16 ・力の差+帝王バラム 戦②
時間が遅れました。申し訳ございませんでした
戦場は狭い。塔の上にある一室の中である。しかもアンドロ・マリウスに刃が当たらないように闘うというのは至難の業。
そして、マルバスの相手は大陸の支配者、帝王『バラム・アーネモネ・レメゲト』。
語る言葉は潰えた。あとは己の業で語るのみ。
「泰平の世への道を進むため。手合わせ願おう、怪物よ……」
「…………己が泰平の世を作る。そうか。貴様もそういう質か」
マルバスは片手で握った刀の刃を帝王に振るう。しかし、帝王はその刀を指2本で挟み込み、止めてしまった。
だが、それはマルバスとしては問題にもならない。
「そんなの。想定済み!!」
マルバスはもう片方の手に握られていたのは細剣。マルバスは2刀流で闘おうとしていたのだ。
「ここの武器庫から、ちゃっかりくすねておいたのよ!!」
彼女の細剣の突きが帝王の顔を狙う。
マルバスの細剣による突きは、帝王が首を曲げて避けたことにより、帝王の顔スレスレを通過。
そして、避けきった帝王はマルバスの腹部を蹴り突く。
「!?!?」
マルバスの肉体は帝王の蹴りでバランスを崩し、彼女の腕に力が入らなくなった瞬間。
さらに2度目の蹴りがマルバスの顔を蹴り飛ばした。
だが、マルバスもそれで呆気に取られたまま、蹴り飛ばされるつもりはない。
彼女は足を踏ん張って、床から足を浮かせることはせず、顔を蹴られてもすぐに視線を帝王に向ける。
そして、力が入らなかった腕を無理やり奮い立たせて、刀を握る。
「まだ!!!!」
マルバスはその刀の刃を帝王の体に突きつけようとするが……。
帝王はすかさずマルバスの腕を下から蹴り上げる。
マルバスの刀の軌道は上へと向けられ、帝王の肉体には届かない。
さらに、帝王は動く。
彼女の手に握られていたのは先程までマルバスが使っていた細剣。
「少し、使ってやろう」
帝王はマルバスの盗んでいた細剣の先をマルバスの心臓に向けて突き刺そうとする。
マルバスが細剣の刃を受けかけたその時。彼女は帝王に向かって、自身の上着を投げ捨てた。
「ほぅ……」
上着は帝王の視線を覆い、マルバスの姿を一瞬でも隠すためのカーテンとして、帝王の前に投げ捨てられたのだ。
上着ごとマルバスを貫こうとそのまま引かぬ細剣の一撃。
その一瞬、帝王の細剣の一撃を放つ位置がズレ、マルバスの心臓付近には細剣は刺さらない。
マルバスは体に突き刺さった痛みを無視しながら、次の行動に移る。
「……ッ」
マルバスは細剣の刃を後方に下がることで引き抜き、そのまま後ろへと避難。
「これは上着だけではない……!?」
そして、帝王も気づく。マルバスの上着には数発の爆弾が隠された状態だったのだ。
その爆弾には点火されており、爆発までもう時間も無さそうだ。
帝王は上着ごと外へと投げ捨てようとする。しかし、時はもう間に合わない。
一度きりの爆発。マルバスはアンドロ・マリウスを側で守りながら爆発に耐える。背中に感じるさらなる激痛。もう床に倒れそうになりながらも、マルバスはアンドロ・マリウスを庇っていた。
そして、爆発による黒煙は晴れ、マルバスとアンドロ・マリウスの姿が公に現れた。
「…………無茶ですよあなたは!!!」
「あんた…………アンドロ・マリウス。よかった……」
「なんで!! 私を庇ったんですか!!
あなたの方が重傷なのに!!」
アンドロ・マリウスに覆いかぶさるようにマルバスは爆発から彼女を守った。
しかし、日雇い侍との戦闘で既に出血多量の状態である彼女が今の爆発に余裕で耐えれるはずがない。
それでも、彼女はアンドロ・マリウスを庇ったのだ。
「なんで私なんかの為に」
「それより…………逃げるぞ」
「確かに……この部屋はもう危険」
アンドロ・マリウスの視界に映る光景は、先程までのファンシーな内装が燃えてしまっている状態である。このままここにいては、焼け死んでしまう。
アンドロ・マリウスはそう判断し、今にも崩れ倒れそうなマルバスの手を肩に組もうとする。
「大丈夫ですか? 歩けます?」
「ああ、すまない……」
「(本当に生きてるのが奇跡ね。この人、死にかけてる。早く、なんとかしてあげないと)」
アンドロ・マリウスはマルバスを支えながら、ゆっくりと部屋から出ていこうとする。
しかし、彼女らの目の前には帝王が出入り口に立ちふさがっていた。
「────どこへ行く?」
「「!?!?」」
その見た目はまったくと言っていいほど傷ついていない。ホコリ1つついていない。
爆発による怪我が1つも見られないのだ。完全にマルバスとは違い、無傷なのだ。
「なかなかの発想だったぞ。不死身でもない貴様にしては上出来。だが、弱い」
「これが怪物……か」
「帝王、貴様いったいどうやってあの爆発を」
「実に虚しい。貴様らにはわからぬか。
どうやら、余と対するには早すぎたようだな。若造よ、差を知れ!!」
その瞬間、帝王の両手が2人の顔面をつかむ。その握力はとても凄まじく、2人が思わず悲鳴を上げたくなるような力であった。
「「ッ!?!?」」
そして、帝王は2人の顔を握りつぶしたまま、床におもいっきり叩きつける。
頭を叩きつけられる。それは床にひびが入る程の力であった。
2人は抵抗できぬまま、床に横たわる。
「────ガッ 」
その一撃でとうとうマルバスの意識は既に途切れてしまった。
マルバスは戦闘不能になってしまう。
だが、アンドロ・マリウスの意識はかろうじて保てており、床に倒れながらも起き上がろうとしていた。
「くそっ、帝王め……死ねばいいのに」
恨みを込めた視線で帝王をにらみつけるアンドロ・マリウス。
彼女は側で動かなくなったマルバスに手を伸ばす。
「我が妹よ。これが帝王だ。
帝王は脅威を潰す者、正義の味方ではない。秩序の統一者だ。つまり、帝王とは支配者だ。
弱音しか吐けぬのなら、貴様にその資格は存在しない。目指すだけでも罪深い」
「あんたには関係ないでしょ。私は私の本来の地位を取り戻す。王座と聖剣を取り返す。
それだけが復讐。私はあんたの指示なんて受けない。絶対、あんたから奪い取ってやるだけだ」
そう言い残し、アンドロ・マリウスは瀕死のマルバスを抱えた。
「我が妹よ。貴様の恨みは本物だ。だが、どうする?
勝ち目はないのだ。余を倒せると思っているのか?」
「────それはまだ足りない。だからこそ、私はここで宣言するの。帝王『バラム・アーネモネ・レメゲト』」
「なんだ? 我が妹よ」
「私はいずれお前から王座と聖剣を取り返す。私がそれを果たした時、私の日々が動き出す。だからこそ、貴様に宣戦布告を叩きつける!!
お前の載冠の儀をぶっ壊してやる!!!!」
「そうか。載冠の儀を……。ならば、仕方がない。これも教育。死なない程度に教えてやろう」
帝王がアンドロ・マリウスとの間合いを取ろうと忍び寄る。すると、反対にアンドロ・マリウスは後方へと引き下がる。
後方には窓。高い高い塔の上にある部屋に備え付けられた窓。
「……逃げ場はないぞ? 我が妹よ。いい加減に大人しくしていろ。そうすれば……」
「逃げ場がない?」
アンドロ・マリウスはマルバスを抱えてとうとう窓の側にまで近づいていた。
前方には帝王、後方には高層。
アンドロ・マリウスに逃げ場はないはずだ。しかし、アンドロ・マリウスは追い詰められているにも関わらず、ニヤリと笑った。
「怪物級の強さを持ったあんたは知らないかもしれないけれど。逃げ場ってのはある物じゃない」
アンドロ・マリウスは窓の縁に立つ、帝王は彼女を刺激しないようにするためか、その場から近づいてこようとはしなくなった。
「やめておけ。そこに逃げ場はない。大人しく降伏せよ」
「ねぇ、帝王。逃げ場ってのは作る物なのよ」
その瞬間、アンドロ・マリウスは背中から窓の外へと落下。
マルバスも抱えながらの飛び降り。
そこに微塵の戸惑いもなく。そこに微塵の恐怖もなく。
地上から50メートルの高さに建てられた部屋からの飛び降り。
こうして、アンドロ・マリウスとマルバスの姿は部屋の中から消えた。




