1②・私はお前が大嫌いだ+アンドロ・マリウス談
────“載冠の儀”の前日の夜。
私、アンドロ・マリウスは部屋でまた一人ぼっち。
数時間前には日雇い侍もお仕事があると言って出ていったので、この時間までずっと一人で過ごしていたのだ。
「明日か……」
今日が人生最後の日になるかもしれないっていうのに、何もせずに夜になってしまっている。
「ハハ、走馬燈の予習でもしておこうと思ったんだけどな……」
楽しい思い出を思い出そうとしても、思い出せない。これはもう処刑される時は地味な走馬灯となるに違いない。
私の人生、こんなはずじゃなかったんですがね。
夜も更けてきた。明日は戴冠の儀があるので早めに寝ておこう。
そう思って、布団の中に包まろうとしたのだが。
ドアから聞こえてくるノック音。
「夜分遅くに失礼いたします。お嬢様。
帝王様からのご命令により、今からお連れしたい場所がございます」
男の声だ。そして、私はこの声を昔から知っている。彼は虹武将最古参……。
「数年ぶりかしら。『虹武将“紫”、不動の『アガレス』』。あなた、まだ帝都にいたのね」
男は私からの返事をOKであると考えたようで、ドアを開けて部屋の中へと入ってきた。
「お久しぶりです。覚えていただいて光栄ですな。この『アガレス・ヘルメトヨフツ』。今でも現役に“紫”を名乗っておりますが。さすがに歳を取りましたよ」
男は、眉間にシワを寄せているような無表情で怖い顔だった。ストレスを溜め込んでいるかのように、生気が少ないようにも見える。
髪は白髪に覆われているが、まだその艶は若い人のように保たれているようだ。
服装は紫色がふんだんに使われた羽織袴を着ている。だが、その姿は決して死を待つばかりの老いではない。老いてもまだ現役以上の実力を持っていそうな、歴戦の強者のような隙のない翁である。
さて、そのような見た目のアガレスが私を呼びに来たのである。
場所は移動。
私はアガレスに連れられて、城内にあるひっそりとした庭園へと案内された。
「いつの間に……」
庭園には大陸中から集められたさまざまな植物や果物が植えられている。まるで植物博覧ジャングルだ。
私が昔、このお城で暮らしていた時にはこんな場所はなかった。
さて、その庭園の中には丸い机と2つの椅子が並べられている。
その机を月明かりが照らし、そこに座っていた人物の顔も美しく照らした。
「ああ、ご苦労であった。しばし待ったが。まぁ良い。今宵は無礼講である。余は許そう」
帝王『バラム・アーネモネ・レメゲト』。この大陸の支配者目前であり、この帝国を治める帝王だ。
そんな彼女からの言葉を受けたアガレスは深く頭を下げてお辞儀を行う。
「ありがたきお言葉。以後気をつけます帝王様」
「下がるが良い。夜に手間をかけさせたな。明日の“載冠の儀”も頼むぞ。アガレスよ」
帝王はアガレスに対しては優しく接しているようだ。
まぁ、アガレスには私も恨みの気持ちなど持っていないから。そこはお互い様かもしれない。
アガレスは私たち2人にとっては最も付き合いの長い人物だ。
父や兄が死ぬずっと前、私達が産まれた時からこの城にいるのだから。
「それではお二人とも……。失礼いたします」
こうして、彼は静かに去っていった。
アガレスはおそらく、「久々の対談を有意義にしてください」とかいう台詞を言おうとも思ったのだろう。
だが、それを言っても私と帝王の仲は治るはずがない。
だから、彼は何も言わず立ち去ったのだ。
「さて、これで2人きりだ。話をしようではないか。久々の再会を祝って。
なぁ、『アンドロ・マリウス・レメゲト』よ」
祝う? 御冗談を。
帝王がそんな再会を喜ぶような奴ではないことくらい知っている。
私に濡れ衣を着せて、私の代わりに帝王の座についた奴。
奴には私が戻ってくるのが最も邪魔な出来事のはずなのだ。
数年ぶりの姉妹の再会。彼女は椅子に座り、私は椅子に座ろうとはしない。
「ここには周りの目もない。堅苦しくないのは楽でいいな。余は……私としてはこの時間が一番好きだ」
「そうだね……」
堅苦しくないのが良いなら、帝王をやめろよ。
そんな台詞を吐きそうになって、私は思わず歯を食いしばる。
私は喧嘩をしに来たわけではない。呼ばれたから来たのだ。
「そ、れ、で。帝王様、私になにか用なの?」
私としては普通に質問したかったのだが。ほんとうに無理だった。
だって、目の前にいる姉は私から全てを奪った張本人。
この数年間、恨み、呪い、憎しんだ。その想いを忘れて会談できるほど、私の精神は大人ではない。
「……アンドロ・マリウス・レメゲドよ。今更どうと言うつもりはないが。私もあの出来事には謝罪の意を持っている」
帝王は少し寂しそうな表情で私に告げる。
月明かりでその寂しそうな顔が美しく見える。それもムカつく。
だが、謝罪の意があるのに上から目線なのもムカつく。
「はぁ、話はそれだけ?
いいですよ帝王様。私は気にしていませんから。あなたが帝王として立派なのは耳に聞いています。
魔王国の侵攻から友好国を守っている。大陸のヒーローですもんね」
「そうか。耳に入っていたか。そこでだな。お前には話さねばならぬことが……」
ここで私は我慢できなくなった。
私の人生を壊した元凶を私はやっぱり許せない。
「それじゃあ、私はこれで。
もう私を妬んではいないようで安心しました。
でも、私は忘れていません。
“私に兄殺しの濡れ衣を着せて、私の大切な……友達のメイドを無実の罪で殺し、私を追放したこと”」
私は最後に帝王を睨みつけて、この場を後にしようとする。
だが、帝王は私を引き止めるように声をかけてきた。
「待てアンドロ・マリウス・レメゲド。私は、まだお前に話が」
「はぁ……消すつもりの相手の名くらい覚えてください。
私は“帝王から王座と聖剣を取り戻す”叛逆者、あなたに全てを奪われた被害者『アンドロ・マリウス』です」
これは宣戦布告である。私から帝王への宣戦布告。
復讐は私、一人でもやってのけるつもりだ。
だが、私は庭園から出ようとする時に、言っておきたい言葉を言い忘れていた。
それは帝王様も同じらしい。
「「はぁ……私はお前が大嫌いだ」」
よかった。姉妹らしくやっと気が合った。




