12①・簡単な策+バルバトス 戦①
視点は僕エリゴルへと移る。
今の状況を整理してみる。
今、僕とアンドロ・マリウスちゃんは馬車に乗って帝都から脱出しようとしている最中だ。
その最中、敵の攻撃を受けている。敵は射程距離が無限でこちらをうっすらと把握できる狙撃手。矢の攻撃はこれで3度目。そろそろ残り数発で僕らが馬車で移動していることに気づくかもしれない。
そんな敵に対して今の僕らがすべき事は1つ。
馬車で移動している事を悟られる前に、敵を殺すか、無事に逃げる方法を思い付くか。
だが、どちらも難しくなかなか方法は思い付かない現状だ。
しかし、その現状を打開するような策をアンドロ・マリウスちゃんは思い付いたというのである。
「思い付いたんです私。成功するかはわかりません」
「思い付いたって。僕らが馬車から逃げ出す方法かい? それとも敵を倒せる方法かい?」
「いいえ、敵を倒すことはしません。相手はこの帝国の戦力虹武将ですし、敵の位置もわからない。だから、逃げる方法ですよ」
射程距離が無限で、追撃ミサイルのように標的を狙ってくる矢から逃げ出す方法……?
そんな便利な作戦を思い付いたというのだ。
「しかもこの作戦。簡単な話だったんですよ。可能性の問題ではありますけどね。相手の能力の問題ですが」
「簡単な話……」
「まぁ見ててください!!」
アンドロ・マリウスちゃんは自信満々に言いきると、客車の窓を開けようとしている。
これは、いつ矢が放たれてもおかしくない状況で、自分達の壁になるはずの守りを放棄することになる。
「……おい、窓を開けるなんて危険だぞ!!」
そこから先の流れは僕も知っている。未来予知をしたからだ。
未来予知の中では4発目の矢を迎え入れてしまった僕が、自身の左目を突き刺されてしまう展開だった。
そして、今の矢は3発目が終わった時間。
つまり、今だ。
今、アンドロ・マリウスちゃんが窓を開けた。
そして、その窓が開いたと同時に、まるで追体験をしているように……。
外から矢は入ってきた。僕の目を狙って入ってきた矢だ。
未来予知で見た光景が若干の違いはあるものの現実に起こっている。
違いとしては、窓を開けた人物とその結果変わる立ち位置という2点だけ。
もちろん、今度の矢は空中で止まることはない。
矢は急に曲がると折れてしまう。だから、未来予知の中では一度宙で止まり、方向を変えてきたのだ。
だが、今回の位置は完璧。
僕の視線へと一直線上の角度で矢は入ってきた。
方向転換することもなく、普通の矢のように僕の目に向かって飛んでくる。
アンドロ・マリウスちゃんはまだ何も行動を起こしていない。
「冗談じゃ……」
思い付いた策とはなんだ?
僕の目を犠牲にすることか!?
アンドロ・マリウスちゃんは目的のために目を犠牲にしてでも遂行しろと言いたいだろうか。
確かに、生半可な覚悟で目的遂行のために協力しているわけではないけれど……。
さすがに、事前に報連相くらいはしておくべきなはずだ。
何の策の説明もなしに、僕の目を犠牲にすることでこの問題を解決しようとするなんて……。
僕はそれが嫌だから、問題解決を望んでいたのに……。
「くぅぅ……」
左目を開けたまま見る最後の景色が向かってくる矢というのはあまりにも悲しすぎる。
せめて、左目はアンドロ・マリウスちゃんの顔を見ていよう。
それにしても、これが簡単な話というなんてあまりにも悲しすぎる。あんまりじゃないか。
その時、アンドロ・マリウスちゃんの手が動いた。
この時を待っていたというべきか。アンドロ・マリウスちゃんは手を伸ばし、そして矢を掴む。
「やだな。エリゴル様。そんな顔をされちゃったらやる気が下がります」
「え……?」
「おっと、おしゃべりしてる暇はないんですよね……」
アンドロ・マリウスちゃんのお陰で僕の左目に矢が刺さることはなかった。
追撃の矢でも手に掴まれると普通の矢のように動かないようだ。
「よかったぁ」
それにしても、ほんとうに焦った。アンドロ・マリウスちゃんは僕を見捨てていなかった。
だが、安心している暇はない。まだ一撃目を防いだだけだ。まだ狙撃手の攻撃は終わっていないのだから。
「終わっていないですから、それでは」
この時の僕はアンドロ・マリウスちゃんの行動を一瞬で理解することができなかった。
「ふんッ!!!!」
ダラダラと血が床に流れ落ちていく。
なんと、アンドロ・マリウスちゃんは矢を持ったまま、自分の腕に向けてその矢先を突き刺したのである。
傷が深い。血が止まらない。
アンドロ・マリウスちゃんの傷口は血でベットリと染まっている。
アンドロ・マリウスちゃんは死ぬ可能性が高い。
「なに、やってんだァァ!!!!!!」
腕を突き刺されたことによる大量出血。
たかが腕を刺しただけだと思ってはいけない。腕や足の重要な部分を刺されて出血死かショック死なんてのもあり得るかもしれない。
「あはは……これでいいんです。刺さったという触感を与えれば。敵は油断するはず。
簡単な話、追撃の矢を他人が庇えばいいんで。その隙に帝都の門に急いで」
「バカが……捨て身の策かよ。
ああ、いいから横になれ!!
馭者さん!! 馬車を止めろ!!!
それと布。止血できる布を!!」
僕の声が届いたのか。馬車は急停車。
馭者さんが大慌てで客車の方へと顔を出した。
「なッ、おい、あんた大丈夫か!?」
「馭者さん。布はないか? 医者はいないか? 急いでくれ!!」
「ちょっと待ってくれ。布と医者!?」
馭者が大慌てで外へとかけていく。逃げたのか、それともほんとうに医者を呼びに行ってくれたのかはわからない。後者を祈ろう。
「ああ、クソ」
とにかく傷口を圧迫しないと……。治療や医薬の知識があればなんとかできるかもしれない。
だが、僕にはそんな知識がない。それに布も手元にない。せめてと思い、僕は上着を脱ぎ捨ててそれで傷口を押さえつける。
そして客車内から使えそうな物を急いで見渡しながら探す。
このままではアンドロ・マリウスちゃんが危険だ。
「急いでなんとかしなければ……!!」
僕が焦っている。その時であった。
「てめぇら、ふざけやがって!!!!」
聞かない声が客車の外から聞こえてきたのである。何者かはわからない。
だが、怒っている。声の主の男は僕らに怒っているようだ。




