19 ①・不満の我慢+ウヴァル 戦②
洗脳されたスターちゃんと闘うのはアンドロ・マリウス。
そして、それを遠くから観察するウヴァル。
「やめて……スターちゃん」
首を締めようと襲いかかってくるスターちゃんと取っ組み合い、彼女はついにスターちゃんからの馬乗りをされてしまう。
暴れた拍子に、机の上にあった薬品がアンドロ・マリウスの体にかかる。
アンドロ・マリウスは馬乗りをしているスターちゃんを突き飛ばそうと手を突き出すが、スターちゃんにはお見通しらしく、両手を押さえつけられてしまった。
両腕には足が、胸を臀部で押さえつけられている状態である。
これでは、アンドロ・マリウスは身動きを取ることができない。
「スターちゃん。戻って来て。あなたはこんなことをする人じゃない!!」
「何? やつがれの何を知ってるの?
あなたにはわからないじゃない。やつがれのこと知らないじゃない。誰も、誰も彼も、やつがれのことなんて知らないじゃない」
スターちゃんは頭に血が登っているようだ。彼女はアンドロ・マリウスを睨みつけると、両手を彼女の首に添える。力をいれればすぐに締め上げることができる位置に添えている。
「あなたが悪いんだから。やつがれを怒らせたあなたが悪い。ウヴァルちゃんに逆らって、ウヴァルちゃんの上司に逆らって。あなた、何がしたいの!!」
「私は今の帝王を玉座から引きずり降ろす。本来は私が選ばれたんだ。聖剣に選ばれたんだ。でも、あいつはその真実を隠し、追放した。だから、今度こそ私が帝王になる!!」
「あなたが帝王になる?
多くの領土の統治があなたにできるわけがない。
領土の国たちを統べる王になれるわけがない。
周囲の人の運命を動かすほどの“運命力”があなたにあるの?
帝王になるってのはあなたが何百の国の命預かるのよ。あなたが命を背負うのよ!!」
「知ってるさ!!
だからやるんだ!!
命を背負うからこそ、私が帝王に相応しい。私こそが帝王になる存在だ」
アンドロ・マリウスの瞳は揺らいでいない。本心である。それが彼女の覚悟である。
彼女は自分の肩に何十万、何百万の命が乗っていても、彼女は帝王で居続けるのだろう。
その言葉が我儘か覚悟かは、アンドロ・マリウスしかわからない。
だが、そのまっすぐな瞳にスターちゃんはとうとう我慢の限界に達していた。
「ごめん……ウヴァルちゃん」
スターちゃんはアンドロ・マリウスの首筋から手を離す。
謝罪されたウヴァルはむしろ冷静で、命令中断をしてしまったスターちゃんを責めることなく、その理由を尋ねている。
「おやおや~どうしたんだい? 何か困りごとかな?」
「ううん、ちょっとね……考えが変わっちゃった」
そして、スターちゃんは深呼吸をする。自分自身を落ち着かせるために、スターちゃんは全身の力を抜いたのだ。
────ボガッ!!
骨が勢いよく固い床にぶつかるような音がした。
スターちゃんの拳がアンドロ・マリウスの顔面を殴ったのだ。
「こう言われちゃったからには……ね?」
スターちゃんは目を見開き、殺意を振りまきながら全力でアンドロ・マリウスへ拳をくらわせる。
「我儘、傲慢、強欲、嫉妬。人間臭い!!」
何度も何度も耳にこびりつくような嫌な音がウヴァルの耳に聴こえてくる。ウヴァルからは長机が影になっていて、状況が見えないのだ。
だが、今、スターちゃんがアンドロ・マリウスを思いっきり殴っているということだけはわかった。
「こりゃ、あーしのせいかね。素が出てるのかもねぇ〜」
そう言って、ゆっくりと観察しながら、ウヴァルはひたすら状況を記録していた。
「もう少し、洗脳を強めて置くべきだったかな?
あーしへの盾にすればよかった。矛としてのあいつはちょっと加減ができないみたいだね〜」
そう言いながらも、ウヴァルはまったく焦っていない。むしろ、その光景を見れてラッキーとでも思っているのだろう。
さて、スターちゃんはもうスッカリ心までも帝国側のようだ。いや、そもそもの感情だったのかもしれない。
怒りによって、押し殺していた感情が溢れ出ただけなのかもしれない。
なぜなら、今までの彼女はモルカナ国に仕える者。上の命令は絶対なのだ。だからこそ、疑問に思っても訴えることができない。
その不満がここで爆発したのである。スターちゃんはここで一度手を止める。
「ウヴァルちゃんの上司(帝王)のおかげで、どれほどの国が、救われたと思ってるの?」
「ウヴァルちゃんの上司は、助けがあれば救う、正義の組織。蝕も災厄も魔物も敵国も魔王軍も、どんな敵でもこの国は闘った。そして、救ってあげた!!」
「この帝国は、ヒーローなの。正義のヒーローだったの。絶望から、救い出してくれる救世主的な存在なのッ」
「あなたの、汚い感情で、終わらせていい王じゃないのッ!!」
「あなたの、あなたの罪は……。エリゴル人を巻き込んだ罪、そしてそのせいでマルバス様を巻き込んだ罪、帝国の平和を脅かそうとしている罪」
「やっぱり、あなたは罪人よ。生まれ持った罪人よ!!!!」
ハァハァと息をきらしながら、スターちゃんはアンドロ・マリウスに向けて吐き捨てる。
一方、アンドロ・マリウスちゃんの顔は血だらけになっていた。額も割れて、少し顔も腫れている。
「罪人……か」
しかし、彼女の目だけは変わらない。まっすぐとした覚悟の目だった。




