10①・“橙”の『フォルセティミス・マルコシアス』+あんまり言いたくない秘密
ベリアルが戦闘態勢になりながら視線を向けている先には部屋の外へと繋がるドアの方向だった。
部屋の中が緊張感に包まれる。ドクンドクンドクンと心臓の音が自分の体の中からよく聞こえてくる。
「いったいどうしたのさ? ベリア 」
思わず尋ねそうになってしまった僕の口をアンドロ・マリウスちゃんは静かに押さえてきた。
熟睡していたと思っていたアンドロ・マリウスちゃんはベリアルの言う通り本当に狸寝入りをしていたらしい。
アンドロ・マリウスちゃんに口を押さえつけられて僕は彼女に従う意思を見せるために2度頷いた。
「…………」
正直、僕らの目的がベリアルにバレていて殺されると思ったから焦ってしまったが。
どうやら問題は別の所からやって来たらしい。
だが、お互いに動き出さない。隙を伺っているのだろうか。敵の正体がわからないまま静寂な時が過ぎていく。
すると、ベリアルはドアの方向に意識を向けながら、小声で僕らに話しかけてきた。
「いいかい。ドアの前に虹武将が来てる。君らは窓から逃げなさい。あいつらは君らの敵だ。
ただし勘違いしてほしくない。己は虹武将を呼んではないんだよ(小声)」
「でも、ベリアル。なんで虹武将って奴が僕らを狙ってるんだよ。あんたの仲間じゃ?(小声)」
「お嬢様は話してなかったか。まぁ、いい。後でお嬢様から聞いておきな。秘密を洗いざらい白状しておくといいよ(小声)」
秘密?
アンドロ・マリウスちゃんが僕に黙っていたことがあるのだろうか。なにか隠し事をしていたのだろう。
「エリッピの目的も察しがついてたよ。そのお嬢様を連れて歩いている時点でね。1つ言わせてもらうけど、己が察せた時点であいつも知ってるはずだ。見ていたはずだ……あいつは見れる奴だからさ(小声)」
「あいつ……?」
「めんどい奴さ。“紫”男。そいつの能力ならあの酒場の時点で見破れていたと思う。さては己が動かないから焦ったな?
ん? けど、今来てるのはそいつじゃないね。別の奴に頼んだか。あーあーそういうこと……怠いな(小声)」
「なぁ、ベリアル?」
「心配はしなくていいよ。エリッピ。
己は悪い奴だからね。気に入った物は己の物。
己の所有物は己で守る。己は君を殺したりはしないよ(小声)」
ベリアルはそう言うと僕の頭を一度撫でた。その瞬間である。
ドアは部屋の壁ごと切り刻まれた。一瞬の閃光が走ったかと思うと、壁は紙切れのようにバラバラと崩れたのだ。
ドアと部屋の壁が切り裂かれ、その奥から何者かの声がしてくる。
「悲しいね。ほんとうに悲しいね。僕はあなたがそんな人ではなかったと思っていたんですよ。尻拭いをするのは僕らなんです。問題行動ばかりは困りますよベリアル」(???)
「ねぇ、エリッピ。窓から飛び降りて。外に馬車を用意しておいてある。荷物もまとめて一式揃ってる。あとは死ぬ気で逃げること。
もう帝国内では己の護衛ができないからね。くれぐれも戻ってこないように……」
「真面目にね。ほんとうに真面目にね。
あのベリアル……。人の指摘はちゃんと聞いてください。人が話しかけている中で他の人に話すのはやめてほしいな。
ん? ベリアルの他に誰かいるんだね?」(???)
目の前に現れたのは1人の男だった。
髪の毛は茶色でボブヘアー、鼻筋の通った糸目の男である。
服装は裁判官のような法服が改造された鎧が橙と黒色で色付けされており、腰にある特注品のベルトには鞘に仕舞われた刀が仕舞われていた。
「お前誰だよ?」
見るからに謎の人物。
僕は突然現れた男を睨み付けながら尋ねる。
すると、男は礼儀正しそうに深々と僕にお辞儀を行いながら自己紹介を始めた。
「これはこれは。お初にお目にかかります。僕は『虹武将“橙”。正直者の『フォルセティミス・マルコシアス』』と申します。付喪人の能力者でして、そちらのベリアルは【コップの付喪人】であり、僕は【天秤の付喪人】なんですよ。虹武将って1人以外はほとんど付喪人の能力持ちでして~」
個人情報駄々漏れだった。1聞いて4帰ってきた。
付喪人……?
マルコシアスという男が言った言葉が引っ掛かる。
思い返してみると、付喪人の能力者と出会うのは【アンビディオ】ぶりだった気がする。
付喪人と呼ばれる能力者っていうのが、付喪神契約して超能力を得ている人だと【モルカナ】でヴィネに聞いたこともある。
戦ったときはいずれも相当苦労してきた苦い思い出だ。
そんな集団が虹武将の中に1人を除いた人数いるという。虹武将は付喪人の能力者集団であるらしい。敵としては相当厄介である。
それにしても……と思う。さすがに彼は正直すぎるのではないか?
これにはベリアルも頭を抱えているようだ。
「人の個人情報流すなよ……正直すぎるだろ……」
「ごめんね。ほんとうにごめんね。
許してベリアル。生まれながらにして僕の口は嘘をつけない。嘘を見破れる代わりに自分が嘘をつけないんだ。そういう加護? いや、呪いか? う~ん。
……ってまた口に出しちゃった」
懲りずにまた個人情報を開示しまくっている。
こうして部屋全体の雰囲気は殺気だったものではなくなってしまった。
マルコシアスは悪かったと笑いながら謝り、ベリアルはやれやれと呆れながらもうっすらと笑っている。
まるで2人の日常を見せつけられているような感じの光景だが……。
僕とアンドロ・マリウスちゃんにはわかったのだ。2人の会話のやり取りには隙がない。無理やり日常会話を続けているようなもので、少しでも変化すれば戦闘が始まってしまう。そんな予感を僕らは感じ取ったのだ。
アンドロ・マリウスちゃんが僕の腕をグイグイと軽く静かに引っ張ってくる。
「…………」
やはり逃げるべきなのだ。おそらく、戦闘が始まってしまう合図は僕らの行動次第だろう。
僕はマルコシアスに視線を向けたまま、ベリアルの影に隠れるようにして移動する。
僕らとマルコシアスの間をベリアルが盾になるように立っていてくれている感じだ。
これなら何かがあってもベリアルがカバーするような形に持っていける。
あとはベリアルの言う通りにアンドロ・マリウスちゃんを連れて逃げていくことができれば……。
───ビュッ……!!!
「あっ……」
ベリアルは常に僕らの前にいた。その前にマルコシアスがいるという位置のはずだった。
だが、僕の視覚はすぐそばにマルコシアスがいることを認識している。距離と視覚の感覚がバグっている。
おそらく、これは移動。予想以上の速さでマルコシアスが僕らの近くに移動してきたのだ。
ヤバイ。ほんとうに予想以上の速さだ。
これ死ぬわ。避けられない。僕の首が斬られて首が……。




