9①・遭難です+亥 戦②
禁忌の森。
一度入ったら遭難してしまい出られなくなると言われている立ち入り禁止の森。森の木々が動く森。
そこに入った者は遭難して一生森の中で過ごさなければならないと言われていたり、無数の怪物に食い殺されると言われていたりする。
しかし、例えその森から運良く出られてとしても、待っているのは裁判。
禁止の森に影響を受けたり与えたりすると死罪。それ以外は有罪となるA級裁判が行われる。
そんな誰も関わりたくないであろう森に僕も行ったことがある。
何も知らずに入っていって、ひどい目にあわされて、逃げ帰ってからもひどい目にあわされた。
そんな僕が今、再び禁忌の森に足を踏み入れているのである。もう2度と入りたくもなかった禁忌の森に……。
【これより回想シーン】
「今夜は猪鍋にしようか」
A級裁判と釘野郎襲撃があった翌日。
濃い1日を過ごした次の日。つまり、今日の朝。
ヴィネ・ゴエティーアが突然僕を自室に呼び出して、こう告げてきた。
「そんな呑気な……。マルバスを助けに行かなきゃダメじゃないですか?」
マルバスが人質に取られていると分かったのが昨日の釘野郎による発言からである。
マルバスはヴィネの娘であり、この国のお姫様。その彼女が誘拐されたというのに、のんきに猪鍋を楽しめる心を僕は持ち合わせていない。
しかし、ヴィネは「まぁまぁ」と僕を宥めつつ、口を開く。
「なんとかなるさ。心配ないない。それより今夜豪華な食事にしたくてね。そこで君に猪でも1頭狩ってきてほしいんだよよ」
「いや、だから……」
「ふーん。拒否するのかい?
罪人の君が……国主である私の御願いを断ってしまうのかい?」
ヴィネさんに脅された。彼は罪人である僕を脅してきた。「逆らえば、どうなるか分かっているんだろう?」とでも言うように、ヴィネさんはその視線と発言で僕を脅してくる。
これにはどう言っても逆らえない。
「…………分かりましたよ。ですが、僕は猪なんて買って来たことがないですよ」
「ああ、心配ないよよ。ダメだったとしても猪肉は手に入るからね。ただ、お肉が足りなかった時に困るという理由で君に御願いをしているのさ☆」
ヴィネさんは最後にウインクを付け加え、僕の不安を失くすようにして言う。
猪肉が足りなくなったときの補充として僕に猪狩りを頼んだのか。まるでパシリみたいな扱いだ。罪人なのに……。
はぁ…………めんどくさい。
僕はため息をつきつつ、ヴィネさんの自室を出ていこうと立ち上がる。
今夜の夕飯が猪鍋ということは今からでも動かなければ間に合わない。
速く猪肉を町の市場にでも行って手に入れてこなければいけないのだ。
僕はその場で自分のポケットから財布を取り出して、所持金を確認する。
宣教師として教えを広めながら、いろんなお店でバイトして稼いだ所持金達だ。
ここから貯金を下ろすのは、少々痛手だが国主の命令には従わなければいけない。
そう思いながら、買い出しに行くために部屋から出ようとすると、ヴィネさんは付け加えるようにしてこう告げてきた。
「ああ、今回は特別だからね」
特別……?
何が特別なのだろう。
猪肉が特別な物でないとダメだということだろうか。ブランド品とかじゃないといけないのだろうか。
もし、そうだとしたら僕の所持金で買える金額なのかが不安だ。
僕の所持金はリンゴが3つ買えるくらいしか残っていない。
マルバスとヴィネさんと僕の分の3つのリンゴしか買えない。
それなのに、ただの猪肉ではなく高級品の猪肉を要求されては僕も困ってしまう。
さすがのパシリでも悩んでしまう。
「あの…………費用はどこから落ちますか?」
せめて、自腹で払わせるのは勘弁してください。
そう思いながら、僕はヴィネさんに尋ねた。
すると、ヴィネさんから帰ってきた返事は僕が予想していたものとは違っていた。
「ん?
もしかして勘違いをしているのかな?
君が“狩”ってくるんだよ。私はさっきから『狩ってきて』と御願いしているのに、君が脳内で変換しちゃ困るな~。
禁忌の森にならいるだろうから、狩ってきて!!」
どうやら僕は間違えていたようだ。
“狩ってきて”を“買ってきて”と間違えて聞いていたようだ。
僕は猪を狩ったこともない素人なのに、ヴィネさんは要求してきたのか。
冗談じゃない。素人が1頭の猪を狩れるわけがない。
───それにちょっと待て……。僕はヴィネさんの発言から嫌な単語が聞こえた気がして、彼の発言を再び思い出す。
「禁忌の森にならいるだろうから、狩って来て!!」
彼は最後にそう言った。
禁忌の森……?
禁忌の森って僕がさんざんひどい目にあわされて、今の状況の原因となった場所だ。
その場所に僕が再び行かなければいけないのか!?
【回想終わり】
……という訳で僕は禁忌の森に猪狩りにやって来た。
前回のように誘拐されたシトリーを助けにいくわけではない。
今回の任務は猪肉を手に入れることだ。
「はぁ……来たくなかったんだけどな」
本当は禁忌の森へ行くと言っておきながら、脱走することも出来たのだろう。
今の僕は監視対象。少しでも問題を起こせば即死罪という保険つき。
普通、禁忌の森に迷いこんで帰ってきたA級犯罪者は城の地下牢で監禁されるらしいが……。
僕はお城の一室に僕専用の部屋を頂いて、監視状態という待遇を受けている。
じつは、こんなA級犯罪者は珍しいらしい。
今朝、姉メイドちゃんがそう言っていた。
「姉メイドちゃん……。この前の拉致方法についてまったく反省していなかったしな。謝ってほしかったんだけどな~」
僕は人間関係に恵まれていないのかもしれない。
唯一、この国の素晴らしい友人として上がるのがキユリーしかいない。性別不明の人力車屋さんであるキユリー。
あいつ、なにもしなくても僕からの信頼度が上がっていくんじゃないか。
オレッ娘お姫様で僕のことをビンタしてきたマルバス。
助けたのに翌日には行方不明になって僕の前から姿を消したシトリー。
バティンの命令だからといってバットでおもいっきり殴ってきた姉メイドちゃん。
理由があってもなくても僕を嫌っているバティン。
上に同じ、家老であるハルファス。
そして、僕を殴ってペロペロと鼻血を舐めていたヴィネさん。
こんな人物たちに囲まれて生活をするので、1位であるキユリーの素晴らしさが際立って見える。ちなみにマルバスは2位、シトリーは3位だ。
マルバスが2位の理由はその…………一目。
シトリーが3位の理由は保護欲を掻き立てられるからだ。
ああ、一人っきりなので、キユリーのことばかり考えてしまう。
キユリーにまた会いたい。昨日会ったばかりだが、お礼を言いたい。キユリーの性別を確かめたーい。キユリーの衣服を無理やり引き剥がして、帯回しみたいな遊びがしたーい。
どっちだ。男か。女か。
肉体の性別はどっちなんだキユリー。
脱がせろ!!
見させろ!!
確認させろ!!
「…………おっと、危ない。心の声を叫びそうだったぜ。大声でも出して猪が逃げてしまったら最悪だからな」
急に現実に帰ってくる僕。
はて? いったいどこで猪狩りからキユリーへと路線変更してしまったのだっけ。
キユリーのことばかり考えてしまうなんて、僕はどうしてしまったのだ。疲れているのだろうか?
【今回の成果】
・ヴィネに狩りを頼まれたから禁忌の森へ行ったよ




