17④・さよならは言えない+お祝いの場にて
プルトンが語るのはキユリーとの闘いがどうなったかである。それはつまり、キユリーがどのような結果となったかを表していた。
「勝負がつかないと知ったからね。ぼくは賭けに出たんだ。
『お前の大切な者を今、人質に取っている。お前が大人しく言うとおりにすれば、そいつは助かる』ってね。
大嘘をついた」
「逆に人質を利用したのですね」
「そのとおりだよ。Master漏洩。
あいつは1人の人間を愛していたらしいからね。
正直、嘘をつくのは心苦しかったなぁ。でも、【ボヌムノクテム】の人々を救うためには仕方がなかったんだ」
「ほぉ、怪物も人に恋をする。なんと美しき愛。種族を超えた愛。なんと、興味深い」
「ぼくも心驚いたさ。あんなに抵抗していた奴が、すんなりと大人しくなってね。
『わかりました。もうはむかいません。あなたにはその手段がありますもんね』
……となんとぼくのことも知っていたんだ。おそらく、ぼくも標的対象だったのだろう」
「なんと!? 青年英雄は狩られる前に狩るのですね!!」
「ああ、そして最後にあいつは語るんだ。まるで遺言のように……」
そしてプルトンが語るのは、キユリーの言葉。
その言葉を僕は全神経を意識させて聞いていた。一言一句違わないように、脳に書き記すように僕はキユリーの言葉を聞いたのだ。
『私を殺してください。あなたの人質がもしも嘘だとわかったら、私はあなたを許さないでしょう。
ですが、あの人は怒りに呑まれ復讐する私を今までのように好いてはくれない。
ならば、どうせなら、今までの私として終わりたい。あの人と共に過ごした、あの人の大好きな私のまま終わりたいのです。
親友として私は約束を守れなかったけど……。
やっぱり、方法は歪であれ、私を好いてくれていた彼との私を守りたい。
私は、あの初めての場所で既に彼のことが気になっていました。
────いつも私の声を聞いてくれてありがとう。
最期にそう伝えてあげたかったけど……。あの人には私のことを何も言わないでくださいね』
それがキユリーの遺言だった。
こうして牛みたいな怪物の末路をプルトンは語り終えた。
「それが奴の遺言だった……あまりいい話ではない。でも、ぼくは種族を超えた愛を知ったんだ」
そう言って、プルトンは口を閉じた。
そんなプルトンの談話を周囲にいた数名の権力者たちが涙しながら聞いていた。そして、彼と牛みたいな怪物に向けて拍手を行う。
「素晴しィィ。なんと素敵か。やはり現実は日々物語を生んでいる。これは絶対に公表しなければね。どんな手を使っても、一言一句そのまま変えずに、この話を校閲などさせてたまるか。さて、早速本国に連絡だ」
「素敵デマス。怪物のたった一人への愛。危険な怪物ではあるのでしょうが、怪物も愛を知るのですね。人を誑かし続けた怪物は、自身の愛の力に敗北を認める」
「怪物に愛を教えた者とはいったい。そして、私ならあの人という方に伝えてあげたい。でもダメ。いったいあの人とは誰なの?」
「ああ、神様。いつか、2人の再会を祈っているのです。2人がいつかどこかで再会できますよう。そして、縛りのない愛を不幸なお2人に」
権力者たちそれぞれが感想を言いながら、プルトンと談笑している。
僕はキユリーの遺言を胸に受け止め、その場からゆっくりとゆっくりと立ち去ろうと地を這っていた。
フレンドちゃんも僕の後に続いて、机の影から移動する。
もちろん、周囲には気づかれないように息を殺して……殺して……。
────────────
ひっそりと、僕らはお祝いの場から抜け出した。
「ここまで来れば……。権力者たちには見つかりません」
フレンドちゃんの声が聞こえてくる。僕はようやく気を緩めて安堵し、フレンドちゃんを見ようとする。
しかし、何故だろう。フレンドちゃんが見えない。おかしい、視界が見えづらい。
「フレンド、タオルを渡しておきます。その顔を私以外には見せないように」
「………………ッ」
フレンドちゃんに返事を返してあげたいのに、頭が回らない。
意識よりも感情がこみ上げてきそうだ。
「…………毎朝、目が覚めたら今日こそあいつに会えるかなって。でも、やっぱり城内に帰ってこないんだ。
だが、諦めたくなかった。信じていたかった」
「いつかまた、あいつに会えると思い続けた。約束を守ってくれると思ってた。
それなのに、現実は希望を見せてはくれなかった…………」
「フレンド……」
フレンドちゃんが僕と目を合わせようとしてこない。その受けた優しさに甘えて感情を吐き出すことなく、僕は押し殺した。
そして、その感情を決意へと変えた。
「だが、キユリーはキユリー自身の運命を生き抜いた。キユリーは必死になってくれた。それだけは現実だ。その現実だけは変わらない。だったら、現実を受け止めるぜ僕は。
あいつが運命を生きたのなら、僕は、僕の運命を生きる!!!!」
いつまでもキユリーに頼っていてはいけない。
あいつは自分の運命を生き抜いたのだ。だったら、今、あいつにかけるべき言葉は悲しみの言葉ではない。
「キユリー。僕は…………ッ。僕は……。
僕は、お前の繋いでくれた……運命のおかげで生きている。だったら、この命。誰かの運命を繋ぐために使うと約束しよう。
それが親友への感謝の証。大好きだったお前への敬意の証だ!!!」
僕は流れ落ちそうになっていた涙を拭う。溢れ出てきそうな感情を押し戻す。
そして、僕は静かにこの場から立ち去っていく。
だって、今の僕にはキユリーを思う時間はない。
今の僕にはやるべきことがある。悲しみにくれるのは後だ。そんなのいくらでも後からできる。だから、今はやるべきことをやるつもりだった。
そんな僕の背中をフレンドちゃんは止めようとはしない。
「そうですね……フレンド。
わかりました。行きましょう。
ですが、ここにいてはいけない。
素敵だの愛だの、キユリ先輩の運命をそんな軽いもので表現する第三者の声は、ただの雑音でしかない」
フレンドちゃんは静かに僕の背に着いてくる。
「行こう……待たせてる」
だが、2人共、顔を合わせることができない。
ただ前を向いて歩いていくことしかできない。
たぶん、今、僕がフレンドちゃんと顔を合わせてしまえば、押し殺した感情が出てきてしまうから。




