8②・2分間大作戦+釘野郎 戦②
数秒後。
僕が釘野郎と攻防を繰り広げている最中、その時は来た。
その時間はほんの数秒間。その時間の間に判断する。今後の行動を判断する。
「クッ…………」
そして、どうするべきかは判断できた。
僕は今度は釘野郎との間に距離を取り始めるのである。
どんなに釘野郎が向かって来ようが逃げる。
逃げることだけを考えながら、走り回る。
その間も短刀を握りしめて、一応戦闘体勢にはしておくが……。自分から釘野郎に向かってはいかない。
その事が釘野郎には分からなかった。
「(あいつ、急に向かってこなくなったな。何かを待っているのか?)」
不審に思いながらも、釘野郎は僕に向かって襲いかかってきていた。
釘野郎がどんなに近づいて、刺し殺そうとしても僕は決して奴には近付かない。
逃げる。逃げる。逃げ回る。
「貴様、何をしている!!!
逃げているのか!!!」
ああ、そうだよ。釘野郎の言う通りだ。どんなに釘野郎を挑発するような形になっても、こればかりは仕方がない。
僕は逃げている。この時間が終わるまでこの行動を続けなければいけないからだ。
こうして、数分間の間。
僕は釘野郎を攻撃したり、逃げたりを繰り返す。
短刀を振って立ち向かったり……。
かと思ったら必死に逃げ回ったり……。
自信満々に攻めてきたと思えば、すぐに怖じけずいたように逃げている。
これをひたすら繰り返していた。
客観的に見たら僕の行動は異常かもしれない。
きっと釘野郎にも分からないだろう。
僕だけにしか出来ない作戦。釘野郎に勝てる僕が思い付いたとっておきの勝利法。
それこそ今、僕が行っている行動である。
「…………きっ貴様!!!!
俺をおちょくっているのか?
攻撃をし続けず、すぐに逃げ回る。
逃げ回わり続けず、すぐに攻めに入る。
そんな中途半端な戦法しか出来ないのなら、一生俺には勝てんぞ!!!」
僕が6週目の逃げを行っていた時。
ついに、釘野郎が叫んだ。
もう釘野郎の怒りは頂点に達していたのだろう。お互いに疲れきっている状況で釘野郎はついに叫んだ。
釘野郎いわく中途半端な戦法しかしてこない僕に、苛立ちを覚えていたのだろう。
すると、釘野郎はピョンとその場でジャンプをし、着地する寸前である。
釘野郎の両足に1本ずつ釘が生えてきたのだ。
そのままスケートの刃のようにバランスを取りながら、釘野郎は立っていた。
今までになかった展開。
両手両足に太い釘が生えている。まさに怪人みたいな姿であった。
「貴様は直接この姿を見てはいなかったな?
先程、被告席に釘を飛ばしていた時に、瞬間的に貴様襲いかかってこれた理由がこれだ。
両足釘を地面に打ち付ける反動で、俺は瞬間的な速さで移動することができた。
この意味が分かるか?」
「ああ、分かるよ。もう逃げられないってことだろ?」
僕はまっすぐに釘野郎を見つめる。
対極的な位置に立っている2人。
このまま、僕が逃げ回ったとしても、釘野郎からすればまっすぐに向かうだけなので簡単に殺せる。それほどの速さで移動ができる。
つまり、僕は絶対絶命の大ピンチ。
もう逃げ回ることも出来ない。
玉砕覚悟で釘野郎に向かって突進する以外に何も出来ないのである。
───それは釘野郎にも分かっていた。
僕がそうするしかないことなんて理解していた。
釘野郎の方が戦闘経験が豊富であり、対する僕は素人なのだから。
もうこれで僕にトドメを刺すことができるのはどう見ても明らかであった。
「……そういうことだ!!!!」
表情は分からないが、微笑んだように釘野郎は高揚とした声で語る。
そして、そのまま釘野郎は僕に向かって瞬間的な速さで移動してきたのである。
───だから、だからこそ、僕も走る。
一直線上に釘野郎めがけて走る。
捨て身の攻撃。逃げることが出来ないから玉砕覚悟の接近。
この闘い。圧倒的に勝敗は決していた。
それはお互いに理解している。
だからこそ、敵めがけて進むのだ。釘野郎も僕も……。
「「ウオオオオオオオオオ!!!!」」
────なぜなら、こんな圧倒的な形勢に立っている釘野郎でも……。
僕が“常に左目で見た二分後の未来”では僕によって討ち取られていたのだから。
僕は常に二分後の未来を左目で見ていた。
二分後に僕が生きているのを見たなら攻めに入り、二分後に僕が死んでいるのを見たなら逃げ回る。
その未来通りに進むか未来に抗うか。
それがこの“2分間大作戦”である。
しかし、それだけではない。それだけではチャンスを待つことしかできなかった。
だから、待ったのだ。僕が釘野郎を討ち取る未来を……。
そして、それが今。
2人の間の中間地点。釘野郎と僕とは一直線上。
その中間地点にあいつはいた。
あいつは死んではいなかった。釘野郎との闘いで傷をおっても、釘の嵐を受けても、あいつは死ななかった。
その事に移動中の釘野郎が気づいた時。
形勢は圧倒的勝利から一転、大逆転の形勢逆転へと変貌するのである。
シュジュパッ……!!
「……ハァ?」
僕に狙いを定めて、あいつを無視していた釘野郎に与えられる一撃。刀による一振り。
その一撃は釘野郎の左手釘と左手足釘だけではなく左腕・左足を一度に切断した。
そして、それに気づいた時に釘野郎はすぐに方向転換して逃げるべきだったのだ。
自分の左腕と左足を失ったと分かったときに、バティンと僕から逃げるべきだった。
だが、急には止まれない。
超スピードの動きは止められない。
向かっていく。短刀を構えた僕に誘われるように向かっていく。半身を失って体のバランスが崩れ、自然に自動的に向かっていく。
「きっ……!?」
釘野郎の断末魔は聞こえない。
左腕・左足が地面に落ちるよりも速く、釘野郎の首に短刀が突き刺さったのだ。
僕はただ釘野郎に向かって短刀の刃を向けていればよかった。
あとは自然に釘野郎の瞬間的な速さが、釘野郎の首を切り落とす。
首はその場にボトンッと落下。
胴体は結局止まることができずに公事場の奥の襖に当たって、ベチャッと止まった。
「ハハッ…………」
僕はそんな釘野郎の様子を見て笑う。
初めて、人を殺した。
釘野郎は僕を死罪にしようとした真犯人で、依頼されてきた敵で、全身から釘を生やした怪人で、見物人達やバティンを傷つけた悪人だった。
けれど、人間だった。それでも、こいつは人間だった。
僕は人を生まれて初めて殺したのである。
それなのに、僕は笑った。
後悔も懺悔も絶望も反省も何もない。そんな感情が微塵も湧いてこない。釘野郎を殺してもなんの罪悪感もない。
人殺しをしておいて、僕は笑ったのだ。
────もしかしたら、僕は壊れていたのかもしれない。
いや、とっくの前に禁忌の森の中でシトリーが死んだ姿をこの目に見たときにすでに壊れていたのだろう。
【今回の成果】
・2分間大作戦とバティンVS釘野郎だよ




