9②・パン同志+帝都へGo
帝都グリモアール。
そこはいかにも高級そうな店が建ち並び、貴族らしき格好の人々が練り歩いていた。
「エリゴル様、人がいっぱいね!!」
僕としては明らかに自分がここにいるのが場違いな気がして、辛く感じるのだが。
一方でアンドロ・マリウスちゃんはこんな雰囲気の場所は馴れているらしく、僕に知識マウントを取ってくる。
「エリゴル様。あれ知ってます?
高級ブランド時計店クロノネックですよ
あっちはビジョンラルフィっていう洋服店!!
奢ってあげましょうか? ほれほれ」
「いらないよ。あんな高い物買わないよ。……馬車一台買える値段じゃないの」
「分かってないな~。素材が違うんですよ。価値が高いんですよ。一点くらい持っておいたらいかがです?」
「いやいや、僕には似合わないからさ。もっと庶民的な値段のじゃないと……ってダメだって!!」
断る僕の意思を無視して、アンドロ・マリウスちゃんは高級ネックレス店のネックレスを僕に試着させようとしてきた。
今、僕の首にかけられそうになっているネックレスの値段は値札によると100万くらいの値段だ。
正直、不安すぎて着けたくない。試着で傷とか付いたらもう土下座じゃ済まされない。
だが、アンドロ・マリウスちゃんは無理やりにでも着けようとしてくる。それを必死に拒否する僕。
店の前で迷惑になっているやり取りが2分ほど続く。
そんなやり取りを遠くから眺めていたベリアルはしばらくして僕らを呼んだ。
「エリッピとそれとお嬢さ……ん。
遊んでいないで、せっかく帝都に案内するんだ。それ帰りに買ってあげるから。今はこっち来てよ!!」
そう言って手招きをしてくるベリアルの言うことをアンドロ・マリウスちゃんは素直に聞いたようで、「それじゃあ、これ後で取り来るらしいから」と店主に言いつけてベリアルのもとへと駆け寄っていく。
僕はベリアルとアンドロ・マリウスちゃんの
金銭感覚エグい事を認識しながらも、自分が正しいのだと言い聞かせながら2人の後を追っていく。
ベリアルの王都観光ツアーはこうして始まるのであった。
───────────────
結論から言うと、王都は高級店ばかりであった。お城を中心に高級店が建ち並んでいるくらいだ。基本的には遊べるスポットなどはなく、買い物を楽しむ地域なのだろう。博物館やらカフェやらは数店舗存在してはいたがそれも少量だった。
観光スポットもお城のみ。まぁ、帝都一というよりは帝国一の観光スポットが【グリモアール城】しかないのではと思うくらい目玉であるのは確かなのだが。
正直、カジノとか劇場とか教会とか歴史的建造物とかはあると思っていた。
「お金って大事なんだな~」
振り返ってみると、ウインドウショッピングのしすぎで物欲に負けそうになった一日だった。
一方でアンドロ・マリウスちゃんは今日の買い物で疲れたのだろう。既に部屋の中で熟睡している。それももう夜だからそれも仕方がないのかもしれない。
さて今、僕らがいるのは帝都にあるホテル。もちろん高級ホテル内の一室だ。
3人1部屋の一室をベリアルが気を効かせてくれて支払ってくれたのだ。
「奢って貰えばよかったじゃないのさエリッピ。せっかくお嬢さんも己もおすすめしたのに」
「確かにその通りなのだけどさベリアル。僕としては借りを残しておきたくないんだよ。返せない借りだしさ。このホテル代は僕がちゃんとお返しするよ」
「いやいや。どちらも返さなくていい借りだったんだけどね。己もお嬢さんも、エリッピにしてあげたいからしようとしていたまでさ。己としてはもう少し甘えてくれると嬉しいね」
その気持ちは僕としてはうれしい。2人に大切に思われている気がしてうれしい。ただ彼が敵対勢力になるかもしれないので、正直になれないだけだ。それでも、お互いの正体を知らない今だけなら……と僕も思い始めてしまう。
「そっか。僕、素直にしておけばよかったのかもな」
「そうそう、エリッピは素直が一番。それこそ己のパン同志だとも」
「パン同志……? 僕が?」
「そうさ。己にとって心を許せる同志が君だ。君はあのパンを好む、己もあのパンを好む。であれば我らは同志じゃないか。
──己は本当に心の底からうれしいんだよ。同志と呼べる存在は君が初めてだからね」
「僕なんかがか?
僕にはベリアルの同志と呼ばれる地位も実力もないぞ?」
「自信を持てよ。我が同志エリッピ。
地位も実力も己の前では必要ない。己が気に入った物なんだ。己のお墨付きってけっこう名誉な事なんだぜ?」
「そっか……名誉……」
そういえば、あんまりベリアルの事を僕は知っていなかった。向こうから僕の事を聞いてくるだけで、こちらからはあまりベリアルの事を聞けていない。
僕が彼について知っていること……。
見ただけでわかる次元の違う強さと“帝都グリモアールを守護する虹武将“黄”こと最強最煌の武将『ベリアル・ウムブラ・サターナ・マガツヒ』”っていう人物であるということだけだ。
たぶん、悲しいことだが今後敵対する相手になるかもしれない。
帝都の王座を取り返す目的の僕らだ。必ず、彼ら虹武将とはどこかでぶつかることになるだろう。
それはやはりつらいことだ……。
だが、そんな未来が待ち受けているとしても……。
せめて今夜は同じパンが好きな同志として語り合っておきたい。
それくらいは神様も運命も許してくれる気がする。
「なぁ、ベリアル……僕はさ……」
たった1日の仲かもしれないが、僕に懐いてくれる彼とは語っておきたかった。
しかし、それを遮るように突然ベリアルの口調が変化する。
「───ああ、ここまでかな」
「ベリアル?」
「ああ、君達には悪いと思っていたんだ。我が同志。本当に2人には悪い事だ。
ただ、己は悪い奴だからさ。やらなきゃならないことがある」
「なぁ、ベリアル?」
嫌な予感がする。ベリアルの雰囲気が初対面の頃と同じだ。戦闘態勢だ。
「お迎えがきたよ。エリッピとお嬢様。
狸寝入りはそこまでだ。目を覚ましな。虹武将のお出ましだぜ?」
ベリアルは立ち上がって鞘を手に取ると、剣を引き抜いた。
───ただし、その視線は僕らではなく、ドアの方を向いていた。




