14 ③・不満+槍騎士アビゴル
バラムとアンドロ・マリウスちゃんの姿が馬車の客車から消えてしまった。
客車には僕しかいない。連れ去られた。アンドロ・マリウスちゃんを守れなかった。
「あっ…………」
アンドロ・マリウスちゃんがいない。先程までいた痕跡や彼女の買った大量の荷物は残されているのに……。
肝心の彼女がいない。
「は……はッ…………」
もう無理だ。アンドロ・マリウスちゃんがいなければ、目的は達成できない。
彼女が帝王バラムから王座と聖剣を取り返す。
それがこの帝国に来た目的だったのに……。
彼女は僕の噂を聞きつけて、ダメ元でも救いを信じて尋ねてきてくれたのに……。
僕が弱いから。僕が運だけで生き延びてきたのを自分の実力だと勘違いしたから。
「アハハハハハハハハハ!!!!!」
僕じゃキユリーにはなれない。あいつは絶対に困っている人を見捨てない奴だった。だから僕もその意志を引き継ごうと思った。あいつのように今度は僕が困っている人を見捨てないようにしようと思ったのだ。
だが、現実は力不足だった。
今回の敵は帝国。この大陸で上位の力を持っている国だ。
最終目標である魔王国に匹敵する力を持った国だ。
そんな国のことを舐めていた。
これまで同様になんとかなるだろうと思ってやって来た。
「あー、やっぱりか。やっぱり」
けれど、結果は帝王の配下の1人にもボコボコにされて、帝王には目の前でアンドロ・マリウスちゃんを連れ去られた。
アンドロ・マリウスちゃんは帝王の血筋を引いてはいるが、叛逆者に変わりない。
つまり、帝王にとっては帝国を脅かす敵だ。アンドロ・マリウスちゃんが無事では済まないかもしれない。
「なぁ、アンドロ・マリウスちゃん」
ああ、どうして、僕1人が彼女に着いていれば安心だと自分で思ったのだろう。
全ては力不足と油断だ。そして、行動するには仲間が必要だった。
「どうして今になって気づくんだろうな。
僕が1人いたところで何も変わらないことに」
僕は弱い。失敗した。未来予知が使えるのにこんな未来を予知して対処をしていなかった。
未来予知の力を活用できていない。
魔法も超能力も剣術も体術も射術も頭脳も付喪人の能力も持ち合わせていない、そんな僕が生き残るための未来予知ではない。
「自分が生きるためだけの能力じゃ意味がないのに。
みんなを救う能力じゃないと意味がない。
みんなの危険を回避する。そういう使い方じゃないと意味がない」
僕があの女帝が姿を見せるということを予知できていれば変わったかもしれない。
僕がバルバトスに襲われることを予知できていれば、今日ここには来なかったかもしれない。
僕がベリアルとマルコシアスに出会ってからのことを予知していれば、あのホテルには止まらず、ベリアルに帰りを送ってもらえるように頼めたかもしれない。
「僕が救われたって…………僕に意味なんて……ないっていうのにさ」
未来予知能力なんて本来は強い能力のはずである。それなのに、僕は未来予知を使いこなせていない。自分自身の命の危機にしか発動することができていない。
おそらく、未来予知は僕の命を守るために発動させてくれている。
ずっと思っていた。この未来予知には意志がある。何者かが未来予知を見せているのではないか?
「なあ、なあ、どうして。僕にゆだねてくれない。なぁ、未来予知を見せてる誰かさんよ!!!!!
僕にその力の全てをくれ。僕は力が欲しいんだ!!!」
虚空に叫んでも変わらないことは僕だって冷静になれば分かっている。
けれど、今は言いたいのだ。愚痴のように、この苛立ちを吐き出したいのだ。
「僕はもう…………守らないといけない立場にあるんだよ。だから、僕にはまだ…………僕は……まだ向かうべき先があるんだ…………」
自分の無力さに涙が出てくる。
僕は先程のバルバトス戦にて、バルバトスにさんざんコケに言われた。弱いや無能など、まるでストレスの掃き溜めにされているかのような言葉の数々を受けた。
でも、今思えばバルバトスの言っていたことは全てが真実だった。バルバトスの言うことは正しかった。
「こんなんじゃ。マルバスの隣に立って大陸統一なんて……できないよ」
変わらない自分の力の弱さ、アンドロ・マリウスちゃんを連れて行かれた悔しさ、彼女の信頼を裏切る形となった悲しさ。
僕は馬車の中で1人思い知らされた。
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場所は変わる。
ここは帝都グリモアール、グリモアール城にある一室。王の待合室。
ただの待合室というものでもなく、室内に置かれた全ての家具や小物は特別な職人たちが築き上げた伝統の技で作られた芸術品ばかり。
つまり、ただの待合室というよりもレベルが違うほどの金額が費やされている高級待合室。
そこでのんびりと紅茶を嗜んでいる帝王のもとに1人の兵士が報告を伝えにやってきた。
「報告いたします。我らが帝王様。
お申し付けのとおりに、お連れいただいたゲスト様を一時的に例の部屋へと案内いたしました」
「そうか。決して彼女を部屋から出すな。あいつは躾が足りてない。外出する素振りがあれば、いかなる理由であろうと、余が許すまでは絶対に出すな」
「はっ、仰せのままに」
兵士は帝王に向かって深くお辞儀をすると、帝王の命令に従って、どこかへと行ってしまう。
帝王は一時中断してしまった紅茶に再び口をつけた。
彼女はゆっくりと紅茶を味わいながら堪能し続ける。その時間を邪魔する者が現れるまでは……。
「───随分とお疲れ気味じゃないか。どうしたのさ? 加害問題でも受けたのかい?
それならぼくに任せておきなよ。その問題解決してあげるからさぁ」
「それならば頼もうか。貴公には入り口から入るというのを覚えて貰いたいのだが」
「えー、いいじゃん。ここは僕らの国も同然なんだし。自由にしなきゃ、疲れるよ?」
「ここ、それは余の庭であるが?」
「それはそっか。ごめんごめん」
そう言って謝ってくるフリをしてくる来訪者に帝王は飽き飽きしながらも話を変えた。
「───それで、貴公は余に何か用かな?」
「用がなきゃ愛する君の元へ来ちゃダメなの? ……なんて言ったら殺されるから言わないけど。
良いのが手に入ったんだ。うちに見に来るかい?」
「いいや。余には貴公の趣味の良さが分からぬ。故にやめておこう。余には分からぬ」
「それは残念。じゃあ、また会いに来るよ」
「ああ、とっとと消えろ……ってはぁ?」
帝王が台詞を言い終わる前にはすでに来訪者の姿はない。
こうして、去っていった来訪者へのムカつきを紅茶の味で隠しながら、帝王はゆったりとくつろぎ始めたのであった。




