1 ・強靭な戦士の作り方+昔々の帝国のお話
────昔、昔。
少女は祝福されて産まれてきた。
帝国のお嬢様として何不自由なく幼少期を過ごしてきた。
誰もが彼女を支持し、彼女は人々を愛していた。
当時、戦が蔓延る世の中でも彼女は日々が楽しく、まるで生まれながらにして天国を味わっている気分であった。
「ねぇーアガレス。見て、四つ葉よ!!」
当時、6歳だった『バラム・アーネモネ・レメゲト』も元気に健やかに日々を満喫していた。
「ええ、よく見つけましたね。さすが未来の帝王。その器に相応しいお方ですよ」
「うん、24個も見つけちゃった!!」
中庭にいるバラムとアガレスは、2人で仲良く四つ葉のクローバー集めの最中。
その様子を廊下からチラ見する男が1人。
男は庭の様子を一瞬だけ見るつもりだったのだが、バラムに自分の視線を気づかれてしまったので、彼は仕方がなく笑顔で手を振る。
「─────やぁ、我が妹よ。今日も元気そうだね。よかったね」
「お兄様!! 聞いて聞いて。今日ね、今日ね」
庭と廊下とは少し距離が離れているのだが、それでも充分に届くような大きな声でバラムが話しかけてくる。
だが、バラムの兄はそんな彼女を見てニコリと笑いう。
「うん、後で聞いてあげるよ。我が妹」
そして、お父様(当時の帝王)の部屋に入っていく。
幼少期のバラムとしては、いつも彼女の用事を後回しにしてくる兄の気持ちがわからなかった。
「ちぇ、つまんない。あーあー、私にも妹がいればな〜」
当時のバラムは寂しかったのだ。
バラムの兄は、バラムのことを生まれて一度も名前を口にしたことがない。
バラムの兄は、バラムのことを生まれて一度も構ってあげたことがない。
父や兄でさえも、バラムのことを対等に接してくれている人がいない。
だからこそ、当時のバラムは妹か弟を欲していた。
──────────────
玉座の間。
そこにいたのはバラムの兄と当時の帝王のみ。
それ以外の人物は誰もおらず、2人だけの密会が開催されていた。
「我が息子よ。お前は帝王に相応しい器だ。技量も技も知恵も、お前は素晴らしい」
玉座に座った当時の帝王はバラムの兄を褒めている。
バラムの兄は将来帝王になるために幼少期から日々鍛錬を積んできたのだ。
あらゆる戦に勝利し、あらゆる争いをまとめ上げ、あらゆる知識を身に着けている。
民からも愛された将来有望な帝王の跡取りである。
「もったいなきお言葉です。帝王様」
「お父様、でいいのだぞ?」
「では、俺が次の帝王になってもよろしいのでしょう?」
だが、バラムの兄は野心家でもあった。
すぐにでも帝王になりたいと、父親の座を狙い続けているのである。
一方、父親としては、そんな息子のために今すぐにでも帝王の座を明け渡してあげたかった。
お互いがお互いにバラムの兄が帝王になるべきだと思っている。
しかし、当時の帝王には今すぐに帝王を決められない理由があった。
それは、伝統的な儀式が原因である。
「だから何度も言っておろう。それは、聖剣が決めることだ。次の載冠の儀まで誰が帝王になるかはわからん」
「何故なのですかお父様。何故、聖剣などに決めさせるのです。
お願いです。これを逃せば次は21年後なのです。俺だってそんなに待ってはいられない!!」
「それは全て昔から決められていた事。帝王の歴史なのだ。それを曲げる事はならぬ。たとえ、愛する我が息子でもそれだけはならぬのだ。伝統を守るために」
「歴史、伝統と話にならない。
帝王様、俺は帝王に相応しいのです。
俺は歴代の帝王の中でも、上位に立てる程の逸材。もしも帝王になれなければ俺は……」
いつもだ。2人の会話はいつもこうして争いになって終わる。
今すぐにでも帝王になりたいと焦っているバラムの兄。
息子を帝王にさせたいが伝統を守らなければならないと葛藤する父親。
その2つの想いがぶつかることで、親子の会談は終わっていたのだ。
しかし、此度は違った。当時の帝王が話題を無理やり変えたのである。
「ふぅむ……これ以上の議論は何も生まぬ。本題に入ろう。着いてこい。お前に見せたい物がある」
当時の帝王は息子に見せたい物があるそうで、彼は玉座から立ち上がったのだ。
玉座の間から出た2人は、城内の地下通路を通っている。
蝋燭の光だけを頼りに、当時の帝王とバラムの兄は歩き続けていた。
「どこへ行くのですか。帝王様。この城の地下に何があるのです」
「いいか? 黙っていろ」
そうこう言っているうちに、バラムの兄の側には巨大な扉が現れる。
天井まで届きそうな程の鉄の扉。とても人一人では開けそうにない鉄の塊だ。
「この扉は!?」
バラムの兄は扉を見上げながら父親に尋ねるが、どうやら父親の目的地はここではないようだった。
「そこは違う。そこは帝王以外入ってはいけない部屋だ。この国の禁忌とされていた歴史が封印されている」
「この扉の奥に……?」
バラムの兄は緊張で唾を飲み込む。
この扉の向こうに何かがある……。
禁忌とされるほどの何かが……。
「…………ッ」
「おい、絶対に触れるなよ。その扉は関係ない。ほら、ゆくぞ。目的地はまだ先だ」
父親に急かされて、仕方がなく扉の側を後にするバラムの兄。
彼としては、この扉の奥に眠っている歴史のことを気になっていたが、今は先を急ごうと、父親の後に着いていった。
しばらく歩いていくと、また頑丈な扉が佇んでいた。だが、この扉はまだ新しい素材でできている。
どうやら、ここが父親の連れてきたかった目的地らしい。
「よいか。我が息子よ。この先を見ても声を上げてはならぬぞ」
「はい……かしこまりました」
バラムの兄の返事を聞いた当時の帝王(父親)はゆっくりと、扉を開いた。
「これは…………人間!?!?」
「目をそらしてはいけない。これはお前のために用意したのだ」
バラムの兄が目にしたのは巨大な水槽のような機械の中に入れられた人間たち。
いや、人間のような形をした物体たちだった。
────大量の肉・細胞。
まるで暑い熱で溶けてしまった氷のように、不完全な人型たちが、水槽の中に浮いている。
それはまるで人体実験のための研究施設。
「あらゆる戦士、あらゆる勇者の器、あらゆる超能力者。みんな我が帝国に負けた敗者の成れの果てだよ」
当時の帝王(父親)は目の前の光景に何の感情も出さず語っている。
一方、バラムの兄は、父親が何らかの研究を容認している理由を少し引き気味で尋ねた。
「何をするのです。これはいったい何の研究を?」
「強き者たちの細胞の情報を受精卵に取り込ませる。そうすることで、お前のための強靭な戦士を作るのだよ」
「あらゆる才能や遺伝子を1つの生命にまとめ上げるのですか?」
「いいや、それだけではない。そうして出来上がった子の中から最も優れた逸材を選び出す蠱毒を行うのだよ」
その言葉を聞いた瞬間に、バラムの兄は空笑いを発した。
「お父様……なんという技術か。あなたは何故……」
自分の父親が、これから帝王になる自分のために、赤ちゃんの肉体をイジり、強靭な戦士を作ろうというのである。
しかも、素材にされているのはこれまでに自分が倒してきた捕虜たちだけでなく、当時の帝王時代の強戦士の姿もあった。
そんな素材たちを集めて、帝王に従う強靭な戦士を作っているのである。
いったい、このためにどれだけの命をもてあそんできたのだろう。
「───気に入らないかね?」
父親がバラムの兄に尋ねる。この研究を見てお前はどう思うか?
父親がバラムの兄に問いかけているのである。
非難するのか? 無理矢理にでも計画を止めるのか?
当時の帝王はバラムの兄の返事を待っている。
だが、バラムの兄の答えは最初から決まっていた。
「…………いいえ。最高です」
バラムの兄には父親を非難する感情はなかった。
むしろよくやってくれたと感謝の気持ちでいっぱいだったのだ。
当時の帝王は息子の反応に一安心。
「この実験で誕生した子はきっとお前のための戦士になる。帝国を導く道具になってくれる」
「……だめですよ。道具はいけない。名前をあげないと」
「それもそうだな……。仮にも我らの戦士だからな」
「では、お父様、この名はいかがです?
こいつには帝国の敵を罰する正義になってほしい。
だからこそ、この名を告げましょう。
その名は『アンドロ・マリウス』」




