある。
帝王の能力……それは最強の能力だよ。僕らでも勝てない。ベリアル級の次元の違う能力だ……」
「さぁ、早く言って!! 帝王の能力を詳しく言えないの?」
ついにマルコシアスから帝王の秘密が明かされる。
「帝王の能力は…………」
〜〜〜〜〜〜
マルコシアスが消えた。
彼が帝王の秘密を口にする前に、彼の姿が消えた。
僕らの目には彼が突然目の前から消えたように見えていた。
「消えた!? あいつはどこだ!?」
「私は見てない。マルコシアスが移動したのを見ていない!!」
敵の攻撃だろうか?
僕とアンドロ・マリウスは周囲を見渡す。しかし、敵の姿はない。どうやらマルバスも無事だ。
マルコシアスは僕らを始末することもなく逃げてしまったのだろうか?
「いったい、何がどうなっ……!?」
その時、目に映る。
恐ろしさで心臓の音が大きく脈打つ。ドッドッドとそれを見た時から、僕の心臓は恐怖で動いている。
「そんな、なんてこと……」
どうやらアンドロ・マリウスも理解したらしい。
マルコシアスは逃げていない。マルコシアスは連れ去られたのだ。
彼は声をあげる暇もなく消えてしまった。おそらく、助けられたわけでもない。
彼は始末されたのだ。帝王の秘密をしゃべらないように、口封じのために。
「「これは…………!?」」
床には一直線に血が続いている。大廊下の奥の方までビッチャリと血が続いている。
───それは、まるで血のレッドカーペット。
マルコシアスの体から流れ出た血のカーペットが、次に僕らが進むべき道筋を案内してくれているのだ。




