14 ①・アマツビナス+槍騎士アビゴル
僕と怪我をおったアンドロ・マリウスちゃんを乗せた馬車は病院に向かって急発進中。
途中で突き落としたバルバトスが追ってこないことを確認し、僕らはひとまず安堵する。
「はぁ……ますます血が出てきましたよ」
「あの野郎のせいで時間をくっちゃったからな。もう少しの辛抱だからね」
腕に矢が刺さったことで血が大量に出ている最中である。アンドロ・マリウスちゃんのことを一刻も早く病院に連れていかなければならない。だが、この周辺には病院もないので移動時間がかかってしまうのだ。
アンドロ・マリウスちゃんは傷の痛みに耐えながら、天井を見続けている。
「こんなに痛いなんて思ってませんでした。私の体ならと思ったんですが、やっぱり私も普通でしたね」
「ああ、そうだよ。何を言ってるんだか」
「ねぇ…エリゴル様。そういえば私の過去を話し損ねてましたね」
「えっ、ああそういえばそうだったね」
本当は予知した未来の中で話を聞いているので、何を語られるかは記憶しているのだ。
先程まではバルバトスという追っ手に集中していたので現実では聞きそびれてしまった。というかめっちゃ断っていた。
「まぁ、過去の話はまた今度お願いしたいな」
「嫌です。話でもしてないと、もし意識が途切れても知りませんよ!!」
「まぁ、それはそうだけど」
同じ話を2度聞くのは反応に困るかもしれない。初見の反応ができないかもしれない。だが、まぁ、今はゆっくりと病院に早く着くのを祈るしかできないので、時間はある。
「わかった。お話ししてよ。君の過去が知りたいな」
「まぁ、ぶっちゃけ私の過去を話損ねてたのは別にいいんですよ。それよりは……」
「は? へ?」
「それよりはあなたの過去を教えてください。エリゴル様がモルカナに来る前の記憶。どうやって、モルカナ国に居住するようになったですか?」
僕の過去を話せと?
僕がモリカナ国に来る前のお話を彼女は聞きたがっている。
「僕がモルカナ国に住んでる理由?
そうだなぁ。モルカナ国は“僕の宣教活動のキッカケになる国”なんだよ。本当に“外国に来るのは初めての経験”でね。僕は新人のルイトボルト教の宣教師でさ。“小さな噴水の広場”でよく子供たちに紙芝居(神話語り)をしてあげてたんだ」
僕の話にアンドロ・マリウスちゃんは「ふむふむ」とかわいい頷き方をしてくる。たぶん無意識なのだろうが、ちょっとかわいいと思ってしまう。
「えっとね······。でも、最初の頃は大変だったよ。なかなか打ち解けてもらえないし右も左も分からなかったからね」
「右も左も分からなかったのは今もっぽいですけどね」
「あはは。そう言われちゃうか」
「それで、モルカナ国へ向かった理由は?
やっぱり、“ガラスの国”だから?
“国の外観調査アンケート”とか“行ってみたい大陸内ランキング第4位”だからですか?」
ずいぶんと昔に聞いたことがある懐かしい単語が勢揃いだ。
【モルカナ】でも最初期に1回しか語られていない単語が再び出てくるとは僕も思ってはいなかった。
「でも、まぁ。それが理由じゃなかったけどね。それを知ったのはモルカナ国で暮らしてからだし……。なんでかな。
モルカナまでは“宣教師として各地を転々と歩き回り、この国に着いた”感じだね」
僕が初めてこの大陸に来たときは、たしか周囲は草原だけの教会の中だった。
そこから、ルイトボルト教の宣教師的な役割として、モルカナ国にたどり着くわけだ。
『僕の宣教活動のキッカケになる国』。それまでは『宣教師として各地を転々と歩き回り、この国に着いた』。
あれ……?
「あれ……?」
モルカナより前に僕は何をしていたんだっけ?
教会からモルカナ国までは僕はルイトボルト教宣教師として何をしていたんだっけ。どうしてモルカナ国を選んだんだっけ。
そういえば、あの教会はどこにある教会だったっけ。
「ねぇ、ルイトボルト教の教会ってこの大陸にはいくつあるの?」
「ん? さぁ。私も復讐の旅をしてきた身ですが。ルイトボルト教の教会は数はめったに見ません」
「少ない……?」
「ええ、ルイトボルト教は異教徒ですし」
ルイトボルト教が異教徒っていうのも【モルカナ】での最初期辺りに初めてマルバスと出会った際に聞かされている。
「じゃあ、この大陸の本来の宗教は?」
「たしか、“アマツビナス教”ですね。でも、今じゃ、アマツビナス教を信仰する人はほとんどいません。
今の大陸ではほとんどが“明穀教”です」
「明穀教とアマツビナス教……」
「アマツビナス教は今では壊滅しています。数十年前くらいに······。理由はよく知りませんけど。昔、お城の御爺が教えてくれました。ニ百年前に“巫女さま”によって宗教と王都が滅びたと」
「巫女さま······?」
「その事件を知る者はいないのです。隠された歴史らしく、当時を知る者はみんなもう死んでる。でも、その中の1人、『槍騎士アビゴル』は再び現れるって伝説があるそうです」
「誰だそりゃ?」
「この大陸の隠された歴史の1つです。〘二百年前の隠れた歴史〙。まぁ、これ他人に言ってはいけない歴史っていう禁忌なんですがね〜。消されるかも。あはは」
笑いながら、他人に語ってはいけない歴史を普通の会話同然に語ってきた。その神経が羨ましい。
「消されるって……もー!!
そんなの語って2人とも消されたらどうするのさ」
「あはは、冗談ですし大丈夫。ここには私達しかいませんよ」
〜〜
「残念だ。口留めしておいたはずなのだがな」
声が聞こえる。女の姿がある。
「「!?!?」」
この客車には僕とアンドロ・マリウスちゃんしかいない。その2人以外は数秒前にはこの客車にはいなかった。一瞬たりとも馬車に乗る動作も見せず、視線を動かした時にだけ彼女は姿を見せたのだ。
気配もなく、殺気もなく、音もなく、彼女は始めからそこにいたかのように、その場に座っていたのだった。




