18 ・利用価値+修行前日
さて、楽しい食事の時間は終了。結局、僕は一口も食べられないままの就寝だ。
「じゃあエリッピ。明日の早朝からスタートするから。“戴冠の儀”までには修行を完璧にこなしてもらうよ」
そう言ってベリアルはマルコシアスと赤羅城を連れて室内から出ていく。
3人は虹武将というのもあって、積もる話でもあるのだろうか。
あの2人に挟まれている赤羅城が虐められてなきゃいいけど。
……などと考えていると、僕の隣の布団で寝かされているマルバスが声をかけてきた。
「なぁ、エリゴル。お前はなんで助けるんだ? これは帝王家の問題なんだろう?
彼女が帰った。それでいいのではないか?」
「……マルバス。彼女はこの帝国が嫌いらしいんだ。昔のことで、色々と辛い思いをしたらしい。いたくない場所なんだ。
でも、彼女は帝王に連れ去られそうな時に一度も『助けて』なんて言わなかったんだよ。僕の身を案じてくれたんだ。
それで……とは言わないけど。いたくない場所に無理していてほしくないから」
「そうか。【アナクフス】のように脅されたりはしてないんだな。お前の意思ならいいんだ」
「…………」
ひさしぶりの2人きりの状況だ。そういえば、最近、僕とマルバスが2人きりになれる状況なんて訪れなかった。
今なら聞ける気がする。聞ける勇気がある。
「ねぇ、マルバス」
「どうしたんだ? エリゴル」
彼女に聞いてみたいことがあった。2人きりの状況ならば聞いても恥ずかしくはない。
「僕はみんなに利用されているらしいんだ。利用価値があるんだって」
「誰からそんな酷いことを言われた?
そいつの名前を教えるんだ。そうすればオレはそいつの敵になってやる」
シャックス・ウルペースだ……なんて口にしたら、今すぐにでも彼女は彼を探しに行くだろう。この国にいるとわかったら、彼女はシャックスを殺しに向かうだろう。
彼女にとってシャックスは母親の仇の1人でもある。【闇星】の1人に出会ったことで起こる怒りに呑まれてほしくない。
だから、僕は名前を口には出さなかった。
「それでさ。マルバス。モルカナ国にとって僕は利用価値があるかな?」
あると答えてくれるとうれしい。僕があの国に罪人としてでも居続けられた理由があるはずだ。それもおそらく僕の利用価値があるからだと思う。
すると、マルバスは少し考えていたようでしばらく黙っていたが、彼女は口を開いた。
「父上は何かを企んでいるんだろう。バティンやマルファスやキユリーと内緒話をしているのを見たことがある。オレにも内緒のお話ばかりだ。正直、妬いてる。
だから、おそらくモルカナ国にとっては利用価値があるな」
よかった。モルカナ国にとっても僕は価値のある存在だったのだ。
「よかった」と僕は安堵した声を出そうとする。しかし、マルバスは一瞬口を閉じてから更に語り始めた。
「だが、オレの答えはNOだな」
「NO…………!?」
No!? No!? No!? No!?
マルバスにとって僕は利用価値がない!?
だが、彼女の発言には全然悲しむ必要などなかったようだ。
「オレはお前に利用価値を求めてなどいない。お前に利用価値があるから、わざわざ迎えに来たわけでもない。
オレはマルファスもキユリーも赤羅城も妹メイドも姉メイドもシトリーちゃんもスターちゃんもお城のみんなも、そしておまえも。
みんな家族レベルの仲間だと思ってる」
「仲間? 僕も!?」
「なぁ、お前はオレに利用価値があるから仲良くしてるのか?」
「いいや違う。断じて違う」
僕はマルバスに恋しているのだ。利用価値があるからという理由など微塵もない。それを直接伝えるのは恥ずかしくてまだできないけどね。
さて、僕がそう告げると、マルバスは少しだけ頬を赤く染めながら恥ずかしそうに口にした。
「なんだか人から言われると嬉しいな。
まぁ、オレにとってお前らは大切な仲間だから。オレが出会えてよかったと思える親友たちだったから。
オレはお前らのために全力を出すんだ。
利用価値なんてお前らには考えたこともなかったさ」
「マルバス……」
「そんなわけだ。それじゃあおやすみな」
「ああ。おやすみマルバス」
────────────
────朝が来た。
僕は日もまだ差し始めた朝早くにベリアルに起こされる。
「ふわぁ〜おはよう。エリッピ。今日から修行が始まるね。そういえば、昨夜は何話してたの?」
「なんでもない……よ。そっちは?」
「うーん。なんでもないよ。こっちは」
どうやらお互いに昨夜はなにかあったらしい。
だが、それを語ることはない。
今日から始まる修行のために頑張らなければならないからだ。
「それじゃあよろしくお願いします。ベリアル師匠」
「よし、やろうか。エリッピ!!!」
ベリアルが師匠で僕が弟子。
今日から始まる地獄の修行。
マルコシアスと赤羅城は死ぬほどヤバい修行だと言っていたので気を引き締めつつ、僕は修行を乗り越えていくつもりだ。
強くならなければいけない。足を引っ張る存在ではなく、みんなをサポートできる存在になるためだ。
強くなるためだ。
「さて、それじゃあ。毎日メニューから説明していくよ。
①ランニング50km。
②“軒猿滝”から這い上がる修行、3周。
③己とのMAX戦闘疑似体験。
④普通の基礎訓練。1つ×500。
⑤350キロの岩三段アイス。
⑥別名釘山という“風魔山”、逆立ち登山。
⑦霞の魔の手“嬉野森”の獣サバイバル。
⑧水深200メートル“甲賀湖”にある赤き宝石を持ち帰る。
そして次が最も恐ろしい……。
⑨自分との対話。“御庭泉”にある“水鏡”」
なんだか、ほんとうに死にそうなものを要求されている気がするが、気のせいだろう。
名前に騙されてはいけない。
人生はポジティブに……だ。




