15 ・“泰平の世”+帝王バラム 戦①
マルバスとアンドロ・マリウスと帝王『バラム・アーネモネ・レメゲト』の対面。
「初めてましてだな。帝王……」
マルバスはアンドロ・マリウスを背で庇うように立ち、帝王と対面する。
その手はいつでも武器を構えることができるように、指先から全身にかけて神経を研ぎ澄ませていた。
だが、あくまでも帝王はまだ会話を楽しむ気でいるらしい。
「ああ、余も貴様の噂は耳にしておる。女帝を打倒したそうだな? 余は帝になれそうな見込みのある国は好きだ」
「よく知ってるな。帝王に知られてるってのは光栄だわ」
「女帝は厄介者だったのでな。余としても貴様には感謝しておるのだ。奴は横暴で傲慢だった。故に崩壊を望んでおったのだ」
帝王は内心嬉しそうに女帝の失墜を語る。
「ふぅん、そうなのかい。オレはてっきりあんたの知人かと思ってたんだよ」
マルバスとしては女帝は帝王の部下のような立ち位置と勘違いをしていたのだが。それを聞いた帝王は呆れたような残念そうな表情で、マルバスに尋ねる。
「獣風情が? 帝の王、帝王である余と?
はぁ…………モルカナの姫よ。貴様、何も教えられておらぬのだな。貴様の父は育児放棄か?」
「なっ!? なぜそこでオレの父上の名が出る。父上は立派な人だ」
「王都が帝都に変わる前。“禁忌の200年前”の語り部が貴様らの父だ。奴め、墓まで持っていくか……後世から消すか」
「禁忌の200年前?」
「いつか奴に聞いてみるがよい。どうせ奴なら記憶を受け継げているはずだ」
帝王はマルバスの父を知っている。ヴィネ・ゴエティーアの秘密を知っている。
そして、その秘密は決して話してはいけない禁忌とされている歴史の話。
「なぜ…………その話は知ることさえ禁忌だと。『お城の御爺』だって。そのせいで」
「我が妹よ。貴様も我が座を狙うならいずれは知るだろう。そして、それを口にしてはならぬ。知るべき者しか知ってはならぬのだ。大陸の未来を願うなら、この知識は大敵となる」
「あなたは知っているの? なぜそれを今口にしたの?」
「せめてもの土産話だ。アモンの娘、我が妹、貴様らも手ぶらでは終わりとうなかろう。それを胸に諦めるがよい。これ以上踏み込むのは勧めぬ。これ以上、載冠の儀に踏み入れぬのを勧める」
帝王からの取引。本来なら、帝王はこの取引を行う慈悲もなく、敵を潰すはずだ。しかし、今回は帝王は取引という形での停戦を求めている。アンドロ・マリウスは不審に思いながらも、帝王を怪しんでいた。だが、帝王もその心内を隠しながら、再度詰め寄る。
「───これは余からの恩赦である」
「そこまで、載冠の儀に…………何があるの!!!!
あんたの目的はなんなの帝王!!!!」
「それは語らぬ。今は時ではない」
話してはいけない禁忌の情報を流してまで、載冠の儀を守ろうとする帝王。
アンドロ・マリウスもマルバスも、なぜそこまで帝王がこの儀式を守ろうとするのかがわからない。
帝王の心を誰も見通すことができない。
貴重な情報を得た。だが、マルバスの当初の目的は果たされていない。
「その情報ありがたくいただくよ。だけど、帝王。オレはまだ2つの目的を達成していないのさ。そんなモノを貰っても嬉しくはないね」
「そうか、恩赦を蹴るか。では何を望む?」
「なぁ、帝王。【魔王国】を倒すため同盟を組んでくれ」
「魔王か。余は受けぬ。奴らは帝にも達する見込みのある国だ。奴こそが一番近い。それはもちろん貴様にも言えることかもな。
───だからこそ言おう。
やめておけ。貴様ら小国共では、あいつは倒せぬよ」
「そうか。帝国が同盟を組んでくれたら嬉しかったんだが。オレは残念だ」
「────そうか。見込みのあると評価していたのだが。残念だ。アモンの娘……」
帝王からもれ出た殺気。たった一瞬でも怪物の威圧感は溢れ出ていた。マルバスは帝王との闘いを自覚した。これから自分は帝王と闘う。
帝王との闘い、勝てる見込みがないのは彼女自身も本能で感じ取っていた。
しかし、マルバスにはもう一つの目的があるのだ。隙を見てアンドロ・マリウスを救出すること。それこそがマルバスの目的。
「怪物も魔王も、オレは超えなきゃいけないよな」
「死に急ぐ姫よ。貴様、何を想う?」
「“泰平の世を作る”…………オレが成し遂げるのさ!!!」
帝王に勝てる見込みもない絶望的な状況下でも、その野望を口にしたマルバスはニヤリと自信満々の笑みを浮かべていた。




