10③・放たれる過去+あんまり言いたくない秘密
“左目が疼く”。
アンドロ・マリウスちゃんが秘密を話してくれる最中なのに、なんてタイミングの悪い発作なのだろう。
「エリゴルさん!? 大丈夫ですか?」
アンドロ・マリウスちゃんが心配そうに声をかけてくれたが、僕はそれを断り、話を続けるように仕向けた。
「気にしなくていいよ」
──バシッ(謎の音)
「わかりました。まぁ、単純な秘密です。あんまり人に言いたくないって個人的なものです。過去の回想シーンもつけますからね。
それではホワワワーン!!」
アンドロ・マリウスちゃんはふざけた調子で口で擬音を言ってはいたが、ちょっと俯いた様子で自分自身の過去を語り始めた。
アンドロ・マリウスちゃんの秘密を語り始めた。
──────────
「突然ですが、アンドロ・マリウスちゃんはアンドロ・マリウスちゃんではないのです。その1人なのです。
最初が複雑な人生なものでして……。
私には兄と姉がいます。その兄が今は亡くなっているのですが、とても酷い人でして。
家督を私に取られるのではないかと恐れていたらしいんです。
まぁ、私はハイブリッドな試験管育ちの改造ベイビー出身らしいので、それも無理はありませんね(笑)
私、遺伝子操作されまくった個体のせいで産まれた時には性転換ですよ。私って本来は男性だったけど女性に遺伝子操作されてるらしいんですよ。量産型のうちの成功体らしいです。
まぁ、そこは良いとして。遺伝子操作を受けたせいか、私はみるみる他の人とは力がかけ離れていき。
案の定、兄の予想は適中しかけました。
成長した私は無事家督を相続しかけたんです。けれど、父が亡くなり、更に兄が死んじゃいました。結局、兄は家督を継ぐこともできずに死んだのです。
兄の謎の死。もちろん私は疑われました。元から良いようには見られていませんでしたし、そこは仕方がないのですがね。無実の私は周囲から疑われ続けます。
ただ私を信じてくれる人もいましたが、姉は私の無実を信じてはくれませんでした。
とうとう私は家督を継ぐことができず、姉が家督を継ぐことになります。私の継ぐはずだった王座も名誉も聖剣も…………私は手にすることができませんでした。そして、私は兄を殺した罪を着せられて、国外追放。戻ってきたら死刑だとなるくらい嫌われてしまったのでした!!
まぁ、その後は姉を恨みながら各地を転々と歩いて来たのですよ。旅先で色々な人や国に出会いながら、姉にいつか復讐してやるという想いを持って旅をしていました。そして現在へと至ったわけです
つまり、私は帝国の帝王の血筋。『アンドロ・マリウス・レメゲト』。帝都の帝王に成り損ねた者であるということです!!」
───────────
復讐。無実を信じなかった姉への復讐。そのために僕は連れてこられたのか。
正直、復讐のため王座を取り戻すという目的に巻き込まれたことを僕は悪いとは思っていない。
復讐と王の血筋という背景には【アナクフス】での出来事を思い出しはしたが……。
アンドロ・マリウスちゃんも彼女と同じような境遇を持っているというのは、なんだか哀れに思ってしまっていた。
他の人にとってはアンドロ・マリウスちゃんのしようとしていることが反逆罪なのかもしれない。
ただ、僕にはその反逆罪の片棒を掴まされることに抵抗感はない。
ますます彼女の目的を達成させてあげたいというやる気が僕の中から込み上げてきた。
「そうだったのか。アンドロ・マリウスちゃん。
よし、やってやろう!!
復讐だ。この帝都の帝王に目にもの見せてやろうじゃないか!!」
「ええ!! そりゃもう。バリバリに復讐してやりますわ。
……それはそうとして、私が王の血筋な衝撃的事実にはもっとリアクションとってもいいんですよ?」
思っていたリアクションとは違っていたらしく、ちょっとテンションを下げながらアンドロ・マリウスちゃんはそう言った。
驚いてくれると思っていたのだろう。
ただ、僕としてはもう少し驚くべき真実度が足りなかった。【アナクフス】よりも前だったらそれなりに驚いてはいたはずだ。
──バシッ(謎の音)
しかし内心、デザイナーベイビーだという真実には少し興味があったけれど。あんまり深掘りするのもどうかと思い、聞かないことにした。
ここでアンドロ・マリウスの過去の話題は一時中断。それはそうとして、気になる事が僕にはあった。
「ねぇ、アンドロ・マリウスちゃん。正直気になってはいたんだけどさ。さっきから“バシッ”って音が聞こえてこない?」
──バシッ(謎の音)
また聞こえてきた。先程の会話中から静かな音がどこからか聞こえてくるのだ。
いったいなんの音なのだろう。
「エリゴルさんのおならじゃないんですか?」
アンドロ・マリウスちゃんがからかうように僕のせいにしてくるが……。
屁ならこんな音じゃないし、どちらかと言うとアンドロ・マリウスちゃんの荷物がぶつかっている音なのでは?
……なんて考えたりもする。だが、どうやら音は外から聞こえてくるらしい。
「外じゃないかな?」
そう思って僕は客車の窓を開けてみる。
すると、それは現れたのだ。
暗き夜の空から馬車めがけて飛んできたそれは、偶然かちょうど僕が窓を開けたことで客車の中に飛び込んできた。
僕とアンドロ・マリウスちゃんは入ってきた物に視線を向ける。
「「矢!?!?」」
それの正体は矢であった。この馬車は狙われていたのだ。
無事に帝都を脱出できると思っていたが狙撃手の追手がいた。
僕は急いで開いていた窓を閉める。
そして、馬か馭者のいる御者席の事が心配になり、馭者に危険を知らせようと御者席の方へ向かう。
アンドロ・マリウスちゃんの荷物をかき分けながら僕は進むが……。
「ちょエリゴルさん!!」
荷物の持ち主であるアンドロ・マリウスちゃんの様子がおかしい事に気づいた。
アンドロ・マリウスちゃんが天井を向いている。
僕も彼女の視線の先を見る。
「なっ、おいおいおい!?!?」
僕は視線の先にある光景を疑った。
───客車に入ってきた矢が刺さっていない。
宙に浮いている。矢は刺さることなく宙に浮いている。異常現象だ。
「追手はまさか……」
そういえば『橙のマルコシアス』が言っていた。『虹武将って1人以外はほとんど付喪人の能力持ちでして~』とマルコシアスが言っていた。
「虹武将!?!?」
矢の矢先は浮いていた方向から僕に狙いを定めている。アンドロ・マリウスちゃんではない。
僕は手探りで矢から自分を守るために近くに盾の代わりにできそうな物を探すが……。
矢先はそれを待ってはくれない。
───グチャッシャ!!!
僕の目が最後に見たのはアンドロ・マリウスちゃんの恐怖になった悲しい顔。
矢は不運な事に僕の左目に突き刺さったのだ。
【モルカナの禁忌の森】でのあの出来事がフラッシュバックのように思い出された。




