13 ・生きていたマルバス+ヒミツの関係
大浴場とは言えない程に崩壊した部屋。
日雇い侍はその場にただ1人佇んでいた。かつて大浴場として機能していた部屋は見るも無惨な廃墟となってしまっている。壁には大穴が空き、バランスを崩せば上の階も崩れそうだ。室内は日雇い侍の必殺技の風圧でボロボロになっている。
「あーあ、やっちゃったか……壊しちゃった。こりゃ給料から引かれちゃうかな?」
日雇い侍は崩れ落ちそうな壁から外を見下ろしながら、困り果てていた。
「お嬢様ももうダメかな。もう少し楽しみたかったけど」
この場にはもういない。対戦相手はすでに切り飛ばされて、姿を消してしまったのだ。
おそらく、下を探せば死体が見つかるだろう。
いつもなら、殺試合に勝ってご満悦な気分になれる日雇い侍だが……。
今回は少しだけ残念そうだ。
「耐えてほしかったな。あなたには。
あたしとしては必殺技を破られるのは嫌だけど。それでもあんたの事は気に入ってたしね」
日雇い侍はそう言い残すと、対戦相手の死体がある気がする場所に向けて花でも落として追悼したい気分になったが。
ここが大浴場だったということを思い出し、追悼を断念する。
こんな雰囲気と内装では大浴場で一風呂浴びていく気力もわかない。
帰ろう。
そう思った矢先に彼女はふと思い出す。
ふと思い出したのは友の顔。殺試合相手の仲間で彼女の友だった男のこと。
「エリゴル君怒るかな?
まぁ、いっか。言ってもしょうがない。そんときはそんときだ。いつもと同じ。
───勝手に負けたあんたが悪いんだ」
その友の顔を忘れようとするかのように目を瞑り、彼女は黙祷を捧げる。
そして、日雇い侍はかつて大浴場だった部屋から立ち去っていった。
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瓦礫が散乱する地上。
上の階にある大浴場の部屋が破壊されたことにより、地上にその瓦礫が降り注いだのだ。
大小さまざまな瓦礫が地面に転がり、道を塞いでいる。
「なんだ。死ぬかと思った!!」
「上から落ちてきたぞ」
「爆発か!?」
その現場にいたのは3人の兵士たち。3人は誰にもバレない建物の影で職務をサボっていたのだ。
しかし、呑気に酒を飲んでいる最中に何故か、近くにある建物が爆発し、瓦礫の雨が降り注いだのである。
「「「俺たち、酔ってる?」」」
さいわい3人に怪我はなかった。だが、命の危機を感じたことで酔いもすっかり冷めてしまう。
お互いに目の前の光景が夢かどうかを確かめ合いながら、彼らはその場から逃げるように立ち去ろうとしていた。
「「「報告しなきゃ!!!!」」」
3人が逃げるようにその場を後にしようとする。だが、彼らの動きは小さな物音を聞いたことで留まることとなる。
カラッ……。
「「「!?!?!?」」」
「おい、ちょっと……静かに……」
瓦礫の中から姿を現した人間が3人に声をかける。
3人の視線の先には血まみれの女性。
身体中の傷から血を流し、立っているのが不思議なくらいの見た目である。
「「「ギャアアアアア、ゾンビィィィ!!!」」」
「うるせぇ!!!! 静かにしろって言ってんのがわからんかーーー!!!!!!」
「「「いや、あんたもうるせえよ!!!」」」
「えっ……あっ、ああ」
「「「悲しむな。ごめんなさいね!!!」」」
突然、目の前に現れた女性に対して、3人はどう接してあげればいいのかわからない。
3人はお互いに顔を見合わせて、目線で相談。
「「「…………」」」
そんな3人の姿を見て、静かにしてくれたと勘違いをした女性はホッと一安心して、上空を見上げる。
自分が落ちてきた大浴場の位置を確認しているのだ。
「気配がない。立ち去ったか? しっかし酷い目にあった」
「「「…………」」」
「それじゃあ、オレはこれで失礼するから!!」
「「「えっ? 何?」」」
「オレは立ち去るから。じゃ!!」
「待って!!」「待って!!」「待って!!」
何事もなく一人で立ち去ろうとする女性を3人は慌てて呼び止める。
「「「あんたが何者かは知らないが。こんな美しい女性が大怪我なんだ。医務室に運ばなきゃだろ!!」」」
「ああ、怪我?
別に構わん。服が血塗れなのは諦めるし。怪我は寝れば治る」
そう言いながらも、女性の足は少しフラついている。強がってはいるが隠しきれていない。
そんな女性を見捨てるほど、3人の兵士は腐ってはいないのだ。
「「「無理してるじゃんか」」」
「えっー、でもさ。オレは行くところあるし」
「見捨てられるか」「連れて行くぞ」「血塗れなんだもん」
「えー、困ったな。オレはどうしても行かなきゃいけないところがあるのに」
「行くところ?」「行くところ?」「行くところ?」
場所は変わり、城内の建物の中。
3人の兵士はマルバスをタンカーに乗せて運んでいた。
「いいか? お前らのサボりは黙っておいてやる。だから、オレの行動も黙ってろ」
「「「アイアイサー」」」
3人は周囲に見つからないように気を配りながら、城内を移動している。
目指すはマルバスの行く先であるアンドロ・マリウスのいる部屋。
マルバスは自分の正体を明かし、3人の兵士たちに責任感を押し付けることにしたのだ。
その結果、今では3人の兵士はマルバスの手足も同然。
「(驚いたよな。モルカナ国からの招待客が血塗れだもんな)」
「(もしかして、他国の招待客様と大喧嘩でもしたのかな?)」
「(噂通りのカッコ良さ。惚れちゃうわぁ)」
「なに? オレになんか用でもあるの?」
「「「いいえ。なんでもありません」」」
さて、今回マルバスが3人の兵士に命令して行く先はアンドロ・マリウスの閉じ込められている部屋。
今回の目的であるアンドロ・マリウスの開放。それを直接マルバスが指示したのである。
もちろん、マルバスはそれを帝王の命令だと嘘をついたことで、兵士たちは信じ込んでいるだけだ。
なので、この3人の兵士は他の兵士に見つかってはいけない。他の兵士たちはマルバスが侵入者だと知っているが、サボっていた兵士は侵入者のことをさっぱり知らない。
だからこそ、マルバスは3人を利用したのである。
「ねぇ、3人たち〜」
「「「ハイ!!!! なんでしょうか。モルカナ国の招待客様!!!!
(手柄、お手柄、大手柄)」」」
モルカナ国の招待客を帝王の命令(嘘)で運んでいる。つまり、これは3人にとっては出世コースへの第一歩。各国からの招待客の護衛すらも任されなかった3人の兵士が、他の兵士たちよりも逆転できる方法。
3人は浮足立って天にも昇る心地で与えられた任務(嘘)をまっとうする気であった。
だが、そんな気分とはつゆ知らず。マルバスは3人に念を押す。
「一瞬でも誰かにバレたら殺す…………」
「「「ひゃい……」」」
その途端に3人の浮足立つ出世コースへの夢にヒビが入り、緊張感溢れる雰囲気へと変貌していくのであった。




