6①・『ヴィネ・ゴエティーア』+ペロペロ
「異議があります!!!」
キユリーの一声によって僕は口を閉じる。
ああ、そうだ。僕は無実なのに、なぜ冤罪を有罪だったと認めようとしたのだろうか。
キユリーはまだ諦めていない。真実を僕とキユリーだけが知っているからだ。
それなのに、真実を知っている僕が諦めるところだった。
この場内での僕の印象は最悪。
自分が死罪にならないための悪あがきとでも思われていようがどうでもいい。
僕の味方ははじめからキユリーだけだったのだから。
そんな頼りがいのあるキユリーは証人たちの目撃証言からなにかを見つけたのだ。
キユリーはバティンに向かって大声で反論を行う。
「この証言は証拠として不十分です!!
その少女は本当に全員同じ少女だったんですか?
証人さんはみんな遠目に見たんですよね。
一緒に歩いていたという点と嫌がる少女を引っ張って森に向かったという点。
本当に同じ少女なんっすか?
禁忌の森へとどちらも向かったんですよね。
なら、後者はなぜ嫌がる必要があるんですか?
禁忌の森は老若男女誰もが行きたがらない場所です。
それならば、始めになぜ楽しそうに2人は行くんですか?」
「それは……!!最初は目的地を伝えることがなかったんじゃないか?
証人はこうして出ているんだ。目撃証言があるんだよ」
「そうです。目撃証言があるんですよね。つまり、それが証拠となります」
「そう、それが証拠として提出されているんだ!!」
その言葉を待っていた!!
そんな笑みを浮かべて、キユリーはキャンディーのような物を口に咥える。
そして、余裕そうな表情でキユリーは机をおもいっきり叩いた。
「では、1人目の証人の言葉を覚えていますか?
2人が楽しそうに『禁忌の森へ行く』というようなことを言っていた。証人はそう言っていました。
その時点で1人目と3人目は同一人物にはならないんですよ。
楽しそう・無理やりとはおかしいものではありませんか!!!」
確かに、証人の証言を証拠とするのなら、それはおかしい。
証人の証言を証拠として使うのなら、この証拠は未完成である。
「ググッ…………なぜそこまで……?
なぜ、そこまでしてこいつを庇うんだ!!」
「私はですね……。彼が禁忌の森にいたという罪は挽回できません。実際にいたんでしょ?
その罪は否定しません。責任は背負ってもらいます。しかし、冤罪は許しません!!
誘拐犯などするはずがありません!!」
「何を根拠に……!!」
「根拠ですか? ありますともありますとも。
彼は他者への敬意をきちんと払う男です。私の声を聞いてくれた男です。犯罪のギリギリに手を染める男です。一線は超えない男ですからね!!
さて、これで誘拐犯が彼だという線は消えました。証拠も無価値。
では、次に行きましょうか」
「つ、次………?」
バティンはすっかりキユリーに怯えている。
誘拐犯であるというイメージを見物人に植え付けることに失敗したのだ。
今では、見物人たちは僕が誘拐犯ではないと理解してくれたようで……。
その代わりにバティンの印象が下がっている。
だから、焦っているようだ。
そこまでして、僕を死罪にしないといけない理由でもあるのだろうか。
バティンの顔は真っ青に染まり、呼吸も荒くなっている。
そんな彼女に向けて最後の追い討ちをキユリーは仕掛けた。
「ええ、弁護士である今の私に不可能はありません。次は彼の禁忌の森での干渉が冤罪であると証明してあげましょう。
────おや、何を黙っているのですか?
検事役さん。干渉があったかの証拠を聞いているんです。
死罪にするおつもりなら、証拠くらいありますよね?
そういえば、検事役さん。干渉があったかなかったかどうやって判断するんですか?
教えてください。私は人力車屋なのでそういった物を見る機会もなかったんです。
気になって気になって仕方がありませんよ。
あの…………。
私みたいな人力車屋ですので、態度も発言も丁寧にするのは苦手ですが、こうして話しているんです。
なら、あなたもこうして話すべきではありませんか?
議論のぶつけ合いしましょうよ。
勝訴されちゃいますよ?
速く速く~。証拠を出してくださいよ。まさか、誘拐犯という冤罪だけで、押し通そうとしたんですか?
はぁ、インチキ検事役じゃないですか。まぁ、役ですからしょうがないですよね。
えっ?『証拠ならある?』
何を言っているのですか?
なら、速く出してくださいよ。
おやおや、家老さん。急に止めてどうしたんです。『それ以上は見ていられない』?
私はただ議論を持ちかけようとしているだけですよ。注意される理由がありますか?
どうやら彼女は証拠の提出を行わないようです。これなら、裁判は続けられません。始めから無駄な裁判でしたね。時間の無駄でした」
そう言って、追い討ちを終わらせるキユリー。
バティンが本当に証拠を持っていたとしても持っていなかったとしても、それを覆すことが僕たちにはできない。
有罪を冤罪にする必要があったのだ。もちろん、この事はキユリーは知らないだろう。偶然の結果である。僕が有罪だなんてキユリーは知らない。知らずに、冤罪にさせようとしている。
そのために、先に検事役であるバティンの自信を失わせるという作戦は成功した。
これ以上、印象を悪くするような行動はバティンにはできない。
なぜなら、この裁判はデタラメだから。
証拠も少ない。ただ僕を死罪にしたいだけの建前としての裁判であるからだ。
僕を死罪にしたい理由は分からないけれど。
実際、もう誰もがこの裁判は無意味であると考えていた。分かっていたはずだ。みんな最初から分かっていたが気づかないフリをしていただけだ。
この裁判には有罪も無罪もない。なにもなかった。
「いやいや、証拠は今から見つけるよよ~」
そんな声が公事場の奥から聞こえてくるまでは……。
イレギュラー。裁判がなにも意味をなさずに終わろうとした時、彼は現れた。
白と黒の長い髪をさせた男性。肌が白く痩せており、黄緑の青海波模様と紫色の布地という柄が半分の着物を着こなしている。年齢は30? 40? 20か? と分からなくなるくらい見た目からは年齢が判断できなかった。整った顔立ちについている少し細き目で周囲を見渡す。いや、彼の目には見えていないのかもしれない。
それでも、この雰囲気は理解することができたようだ。この裁判とは言えないデタラメな雰囲気は感じ取ったようだった。
そんな彼はゆっくりゆっくり壁に手を当てながらこの公事場にたどり着いたのである。
何者なのだろう。一言でこの男性を表すのなら“不思議”という言葉が最も似合う。
こんな不思議な男性を僕は生涯で初めて目にした。
「国主様!? なぜこの場に?
裁判は我々にお任せあれと申したはずです」
そんな男性に家老である『マルファス・ラ・ドラグ』が驚きながらも声をあげて、場所を譲る。
自分より地位の高い人の前で自分だけが座布団に座るわけにはいかないと考えたのだろう。
その座布団に男性は何も言わずに座って、家老が先程までいた場所を占領してしまった。
それにしても、家老の人はこの男性を国主って言ったのか?
僕には信じられない。
「いーじゃないか。私も来たかったんだよよ。
みんな、あんまり彼を虐めちゃいけないよよ。有罪かどうかは最終的にいつも私の判断で決めているだろ~?
えっっと、『エリゴル・ヴァスター』君だっけ?
初めまして、目覚めたばかりにこんな裁判……お疲れさまだね。私はこの国の国主であり、2人の父親『ヴィネ・ゴエティーア』だよよ。
ああ、勘違いはしないでね。この裁判、いつもとは違う感じだからね。それに、彼女たちの方が正しいんだから。規則は規則、罰は罰。
君が犯罪者なのはかわりないからね~?」
その声には怒りを感じない。変なしゃべり方ではあったが、これが素なのだろう。片方を罰することなく公平に平等に罰する。
「だから、君の無罪は主張できない。でも、この裁判は終わらせなきゃいけない。私もバティンに聞きたいことがあるんだよよ。だから、判断しよう」
そう言うと、不思議な男は座布団から立ち上がり、そのまま助走もなしにジャンプして僕の目の前に立った。その距離2m。座布団に座った時間16秒。
急に目の前に男の顔が現れたので、ビックリして後ろ向きに倒れそうになったがなんとか持ちこたえる。
「怯えることはないよよ。ちょっと確認するだけだから」
「確認…………?」
確認とはなんなのだろうか。そんな疑問が頭を過る。しかし、その頭を過った疑問もすぐにかき消えた。いや、かき消された。
僕の視線には振りかざされた男の拳。
ボゴッと一発、鼻を本気で殴られたのである。
【今回の成果】
・キユリーが活躍したよ
・国主ヴィネ・ゴエティーアが判断するらしいよ