12②・弱すぎ+バルバトス 戦①
知らない男が馬車の外から僕らに怒っている。
だが、そんな彼に対応している暇はない。
今、アンドロ・マリウスちゃんは腕を負傷している。矢を刺してしまって怪我を負っている。
どこぞの野次馬か酔っぱらいかは知らないが、僕はその声の主を無視することにした。
「きっ、貴様!!
やってくれたな。最悪だぜ、クソヤロウが!!」
すると、無視をされたことに更に怒ったのか、男が停車している馬車の客車に乗り込んできた。
男は散らかった客車内を歩きながら、僕らの様子を伺ってくる。
「そういうことかよ。ああ、ありえねぇよ」
男はアンドロ・マリウスちゃんの様態を見て、頭を掻きながら焦っている心を落ち着かせようとしていた。
ただ、さすがにここまで近づいてこられると僕としても男のことを無視はできない。
それに謎の人物でも助けてくれるかもしれないことに賭けなければ、アンドロ・マリウスちゃんの様態が更に悪くなるかもしれない。
「なぁ、あんたも手伝ってくれないか?
友達が……出血してるんだ。医者を呼んでくれ!!
それかなにか、使える物を!!」
僕は藁にもすがる思いで男に助けを求める。
だが、男は僕の声など聞こえていないようで、アンドロ・マリウスちゃんを見つめたまま小声で独り言を呟いていた。
「ああ、どうする。誤解されちゃマズい。オレちゃんが消される。これは明らかに誤解されちまう……」
「おい、あんた。おい、聞いてるのか?」
「いや、そうだ。オレちゃんじゃないんだ。真実は嘘をつかねぇ。オレちゃんの腕前じゃ起こっちゃいけねぇことだもんな。
ああ、あいつならオレちゃんの無実を証明できる。あいつを呼ばねぇと」
「???」
なんだかヤバい雰囲気だ。男の正体もわからないままだが、この男には関わらない方がいい気がしてきた。
僕は今すぐにでもこの男から離れたいと思ったが……。
側には怪我をおったアンドロ・マリウスちゃんがいる。僕が彼女を守らずして誰が彼女を守れるだろう。
「なぁ、あんた。僕らを助けて……くれないか?」
「ああ、オレちゃんは助けねぇ。お前が彼女を殺ったんだ。悪はお前だ。お前のせいで彼女は死ぬんだぜ!!」
「何を言って……!?」
「オレちゃんの矢は百発百中、射程距離は無限。こうなったのはてめぇが彼女を盾にしたせいだ。てめぇが原因だ。彼女の傷はてめぇが負うべき傷だった!!」
「お前……ッ。まさか!!」
まさか、目の前にいるこいつが僕とアンドロ・マリウスちゃんを狙っていた狙撃手の……。
「やーやオレちゃんこそは『虹武将“緑”。追跡の『アルテリオン・バルバトス』』!!
我らが主の血族に手を出し吹き込んだ貴様を成敗する、正義のヒーローちゃんなのさ」
その男、髪の毛は前髪を下ろしたオールバックで赤茶色の髪色で、目は大きい。
服装は上半身は筋肉を見せびらかすように裸だが、半身を守るようにして緑色の鎧を着こなしている。他の虹武将のように刀を持ってはいないが、腰には大量の矢を入れるための筒が特注品のベルトに備え付けられている。
僕らを狙っていた狙撃手がわざわざ僕らの前に現れて名乗りをあげてきたのである。
狭い客車の中で、僕は敵である虹武将と睨み合っている。
「悪いな悪人。オレちゃんが来たからにはもう終わりだ。この距離ならてめぇの脳天なんぞすぐにおしゃかだぜ。10秒やる。罪を詫びて死ねや」
虹武将。ベリアルにマルコシアスにバルバトス。こうして3人の虹武将に出会って来たけれど、僕らの目的のためには彼らといずれは戦う運命だ。そして勝たなければならない運命にある。
「……冗談じゃない。相手が虹武将だからって諦めるわけにはいかない。僕だって虹武将で躓いてちゃ進めないんだ!!」
1対1。狭い客車。敵の姿はお互い見えている。
相手の武器は弓で、僕の武器は短刀。狭い場所では僕の方が有利なはずだ。
こうして僕とバルバトスの戦闘は始まった。
だが、現実はなかなかうまくはいかないようだ。
バルバトスに弓矢を使わせたら終わり。
だから、僕はバルバトスに弓を扱う隙を与えないように攻めまくっていた。
けれど、相手は歴戦をくぐり抜けてきた猛者であり、帝都を守護する強者の1人。
「ほら、ほらほらほら!!」
僕の攻撃は一発も当たらず、逆にバルバトスは素手で僕に攻撃を与えてくるのだ。
「弱い。弱いな。弱すぎだ。
お前が彼女を庇うべきだったんじゃないのか?
弱いのに守られてよ!!」
こっちは短刀、敵は素手。
バルバトスは僕の攻撃を軽々と受け流し、そして勢いをつけた拳で殴ってくるのだ。
顔を腹を胸を、バルバトスは殴ってくる。
バルバトスが殴ってくる度に殴られた場所に痛みを感じてしまう。
「ぐっ……」
自身の力の無さを実感する。これまで色々な戦いを見てきたのに、僕にはその経験がまったくいかされていない。昔からまったく成長できていない。
「情けねぇ。
知ってるか? 戦場ではな。そうやって逆らう無能が一番邪魔。
帝都に逆らう知識のせいで、無能が更に無能になっている。てめえみたいな奴は戦場じゃ弾除けくらいがちょうどいい!!」
その時、バルバトスは僕の胸ぐらを掴むと、おもいっきり荷物の山の上に投げ飛ばした。
「グッッ」
荷物の山の上に勢いよく落下したせいで、尖った部分などが体に当たって痛い。受け身もとり損ねてしまった。
簡単に投げ飛ばされて受け身もとれずに横に倒れていることしかできない僕。
そんな僕をバルバトスは更に罵る。
「彼女もかわいそうにな。こんな無能を選んじまった。
何もできない。1人じゃ生き抜けもしない。こんな野郎のどこがいいんだか。きっと、お嬢様もお前には失望ものだな」
バルバトスは倒れている僕の顔を踏みつけてくる。僕の頭が彼の足と品物に挟まれる。
そして、そのままバルバトスは出血多量のアンドロ・マリウスちゃんに問いかけた。
「なぁ、お嬢様。意識はあるよな。
今からでも遅くはない。オレちゃんに切り替えな。
お嬢様、帝王から玉座と聖剣を取り返すつもりなんだろう?
帝王様と黄の悪魔以外ならオレちゃんなら殺れる……。
こいつと組むよりは効率的だと思うがね」
アンドロ・マリウスちゃんが黙っている。黙ってバルバトスの発言を否定はしない。
返事をどう返すか。僕につき続けるかバルバトスに乗り替えるか。
アンドロ・マリウスちゃんは悩んでいる。




