13②・捨てるモノ+バルバトス 戦②
虹武将の脱退宣言。
それを条件としてバルバトスを信用すると言っているアンドロ・マリウスちゃん。
「全てを捨てて……お嬢様に着いていく……」
バルバトスは悩んでいる。
おそらく、彼は虹武将としての地位を捨てたくないのだろう。
だが、それを言わないと信用されない。
この国を去るときにアンドロ・マリウスちゃんは全てを捨てた。僕はこの国に来る時に全てを捨てた。
だから、バルバトスも全てを捨てて来てくれれば信用できる。
これはアンドロ・マリウスからの条件だった。
「虹武将の権力も……地位も……?
虹武将を脱退して……帝王様を……?」
「ええ、目の見える形で。そうしないと紫にも伝わらないでしょ。床に文字を書くもあり、その鎧や特注ベルトを脱ぎ捨てるもあり」
「わかった。あとでする。宣言する」
「ダメよ。虹武将脱退宣言は今ここでよ」
バルバトスは焦っている。脱退宣言をすることへ躊躇している。
僕はその光景を何もできないまま、見続けるしかできないはずだった。
「─────さぁ早く」
バルバトスに口を出してしまったのだ。僕はやらない方がいいことをしてしまったのかもしれない。
「は???」
「選べよ。アンドロ・マリウスちゃんにつくか。虹武将で居続けるか。選べ。
今すぐ!!!」
バルバトスの意識をこちらに向けさせてしまった。
「なに、オレちゃんに文句でもあるのか?
悩んでいるオレちゃんを見て面白いか?」
バルバトスはアンドロ・マリウスちゃんの手を握るのをやめて、再びこちらへと向かってくる。
その手には弓と矢が握られており、今その弓を扱う準備を行っている。
「こいつは殺そう。それだけは変わらねぇ」
バルバトスが僕に矢先を向けてくる。
「…………」
───ドン。
僕はただ壁を叩いた。壁を叩くことで返事を示すしかなかった。
「ハッ、なんだそれ。抵抗の意思か?」
「ああ、そうだよ」
バルバトスは立ったまま、僕を見下してくる。僕は横になった状態でバルバトスを見上げている。
「だろうな。悔しいだろうな!!
お前は弱いからな。弱すぎるからな。
口で煽るしかできない。強いやつの背中に居続けなきゃいけないか弱さ。
そして次元が違う敵、虹武将の実力。
オレちゃんとお前に、こんなに差があるなんて思ってもいなかっただろう?」
「ああ、ここでだなんて思ってもいなかった」
「そうか。認めたか。まぁ、でも、一発はぶちこまねぇとな」
「…………」
バルバトスは矢先を僕に向ける。弓を引き、既に発射準備は万端。あとは弦から手を離せば矢は僕めがけて飛んでくる。
「死ねや!!」
そして、とうとうバルバトスは無防備な僕めがけて弓を放った。僕を射て殺すために……。
だが、バルバトスが弓を引いていたその時だった。
───ガタン!!
「────おっと?」
突然、馬車が動き出した。急発進しだしたのである。
そのため、バルバトスは少しだけバランスを崩してしまう。
そのため、向けるべき矢の方向がずれてしまった。
矢は僕の体へと発射されることなく壁に突き刺さる。
隙だ。バルバトスに出来た唯一の隙。
僕はその時にはもう動き出していた。立ち上がり、バルバトスに向かって走る。全身の力を込めた体当たりである。
「ふんッ!!」
「なっ!?」
バルバトスも不意に仕掛けられた体当たりには対応できなかったようで、バルバトスの体が後ろに下がる。
急発進でバランスを崩した彼の体は体当たりによってさらに馬車の後方へ。
「刀も刺せぬ臆病者か? おっとと」
バルバトスは体当たりによってバランスを崩しながらも僕を煽ってくる。
だが、その直後。
「せいッ!!」
「な!?」
アンドロ・マリウスちゃんによる足払い。
その足払いが見事、バルバトスの足が着地する寸前にヒット。
これもまた彼女からの答えだった。バルバトスには味方しないという彼女からの敵意の返事だったのだ。
「────ハッ!?」
さらにバルバトスはバランスを崩し、ついに彼は馬車から突き落とされそうになる。
バルバトスは床の出っ張りをガシッと掴み、ギリギリのところで馬車から落ちずにすんだ。
「おいおい、大丈夫か?」
「てめえ、このオレちゃんを……?
くそっ、悪運の良いやつめ」
「悪運?
それは違う。僕は初めからこれを待っていたんだよ」
僕は知っていたのである。馬車が走っている最中、窓の外にある建物で今いる位置は把握していた。
昼に帝都の案内をされた時、アンドロ・マリウスちゃんとベリアルに色々と歩かされたお陰だ。
だから、この辺りのことは知っている。この辺りは高級そうな店が立ち並んでいるだけ。
医者も病院も薬屋もない。
馭者は僕に言われたから慌てて駆け出していったのだろうけど。馭者だってすぐに気づくはずだ。
それでも医者は必要。それならば、馬車を走らせて患者を病院へと連れていくしかない。
そして、「今すぐ!!」という発言と合図はバルバトスに向けたものではなく、馭者に向けたものなのだ。
結果、馬車は急発進。今、バルバトスは走っている馬車から転げ落ちないように必死に掴まっている。
バルバトスはやっとの思いで立ち上がる。
「てめえはやっぱり許せねぇ……な」
そして、彼が見上げた先にはアンドロ・マリウスちゃん。
彼女は出血している腕を抑えながら彼の前に立っている。
「はぁ、許せねぇのはこっちです。やっぱり虹武将脱退はダメでしたか。本音じゃないですもんね」
「待った。お嬢様……オレちゃんだって帝王様を」
「あなた嘘つきですね。先程までの熱弁も全て……私を連れ去るためですもんね。
なんと命令されて来たんですか?」
「ああ、言うよ。オレちゃんは帝王様に『あんたを無事に連れてこい』って言われた。だけどオレちゃんは!!」
「どんな理由でも連れてくればいいですもんね。本気なら敵になる人を帝王様なんて言わないです。自分達を虹武将だと言いません。
心揺らぎましたが残念。あなたは私の敵!!」
「────はぁ、そうだ。オレちゃんは全て嘘をついてきた。だが、それがどうした?
オレちゃんはお嬢様を連れていけばいいだけ。虹武将をやめてまでの嘘を突き通しはしたくねぇ。
虹武将の地位はオレちゃんの全てだ。富、力、権力、女、全てが手にはいる。それを手放したくはない!!
オレちゃんは虹武将だ。最後まであきらめない。命令は確実に遂行してやる!!!」
その瞬間、バルバトスはアンドロ・マリウスちゃんに向かって走ってくる。
「お嬢様、あんたを連れていく!!
約束がある。さっさと仕事を終わらせて
ハグァッ!?!?」
拳の一撃。アンドロ・マリウスちゃんからの拳の一撃がバルバトスを襲う。
「───呆れですね。片手の私なら簡単に連れ去れると思ったか?
てめえ、なんぞ。片手の拳で充分なのですよ!!」
「おじょ……このクソったれ!!!」
それがバルバトスの最期の叫びだった。
「オリャア!!!」
2度目のアンドロ・マリウスちゃんから拳の一撃。
バルバトスはその拳に顔面を殴られて、そのまま馬車から落ちてしまう。
今度は掴まることもできない。そのまま馬車から落ちていく。
「はあっ……!?!?!?」
「──あなたの嘘、弱すぎです」
アンドロ・マリウスちゃんがバルバトスに台詞を吐き捨てた。
その直後である。
ゴバッ!!という鈍い音がした。
おそらくバルバトスが頭から地面に落ちてしまったのだろう。
僕らはその最期を見ない。大嘘つきに勝ったところでうれしい感情も浮かんでこない。
ただ、それでも僕らは生き残れたことに安堵したのである。




