10②・脱出+あんまり言いたくない秘密
僕の首が切り落とされてしまう。
「ッ……」
マルコシアスにはその実力もチャンスもあった。
けれど、僕の意思はこうして物事を考えられている。死を覚悟して恐怖で失禁しそうになった僕がパンツの具合を把握できている。
つまり、生きているのだ。
僕は閉じていた目を見開く。
すると、マルコシアスの刀は確かに僕の首を斬り落としかけていた。
刀の刃が宙で止まっている。まるで僕の周りに見えない壁があって刀の一撃が防がれているみたいだ。
「…………あ」
何かを察したのか、マルコシアスは僕の首に刀を向けることをやめた。
そして、意外な光景でも見たような顔で驚きながらベリアルに告げる。
「意外だね。ほんとうに意外だね。
ベリアル、君は庇ったのかい?
君は見捨てる人間側なのに庇うなんて。しかも彼は国外の工作員だよ。敵なんだよ」
「見捨てる人間側って酷いな。今回は己にも見捨てられない者ができただけだ。人としちゃ成長したろ?」
その瞬間、マルコシアスが刀をベリアルに振るうがベリアルはその攻撃を刀で受ける。
「成長?
ああ、この際だから言わせてもらおうか。
大を救い小を切り捨てて敵は殲滅する君が……。今の帝都の敵となりうる者を救うなんて……。君に捨てられてきた者たちはなんと思うだろうね!!」
マルコシアスは再度ベリアルへの攻撃を始めようとするが、ベリアルはそれを受けきることもせずにただ突っ立っている状態で防いでいた。
ベリアルの周囲に見えない壁があり、マルコシアスの攻撃を防いでいたのだ。
おそらく、これが先程マルコシアスが言っていた『コップの付喪人』の能力なのだろう。
「知らないな。死人のことなどわかるもんか。己にとっては無価値な奴らさ」
ベリアルはそう言うと、マルコシアスの喉元に向けて刃の先で突きを行おうとする。
だが、マルコシアスも歴戦を潜り抜けてきた手練。その攻撃を予想していたようにマルコシアスは華麗な身のこなしで攻撃を避ける。
そして、そのままベリアルに一撃をくらわせようとするが……。
「くそッ」
ベリアルの体は見えない壁で覆われていて攻撃が届かない。
マルコシアスは攻撃が届かないことを理解し、一度ベリアルとの距離を取る。
その隙にベリアルは側にいた僕を蹴り飛ばしてアンドロ・マリウスちゃんを片手で掴みあげる。
「「ぎゃあああああ!!!」」
そして、そのまま僕らは窓を突き破って中庭へと落下。
落下する最中、僕は先程ベリアルに言われた言葉を思い出す。
『窓から飛び降りて。外に馬車を用意しておいてある。荷物もまとめて一式揃ってる。あとは死ぬ気で逃げること』
ベリアルは僕らを逃がすために投げ飛ばしたのである。
その事に気づいた瞬間、僕は彼の名を呼んだ。
「ベリアル!!」
僕の体は地面に激突。少々高い場所からの落下だったので多少の怪我は負ってしまった。
それでも動けない怪我ではない。
ベリアルはその事を確認することでホッとしたのだろう、僕とアンドロ・マリウスちゃんに向けて別れを告げる。
「じゃあな。エリッピ。くれぐれも他の奴らに殺られるなよ。死にたくなれば己の手で殺してあげるからね」
そんな声が建物から聞こえてきた瞬間にホテルに閃光が走り、建物が崩れ始める。
建物の中にはきっとまだ人がたくさんいるのだろう。虹武将同士の闘いに巻き込まれた人がいるのだろう。
僕は建物が崩れていく様子を目の当たりにしてその場から動けなかった。
まるで金縛りのようだ。
辺りがシーンと静かになって、どこかで引火したのか炎があがっている場所もある。
立派な高級ホテルが跡形もなくなった。一瞬で崩れた。建物も中の人たちも……。
「…………っ」
「ちょっ、エリゴルさん。行きますよ!!」
だが、アンドロ・マリウスちゃんの声でハッと金縛りが解けたようになる。
僕の視線は瓦礫に向けられたまま、体はアンドロ・マリウスちゃんに引っ張られて僕らは馬車の方へと向かうことになった。
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ベリアルの言う通り馬車は確かに存在していた。僕らが最初この帝国に来た際に乗っていた馬車と同じ馬車で、馭者さんも同じ人だった。
馬車の中は本当にアンドロ・マリウスちゃんが買っていた品物で埋め尽くされており、足を伸ばすこともできない状況である。
「あらぁ、まさかこんなことになるなんて。買いすぎちゃって後悔してますわ」
アンドロ・マリウスちゃんはそう言って不自由そうに品物を手に取りながら苦笑いをしている。
今、僕らは馬車の進むがままにまずは帝都から脱出しようとしている。馬車は既に馭者さんによって動かされている最中だ。
これもベリアルの作ってくれた隙のお陰である。
彼のお陰で今、僕らは帝都を移動できている。
本当にベリアルには感謝しなければいけない。
「でもまぁ。帝都は変わっていないようですので安心しました。色々な人とコンタクトも取れましたし……。結果としてはokって感じですね~。エリゴルさん!!」
「結果としてはok……?」
アンドロ・マリウスちゃんの発言が僕の心に引っ掛かってしまった。
「ええ、爆買ついでの用事です。ここ数年の様子を教えてもらっていたんですよ。色々と考える課題は増えましたが、帝都内まで知れたのは収穫大!!
ベリアルが味方だったのが本当に奇跡でした」
「そういう目的で……」
そういう目的で帝国に来たのか。さすがのアンドロ・マリウスちゃんも今宵早速、目的達成のために行動しようとは思っていなかったのだ。
「あっ、情報を教えてくれる隠れた情報屋さん達ですから信用できる。
あとは帰って作戦を練り直しましょう」
「そっか。…………なぁ、あのホテルには悪いことをしたな。あのホテルは何にも悪くないのに」
僕の心に先程から引っ掛かり続けているのはホテルのことである。僕らは関係ない人を巻き込む原因に近い立ち位置になっているわけだから。
せめて、あの崩落から無事な人が1人でも多くいればいいことを願うだけしかできない。僕らは立ち止まれない。
「……ええ。それも私のせいですね」
「……?」
「正直、あんまり言いたくない秘密なんですよね。でも、もうしょうがないか。退けないし……エリゴルさんにならいいですよ……」
ああ、ベリアルが言っていたことだ。
アンドロ・マリウスちゃんが隠していた秘密を僕に打ち明けてくれる時が来たのだろう。




