11②・大浴場での2人きり+日雇い侍 戦②
大浴場で出会ったマルバスと日雇い侍。
彼女らは今、侵入者とそれを廃する虹武将という立場である。
つまり、お互いに敵同士だ。
「あら、モルカナ国の後継者じゃん」
「あんたは何してるんだ? 帝国で働いてるのか?」
「御名答。あたしはなんと帝国を守る高収入業にありついたのです。なんとあの虹武将。
いや〜、大出世でお給料も万々歳なのよ」
「へー、それはそれは」
ここでマルバスは日雇い侍が虹武将であることを初めて知る。
知ったところでそれを表情に見せず、ただ普通を装っている。なぜなら、動揺してしまうと日雇い侍に怪しまれるからである。
マルバスとしては今回の目的は無事に帝王の妹を逃がすこと。わざわざ虹武将と戦って、騒ぎを起こす気はないのである。
それに、今彼女の武器は脱衣所。この大浴場では丸腰なので日雇い侍を殺そうとしても体術でしか殺せないのだ。
「そんな敵意を出して私が嫌いなの?
あっ、そういえば、モルカナ国の姫様は何してるの?
なんで帝国にいるの?」
「それは……だな」
隠し通していたと思っていた敵意を見事に見破られた。そのことに少し驚いたマルバスは、彼女の急な質問に一瞬だけ返事が遅れてしまった。
「どうしたのお姫様ぁ?」
日雇い侍の疑っているのか疑っていないのかよくわからない声がマルバスには聞こえた。
これ以上、返答を遅らせてしまえばさらに怪しまれてしまう。
「何? 言えない理由でもあるの?
まさか、件の侵……」
日雇い侍に詰められるマルバス。しかし、そんな時、パッといい案が思いつく。
「わかった。わかった。謝るよ。
ああ、勝手に大浴場に侵入したのは悪かった。
今、“載冠の儀”が始まる前だろう?
オレはモルカナ国代表として、お祝いを言いに来たんだ。
そして、そのついでに噂話で聞いていた大浴場がどうしても気になった。だから今、勝手に大浴場を使わせてもらおうとしてるんだ」
今、マルバスは嘘をついた。
さて、マルバスの咄嗟の嘘。この嘘を日雇い侍は疑うこともせずにすぐに信じたようだ。
「なんだーそういうこと。そういえば各国から王たち招待客がお祝いに来るって言ってたわ。そうよね、お姫様だし呼ばれるわけだ。
招待客だったのね。ごめんね、勘違いしちゃって」
完全に信じ切っている。先程までのちょっとした疑いの気持ちがサッパリ消え去って、純粋に信じている。
そんな彼女の心情に嘘をついている当の本人マルバスもさすがにここまで疑いが晴れるとは思ってもいなかったらしい。
目を見開いて驚きかけていた。
だが、そのマルバスの様子も気にすることなく、日雇い侍はさらに話を進める。
「あなたはあたしが捜してる侵入者じゃなかったわ。いいでしょう、あなたの大浴場への侵入の罪は見逃してあげる。安心してね☆」
「侵入者? この帝国に侵入者がいるのか?」
「そうなの。よくは知らないんだけど。数人だけの賊で、帝国の滅亡を企ててるらしいの。
今、あたしの同期が対応してるんだって。お姫様も危ないから気をつけてね」
「帝国の滅亡!?!?」
おそらく侵入者というのは自分たちのことだろう。マルバスはそう確信したが、さすがに帝王の滅亡は目的ではない。
マルバスらの目的は帝王の妹を解放することだけである。その後、帝王の妹が玉座と聖剣を取り戻すとしても、それは帝国の滅亡には関係しないはずである。
明らかに誤報が伝わっているようだ。
「それは本当に? 帝国が滅亡するって!?」
「あくまでも賊の目標だからね。でも、帝王が昨夜言ってたのよ。
『アガレスからの伝達だ。明日、この城に小規模の賊が来るらしい。
だからといって中止はない。全ては予定通り。
貴様らには各国からの招待客の保護と侵入者の処罰を命ずる。
これは命令である。帝国の滅亡は阻止しろ』って。命令されちゃってるのよね〜」
日雇い侍はのんびりとした口調で、帝王の発言を思い出し語るが……。
マルバスとしては、内心落ち着いてはいない。
自分たちの行動が、敵に行動がバレていたからである。
「(バレていたのか……。少しまずいな。まぁ、しかたがないか。バレないうちに慎重に探りを入れておこう)」
それでも今は日雇い侍から少しでも情報を聞き出しておこうと、マルバスは行動を開始する。
マルバスは日雇い侍の髪の毛に手を回し、スーッと滑らせるように撫でる。そして日雇い侍と自身の顔を近づける。
「ん? どうしたの?」
「ああ、せっかくの大浴場。君とは2人きりになる機会も出会いも少ししかなかった。だから、君の話をもっと聞きたいな」
「やだぁー、そんなこと言ってくれるの。うれしいー。もちろんいいでしょう〜何でも答えちゃうよ〜☆」
日雇い侍が餌に食らいついた。あとはそのまま引き上げれば、情報を得られる。
質問を投げかけてそのまま釣れれば、マルバスとしては万々歳だったのだが……。
「でも、それは後ででもいいじゃない。せっかくの大浴場での再会なんだから……堪能しましょう」
日雇い侍は後々を所望のようだ。
たしかに、結局大浴場を堪能するという嘘をついてしまったのはマルバス自身だ。堪能しなければ怪しまれてしまうのは明白。
それに、湯船に浸かりながらでも聞き出すことはできる。
大浴場を堪能している最中に聞き出しても何の問題もないはずだ。載冠の儀まではまだ時間がある。
湯船に浸かるくらいの時間はあるはずだ。
「……うん。それもそうだな」
「そうよね、そうよね!!
────それじゃあ始めましょう。殺試合を!!」
「は?」
「ほら、早く武器を取りに行こう!!
大丈夫、多少内装が壊れても侵入者のせいにすればいいんだし!!」
「は?」
「ほら、早くーー。早くしないと、侵入者対応の連絡が来ちゃうかもしれないしー。時間がもったいないじゃん」
「??????」
「ほら、早く〜。殺試合しようよ」
「いや、風呂じゃないんかい!!!!!!」
強者との殺試合が大好きな日雇い侍。それはおそらく、マルバスを疑っているということは微塵もない。
彼女はマルバスが侵入者の1人であるとは思っていない。
これは彼女の素なのである。
日雇い侍は、再会を祝すという意味だけで、殺試合をしようとしているのだ。




